最終幸福追求権
@iamiam
一
第1話
接敵し、ガードを誘い相手を掴む。下への投げから弾んだ体に二度のパンチを叩き入れる。コンボを嫌った相手キャラはアイテムを一つ消費して、カットインを差し込む。作った隙を利用して、相手は魔法を撃ち放つ。
ジャンプで回避し飛び蹴りをする。相手は一度後ろに下がって回避する。外れた蹴りは相手にとってのチャンスに転じ、立ち上がるよりも早く、強力な攻撃モーションが見えた。
コンマ一秒にも上るヒットストップと共に、自キャラが大きく吹き飛ばされる。無様な顔を晒し上げ、ゆっくり地面に落ちて行く。落下した自キャラの体は弾むことなく横たわり、指先一つも動きやしない。
ため息をつきゲームパッドを放り出す。仮想のそれは硬い床とぶつかって、音を立てて跳ねて消える。ゲーミングゴーグルを片手で外すとベッドの端へ投げ捨てた。
ベッドで横になりながら天井を見る。
閉めたままのカーテンからは明るい光が溢れ出す。時刻は既にお昼過ぎ、朝食はキャンセルされたと通知があった。
重い頭を持ち上げる。ベッドを椅子の代わりに座り、両肘を両膝に乗せて目を閉じる。心臓が落ち着いたのを待ってから、昼食メニューを呼び出した。
温かい米に、お味噌汁に焼き魚、野菜の煮物に冷たい麦茶のセットを頼む。昨日も前もその前も、同じものが過去の履歴に並び、百件前でも変わらない。注文を承りました、の表示を確認すると両足を上げてまた横になる。
アイコンが光り、溜まりに溜まった未読のメッセージを読むよう告げる。たった一人から送られた、膨大な数の連絡は三日前から溜まっていた。
切りたくても切りきれない、厄介この上ない血の関係。私と同性であり私を産み出した存在すなわち、母親だった。
システムからの通知が届く。食事の用意が調ったらしい。見れば簡素なテーブルに食事が降りてくるところだった。天井に備えられた生活支援のためのロボット、俗称ルームサービスが蓋を取り去りグラスに麦茶を注ぎ入れる。
焼いた魚の香りと、脂が弾ける音が広がる。見なくたって鮭だと分かる。そう注文したのだから間違いない。もし違うなら、それはシステムの不具合だ。
あの人からの通知を消すため、渋々ながらメッセージを開く。全てに細かく目を通しはしない。細かく読めば、あの人と同じになりそうだから。
どれもこれも大した内容なんてない。一世代も二世代も前の、古く、埃の積もった考え方の押し付けだ。外へ出て人と関わりなさいだの、勉強しなさいだの。あげくの果てには、私がアナタ位の年齢の頃はみんな中学校で勉強していた、とクソったれな説教文句が書かれていた。
ワタシは学校に行っていたのだからと、友人と過ごしたあの日は戻りたくても戻れないのと、ふざけたことを抜かしている。終いには、これも全てアンタの為に言ってんの。嫌な気持ちになるから怒らせないで、と面倒な事この上ない。
学校へと、あの日私は普段と同じく家を出た。
義務から任意となったのに、いつまで経っても理解しない。あの人が居る家に戻るのが億劫で、そのまま一人で暮らし始めた。
今のところ生活に困ったことは無い。当然だった。カネの概念が失せた、生活に困らない社会だからだ。
私が産まれる以前にはカネが存在したと聞く。
カネを使ってモノの価値を決定し、財やサービスとの引き換えにカネを渡していたのだと。大勢の他人が欲しがる物を用意できればカネが集まり、好きなものと交換できる。用意でき無ければカネは減り、食も飲み物にもありつけず死ぬしかなくなる。だから人は働いてカネを集めて生きていたらしい。
モノ、ヒト、コトの全てにおいてコストが掛かるだなんて、今では到底考えられない。にも拘わらず法律によりカネを集めてはいけない人が一部いたらしい。私のような未成年、十五歳以下の人間だった。
新しいメッセージが届く。あの人からでもシステムでも無い。一風変わった送り主は、セントラルと書かれていた。通知から確認可能な一行目にはハローハロー、その後に三点ダッシュが続き、メッセージには続きがあると伝えている。
セントラルセントラルと、頭の中で繰り返す。思い当たるのは一つだけ、この国日本の中央機関、昔の言葉で幕府や政府と呼ばれるものだ。
視線だけでメッセージを開く。三点ダッシュに置換された内容は、数行程度の文となる。中身を二度繰り返し目を通すと、また初めから、今度は口に出して読み始めた。
「ハローハロー。なんだか悲しい顔をしてるね。とっても不幸な顔をしている。そんなスズネちゃんへ、私からのプレゼント。最終幸福追求権の案内だよ。もし気になったらアクセスしてね。バーチャルからだと嬉しいな。待ってるよ。アナタの母親セントラルより」
メッセージの下部分にリンク先が記載されている。ただの悪戯か。それとももっと別の何かか。今では判断のつけようが無い。まずは真偽を確かめようと、新しくネットブラウザを起動させる。
開いたままのゲームサイトを脇に押しやり、新規のタブを立ち上げる。好きなゲームの少女のキャラが青い刃の剣を片手に、銀の髪と外套を、風になびかせ砂漠の中に立つ。そんなイラストの中心に浮かぶ白い検索ボックスで、点滅するカーソルが私の入力を待っている。
最終幸福追求権、そう入力し検索をする。ヒットしたのはわずか数百程度だけ。それも数年も経過した古びた記事が大半だ。
一番上の記事に目を通す。日本国憲法第十三条、幸福追求権について書かれたウィキペディアの記事だった。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利、と記載されているが、最終幸福追求権については何の言及もされていない。
ブラウザバックを繰り返し、次から次へと覗いていく。開く度にヒットする言葉の数が減り、しばらくすると幸福の言葉自体も無くなった。成果は皆無、求めるような回答は得られなかった。
半信半疑、この言葉が最も丁度良いだろう。母親を名乗る文面に似つかわしいほど砕けた字面に、何よりも興味を抱くに至ったのは他ならぬ、その権利であった。
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