第5話 熱烈ラブレター

 輝夜のもとに、白い封筒が届いた。

 白い封筒は古典的にハートのシールを貼ってある以外は変哲も無く、何処からどう見てもただの手紙だ。

 カミソリが入る嫌がらせもなく、封を開ければ二枚の紙が入っていた。

 手紙の文字はやたら綺麗で、この字だけで仕事の面接に受かりそうな気がした。


「拝啓探偵様、か」


 輝夜は事務所への階段を上りながら、手紙を読むことにした。

 最初の一文を読む頃には、階段は上りきり事務所の扉を開き、仕事机に備えている社長椅子と命名している高級な革の深々とした椅子に座った。

 手紙の文字に吸い込まれるように読み込む。


『拝啓探偵様。

 貴方様へお手紙を送りつける勝手をお許しください。

 私は貴方様を激しく敬愛しているのです。

 まず貴方様の不遇、様々なよくないものに取り憑かれてしまう不幸体質というべきものの。どんな不幸に対しても貴方様は心砕くことなく、誠意ある対応をされ、その為より不幸に取り憑かれるという連鎖を面白おかしく楽しんでます。

 貴方様のとてもよくないところは、あの市松という男が最終的に助けるという所。

 私は最後の最後に悲鳴をあげ、泣き叫び、絶命する姿が見たく。それはそれは期待してるのです。

 だというのにあの男は貴方様をお助けする。皮肉にも助けられた貴方様は大変可愛らしい年頃の笑みをしなさる。

 これは非常によくないことです。またお手紙を書きますね、失礼致します』


 手紙の内容はやたら丁寧な言葉で褒め称えてはいるが、内容は不幸の手紙のようなものだった。

 宛名はあるのに、誰からの手紙かは書いていない。

 書くつもりはないのだろう、これはまたしてもよくないものだ、と輝夜は思案を巡らす。

 この手紙は悪意に満ちているというのに、内容は賞賛だから居心地が悪い。


 手紙は他には変わった様子もなく、輝夜は手紙をくしゃりと丸めて捨てることとした。


 今日は市松は来る様子もなさそうなので、不満げに輝夜は書類や、レシートの整理をすることとした。




 またしても手紙が入っている、ポストへ前回と同じ封筒にシール。

 以前と違うのは今回は隣に、市松がいることか。


 市松と町中で遭遇した輝夜は、以前酔っ払いに絡まれ助けて貰った礼に今回はいなり寿司ではなくパスタを作ると約束をし材料を一緒に買ったのだ。

 その帰り道だ今は。

 帰り道のポストをチェックして、その封筒だけ入っているのを確認すれば、封筒を拾い階段をあがりながら差出人を探すが何処にも書いていない。


 今回は市松をほっといて手紙の封を開ける。


『拝啓探偵様。

 冬もそろそろ雪解けの始まる季節ですね。よくない、最近の貴方様は非常によくない。

 私が見初めた貴方様ではないように、年頃の女性の顔を沢山しなさる。

 可愛らしいだけではなく、それは貴方様が凡庸であると思い知らされるので非常によくない。

 凡庸な貴方様などただの一般人だ、貴方様は不幸に身を落としてこそ輝く存在なのです。

 なので今夜私が貴方様がいかに不幸であるかを思い出させます。

 夜にご期待ください、私はいつも貴方様の味方に御座います』



 手紙は一枚きりだったが、これではまるで何かの犯行予告である。

 市松に手紙の内容を見せればいつもの通り、こめかみを抑える市松だ。


「貴方というのは大層好かれやすい」

「そうだな、それもお前のようなものに好かれやすい」

「どうしてかしらね、貴方様に皆吸い寄せられる。まあそれは兎も角としてね、夜も僕がお付きしてさしあげるからパスタは二人前で宜しくお願いします」

「ナポリタンでいいんだろう?」

「ええ、あのにんにくをオリーブオイルで香り付けを最初にしてから、具材炒める奴。ケチャップ多めで、チーズも」


 ナポリタンは一番家で作りやすい味だというのに、他人様に作って貰うのが美味しいのだと市松は威張り散らし、ソファーで大人しくそわそわと待っていた。

 仕方ないと輝夜はケチャップたっぷりのナポリタンを作り二人で食べ終わる。

 夜に風呂に入り終え、うつらうつらとする頃合い。


 何かの気配を感じる。

 カーテンをしめているのだが、カーテン越しに何かが居る気配がする。

 息づかいは細やかにふしゅーふしゅーとしていて、嫌な血のにおいも過る。

 鉄臭い匂いを広げ、カーテン越しの存在は入ってくる様子も、動く様子もない。

 ただ動けばよくないことが起こる気がして、輝夜は脳裏にあの手紙が過った。

 そろそろ自分は命が今度こそ危ないのではと予感した瞬間、部屋に電気が灯り、部屋の扉の近くには市松がいた。


 市松は、一言仮面をずらしながら、警戒を口にした。


「この方はまだ現世で我々を楽しませるべきだ。それに神域の鬼も気にしてる。神域の鬼に食われたくなければ帰り給え」


 確かに。確かに気配は二つする。

 カーテン越しの存在と、もう一つ何処か遠くから見張られているような。

 それは吉野だろうかと思案する頃にそいつはいなくなった。


「何だったのだろう」

「さてね。手紙が届いてましたよ、貴方の厄介さの中で救われるのは吉野に寵愛されているという部分だけですね。あの鬼の名を出せば大体が危ないなと引き下がる。それを貴方は覚えるといい。吉野も承知済みだろうし」



 受け取った手紙を開けば、赤い血文字で手紙は、汚い文字になっていた。


『拝啓愛する人。

 あの時カーテンを貴方自身が開けたら、殺そうと思ってました。

 そのように警戒心で満ちた命の瀬戸際の日々をこれからもお過ごしください。戸締まりにはお気をつけを。これからも不幸を期待してます。

 ――時効があと二日の××より』


 それは世間を騒がせた逃亡してる殺人犯の名であり、輝夜は身を震わせた。


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