第5話 信頼
数ヶ月後
セティアは、歌をうたいながら嬉しそうにアクスの土地にバケツからひしゃくですくい、水を撒いていた
ふと、遠くの方から人が歩いて来る姿が見えた
二人、、、
ライドとアクスだ
セティアは、手に持っていたバケツとひしゃくを手放すと、二人の元へ駆け出した
息を切らしながら、子犬のように走って来たセティアは
「おかえり」
ライドに笑顔で声をかけた後、アクスに目を移した
アクスは元気が無かった
疲れているようにも見えたし悲しんでいるようにも見えた
アクスにも声を掛けたが、アクスはセティアを見ようとはしなかった
「どうしたの?」
と、心配そうにアクスに触れようとしたセティアの手を激しく払い除けた
今まで見た事もない表情の知らない男の人…
会っていないわずかな間にアクスは少し背が伸びた
日焼けで少し浅黒くなった肌とさらに筋肉が付いてガッシリとした身体
本当にこの人は、あのアクスだろうか…?
セティアは、驚きとショックな表情を隠せずにいた
アクスはリビングの椅子に腰掛け、じーっと手の平を見つめていた
その姿をセティアはドアの影からそっと見守っていた
何があったの?
うつろで悲しげなアクス、そんな姿を見ているのが苦しくて仕方なかった
---ナニガアッタノ?
久々の懐かしい花畑
数ヶ月振りにこの土地へ足を踏み入れた
懐かしくて涙が出そうだった
セティア
ずっと会いたかったはずなのに、その笑顔を見てしまったら何もかも壊してしまいそうで見ることができなかった
俺の手は汚れている
リビングの椅子腰掛け、今まで戦場であった事を振り返る
考えたくも無い
思い出したくも無い現実
ふと気がつくと、細い腕が気遣うように俺を抱きしめていた
思わず、その手を払い除けてしまった
セティアの今にも泣きだしそうなブルーの瞳
守りたかった笑顔を俺は自分の手で壊してしまった
俺はなんて弱い人間なんだろう
「ごめん…」
セティアは、首を横にふる
「アクスに元気になってもらいたくて…」
笑顔を繕いながら、セティアは声を絞り出す
そんな表情をまともに見ていられなくなって目をそらす
「…俺の手は汚れてるんだ」
純粋で汚れの無いセティアが血で汚れてしまった俺に触れてしまう事がどうしても許せなかった
「汚れてなんかない」
真っ直ぐにアクスを見つめたまま、セティアが答える
「人を殺した、この手で---」
「たくさん、血を浴びた」
アクスは自分の手の平を見つめた
今でも甦るあの瞬間の記憶
気が狂いそうだった
戦争なんて何の意味があるのだろう
憎んでもいない人を殺し
たくさんの人達を傷つけ
生まれるのは憎悪や悲劇
そんな中で手に入れた
土地や権力に何の意味があるのだろう?
「汚れてなんか、ないよ」
セティアは、アクスの背中に腕を回し、ギュッと力を込めた
「アクスの心は、いつも綺麗」
アクスは、狩りには向いていなかった
それでも、セティアとリゼのために無理をして弓を放ち、獲物を捕って来てくれた
獲物の生きていた時の姿を見てしまったアクスは、時々食べるのが辛そうだった
それでも、リゼが心を込めて作ったという事と自分達のために犠牲になってしまった大切な生命を無駄にしないためにアクスはそれを食べた
アクスはそんな少年だった
アクスは、何度狩りをしようと、決してその生命の死に慣れる事は無かった
生きて行くためには時には何かを犠牲にしなくてはならない
セティアは、知っている
アクスは何度人を殺めようと決して慣れたりはしないだろう
人を殺す度に自分も傷つき、何度も苦しむ
「アクスは、汚れない」
生まれ持った責任感と生命を奪う事への罪悪感に板挟みにあって苦しんでいるアクスの心を癒してあげる事は自分にできるだろうか
「アクスの瞳は、いつも綺麗」
目の前の一番大切な人さえ守れない自分に腹が立つ
強くなりたい
大切な大切なセティアを守るために
強くなりたい
アクスは自分に必死にしがみつき、懸命に励ましてくれる愛しい少女の背中に手を回すとしっかりと抱きしめた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます