第23話 付喪神のペット


「あら、失礼」


 市松は事務所から帰ろうとした刹那に、落とし物をした。


 ごとっと大きな音でコートから落ちてきたのは、日本刀だ。




「……銃刀法違反?」


「妖怪の世界にそんなのないよ、先生やだね」


 ほほほ、と笑いながら市松は刀を拾うとまたごとっと落ちてきた。


 市松が考え込んだのちに、ぴょんとジャンプすれば日本刀が一気になだれ込むように、百本くらいだだだっと室内にコートから異次元のように現れる。


「あらこの様子、拗ねてるの?」


 市松は一本一本手に取ってからくすくすと笑うと、不思議そうな輝夜に一本差し出す。




「先生もいる? 一本くらいなら貸し出してもいいですよ」


「いや……これは何だね、ただの日本刀じゃなさそうだ」


「無銘の日本刀たちの付喪神です、江戸時代から拾ってるのよ。月に千本まで自由に出し入れできるのだけれど、あまりに使わない期間があるとたまにこうして怒るの」


「武士達の使い捨てを拾ったんだね」


「そういうこと、僕の言うことだけ聞いてくださるの。僕に恩義を感じているみたいでね、どんなに偉い方の命令も聞こうとしない」


「愛されてるんだね」




 まじまじと驚きながら一本を借りてすらりと刀身をむき出しにしてみれば、綺麗な鋼色だ。


 愛用もしてることも伝わる。


 綺麗な色をした日本刀は輝夜の手を抜け、鞘に収まりながら市松の周りを囲んだ。


 日本刀百本が市松の周りを囲んでくるくる動く様は、圧巻だ。


 市松は慣れているのか嘆息をついた。




「怒らないで、物騒だから使えないのよ中々」


「抗議されているのか」


「そう、もっと使って良いのにってね。暇を持て余すとこれが止まらない、ちょっと予定外だけど収まるまでまだここにいていいですか? さすがに町中で囲まれる度胸はなくて」


「構わないよ、しかしペットみたいな動きをするんだなあ……」


「可愛いでしょう」




 得意げに市松は笑い胸を張る。


 市松の感性は理解しがたいが、こうやって懐かれるのも悪くなさそうに見える。


 数が尋常じゃないが。




「こいつらね、みんな銘のあるご主人達は日本刀に浮気して棄てられていてね、大漁に拾ったの。そうね、あの頃刀が流行っていたから、簡単にポイ捨てされていたのよ」


「今では考えられないね」


「あの頃から考えると考えられないものなんて幾らでもあるよ、洗剤なんてあの頃石灰だったもの」




 肩を竦めて語る市松にどれだけの時代を生きているのだろうと、輝夜は興味を持った。


 市松の隣に座り、まじまじと見つめて会話を楽しむ。




「君は生まれた時から妖怪なのかね」


「そう、僕の一族はみんな純血。混じりけの無い人在らざる物、それでもね、人間の残留意思から流れて出来ることもあるの。僕は、遊郭の性技を仕込む男からの悔恨から産まれた」


「仕込む?」


「性技を叩き込む人。好きな女がいてそれが遊女だったみたい。女の身請けに絶望して、自殺した悔恨のようね」


「……江戸時代も大変だな」


「記憶を覗くと趣味の悪い男ですよ、それでも……なんとなく。そうね、この日本刀たちに似ている、棄てられたところが」




 市松は日本刀を一本ずつコートの中に突っ込み終わると、事務所を綺麗にし、さっさと帰って行った。


 一本だけ何故か残っている、それは。輝夜が日本刀を一本手に取ると、それはブレスレットとなった。


 市松から、暗に危険なときに使えとの、親切なのだろう。




 些か物騒ではあるが、優しさがあいつにもあるんだな、と。


 市松の変化を輝夜は感じ取った。








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