第8話 穢れた花嫁お断り

 不謹慎だ、まったくもって不謹慎だ。

 それでいて胸を躍らせる輝夜は自分を叱咤しながらも、わくわくする自分を抑えられない。

 今日きた依頼は、失踪した花嫁を探して欲しいとのことだった。

 こういう事件に満ちた依頼こそ探偵である醍醐味だ!! と輝夜は依頼が来たときに少し喜んでしまったので、不謹慎だと自分を戒める。


 さて、事件の詳細はこうだ。

 新郎が花嫁を教会にて誓いを行おうと待っていたのだが、花嫁がバージンロードを歩き誓いを述べる寸前で姿がまるで、手品のように消えたという。

 瞬いた瞬間に消えていて、連絡が掴めない行方不明だというものだから、こうして輝夜のもとにきたという。

 一部の人に知れ渡っているのだという、輝夜が「何か」に詳しかったり、守られたりしていると。


 妖しい事件には、妖しい者が適任だ。

 輝夜は湯河原屋のいなり寿司をたんと用意し、妖しい狐男こと市松がこないか待ち望む。

 やがて時刻が夜の九時を回りそうな頃合いに、市松は事務所の階段を上りやってきた。

 ブーツ音を鳴らし、こつこつと音を立て階段を上り、とん、と少し叩く程の力で扉を開けた。

 狐面の男は、さらさらした銀髪を揺らし、狐面をずらして嗤った。


「今日はお待ちかねでした? 僕が来るのが恋しかった? 珍しい夜もあるものだ」

「君に聞きたい話があってだね、きっと君が協力してくれたら美味しい想いが出来ると思うのだけれど」

「そうね、前払いと見えるそこのいなり寿司だけでも、充分美味しそう。それよりもっと美味しい物が本当に頂けるなら素敵なこと。で、何です? 僕に聞きたいものって」

「この教会を知ってるか?」


 話を聞いてから実際現場にて写真を撮ったのだから、それを何枚か見せるとそれだけで市松は指先を震わせて口元に置いた。


「人間にこれが見えないなんて残念です」

「やっぱり何かがいるんだな?」

「今回はね、関わるなと言いたくても関わらなきゃいけないんでしょう? だとしたらあの神域が勝手にやってくる前提でお話をお進めしますね」


 市松は窓の外に一瞥すると、いなり寿司を一つ手に取って口にし、べたついた指先で写真を手に取った。

 写真はバージンロードとステンドグラスがはっきりと写っているものである。


「花嫁を探せ、と言われた。花嫁はそこに見えるのか」

「はい。幾人か見えますね、皆様今にも死にそうだ」

「助ける手はないかね。私が花嫁のふりでもしたら、救えるかね?」

「まあ素敵な考え! 今回は本当に危ない目に遭います、それでも宜しいのですね?」

「危険な相手なのか」

「乙女であれば危険ではないかと。男女経験は御座いますか? あるのなら、危険は二倍。そうでないのなら、犯人を味方につけましょう。ユニコーンをね」


 市松は輝夜へいなり寿司をあーんと食べさせれば、親指で唇を拭った。

 紅が指先につけば、市松はそれを己の口元に親指を乗せて塗り、赤い口元で嗤った。

 ユニコーンの好きな物と嫌いな物を連想した輝夜は、市松の目の前で初めて恥じらいというものを見せて俯いてしまう。




 実際に事件のあった式場にて花嫁のドレスを着る。

 真夜中の教会は酷く神聖で、ステンドグラス越しに月が綺麗な夜だと思い知る。

 動きやすさの重視で、パンツルックのウェディングドレスを選ばせて貰った。

 これでユニコーンがくる手順としては完璧らしい。

 バージンロードを歩くときは、市松と一緒に歩くことを約束に事件検証へと実験を行う。

 ブーケを持ちながら、一緒に市松と歩けば一瞬で空間は歪み、ぐにゃりと現実はねじ曲がった。

 市松と一緒にどうやら異空間へ飛ばされたらしい。


 異空間には花嫁達が何人もいて、全員を出来れば救いたいものだが、それは無理だと事前に市松から告げられている。

 異空間に飛べば、ユニコーンが現れ輝夜に懐く、いたく気に入ってくれた様子で輝夜の命令を待っている。


「この花嫁さんをお助けくださいな」


 ユニコーンは輝夜の持っている写真を見れば、その花嫁だけこの場から消した。

 そうしてユニコーンは輝夜へにじり寄り、その眼差しは異形そのものだ。

 よく妖精に気に入られたら帰れなくなると聞くがその状況によく似てると思った。

 市松がユニコーンの前に立ちはだかり、一礼をする。


「失礼をお許しください。この方、先約がいますので無理ですよ。乙女にはならないでしょう」


 市松の言葉に酷く鼻息を揺るがし、前足をざしざしと動かし突進する準備をし始めたユニコーンの様子に、今です、と市松は呼びかけた。


「どうせ盗み聞きしてるんでしょう? 早く助けなさいな」

「なんでお前たちはいつも、そうやって危険に自ら入っていくのかな!」


 吉野が二人の腕をぐいっと引っ張り出せば、そこは元の世界のバージンロードで助けた花嫁が眠っている。元の教会の空間に戻れた様子だ。

 吉野が二人の腕を引いて、ぜぃぜぃと荒く呼吸をしている。焦っていたのか。

 何処かが突進されて何かが大きく揺れたが、現実には何も壊れてないので無問題。

 吉野は海より深いため息をつくと、輝夜へ視線を向ける。


「先約って誰だよ、狐のことだとか言わないよな?」

「あれはそう言って絶対絶命にしないと吉野が来ないだろう、っていう市松の演技だ」

「嵌められた!! くそっ、あまり、関わるつもりなかったのに……」

「吉野、もういいじゃないか。君は君なりに私に関わりたいのだろう、もう自分を許してあげるといいよ」

「駄目なんだ、おねえさんをこっちに招いたら駄目なんだ」

「大丈夫、私は頑固だから簡単にそっちだかあっちだかに行かないよ。好きなところに行くのさ」

「……おねえさん」

「それと。そろそろ名前で呼んでくれないだろうか、それくらい君は沢山助けてくれた。名前を呼んで欲しいな」

「……神域に名前を呼ばれたら、おねえさんは存在がどうなるか分からないよ? 何か封じられるかもしれない、祟りがあるかもしれない」

「お前と市松がどうにかしてくれるだろ?」

「そうなんだけど! 貴方は平和に生きるべき人なのに……」

「吉野、あのな。私はきっと君たちが想うより、純粋な生き物ではないし。平凡な存在なんだよ」


 輝夜があまりにも嬉しそうに笑うものだから、市松と吉野は顔を見合わせそれぞれ嘆息をつき、こめかみに指や手をあてた。

 二人ともやれやれといった表情をしてる。輝夜はまだまだ不思議そうだ。


 この人間の人生を見守って、影のように生きるつもりだった。たった八十年くらいなら。

 でも関わって良いというのならそれに甘えてみてもいいのかもしれない。

 直接守る行為が出来るというのなら。


 何せこの輝夜という女には、沢山の呪いを詰め合わせたギフトセットが毎月届いているといっても過言ではないくらい、魅了される物が多いのだ。

 呪いの籠もったギフトセットの選別くらい、許されるかもしれない。



「……カグヤ、それなら俺を操って。俺の真名を教えるから、操って俺は貴方に安全なのだと証明して」


 真名を教える行為は、相手に自分の命を預けるも同然だ。

 その意味を知ってるのか知らないのか分からない表情で、輝夜は頷いた。


「俺は、涅哩底王ねいりていおう。呼び方はいつも通り吉野でいいけど、俺が何という存在なのかは、覚えておいて」

 真名を名乗った瞬間だけ吉野の髪色は赤くなったがすぐに青色に戻る。


「いいよ。で、市松はどうするね。君は私に正体を明かすかい?」

「……僕は囚われるのは、まだ保留でお願いします。これまで通り、先生とお呼びしますので、貴方も僕を市松と」

「分かった。ところで、この事件はいったいどういうからくりだったんだね?」

「簡単ですよ」


 市松が仮面をずらして、気まずそうに笑った。


処女厨ユニコーンによる、乙女でない者がバージンロードを歩く行為へ激おこぷんぷん抗議しただけです」


 今の時代を考えればそれは時代遅れというやつなのだろうけれど、ユニコーンだから時代など関係ないのだろうと輝夜は納得した。

 市松に花嫁を任せて、輝夜はにこにこと吉野と並んで帰る。

 幼い表情に、吉野は恋心が再燃しそうであった。


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