大阪たれ

上住断靱

エビの頭

 晩冬の折、目の前で食べるものが泳いでいる居酒屋に小山さんと行った。会話が途切れれば、目の前の生け簀にいるものたちをぼんやり眺める。もう、死が目前に迫っているが何故か悲惨であるように思われない。

「躍り食いと熱燗。熱燗は二合で」

 小山さんがエビを頼んだ。躍り食いは好きだが、始末は苦手らしく、その作業は私に一任されている。

 躍り食いで苦手なのはエビの棘である。これがチクチクささるのが微妙に鬱陶しい。ある程度、エビが弱ってくるまで待っている。しかし、諦めの悪いものは余力を残していたりするから油断ならない。

 びびびっと暴れるエビを押さえつけて、頭を引きちぎる。足の方に指をすっとやって背中の殻を剥いでやった。元気なものはその後でも暴れるから、手にはある程度の力を込める。

 私は二人分のエビを片付けて、半分を小山さんにやった。

 小山さんは手を合わせて感謝の意を示す。ついでにいただきますと呟く。

 刺身醤油に浸して、ゆっくりと甘みを噛みしめて酒を飲んだ。自らが殺生したという手応えと同時にエビへの感謝も溢れてくる。残された頭は寂しげに触覚を動かしていた。

「こちらのお皿をお下げしてよろしいでしょうか?」

 小山さんと私で目を合わせる。

 お互いに頷いて「お願いします」と言った。

 小山さんは何も言わなかったが、私と同じ気持ちであるはずだ。エビの頭を素揚げでも煎餅にもしてくれなくて残念だ、と。そうすれば捨てる所は尻尾だけで済む。心得のあるところはそうしてツマミを一品増やすのだが、ここはそうではないらしい。

「あの頭勿体なかったなぁ」

 それほどのエビやなかったかもしれんけど、と小山さんは続けた。一手間かければ食べられたのに、ゴミとして処分されてしまうのである。更にはもう一杯分の注文も増えたかもしれなかった。

「勿体なかったですねぇ」

 私も嘆息して白い息を吐いた。

 言われなければやっていないサービスかもしれないが、こちらも無駄な労力は求めない呑兵衛としての仁義がある。この次は尻尾だけ残る所にしようと二人して決めた。

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