村人な夫と勇者の妻

楽市

第1話 第一村人のリオッタ

 初めまして。

 僕は、リオッタといいます。


 大陸の西側にある辺境の農村で、僕は第一村人という仕事をしています。

 第一村人は、村に来た人にこの村の名前と特色を教える、看板みたいな仕事です。


 村は本当に何もなくて、周りは林や森ばかりで、奥に泉があるくらいでした。

 住んでいる人も農家か樵くらいで、遊ぶ場所もないような所です。

 ただ、春夏秋冬の移り変わりがはっきりしていて景色は見飽きない、いい村です。


 家は農家ですが、兄が継いだため、次男の僕は第一村人の仕事に就きました。

 正直、やることも少なく、仕事のやり甲斐は薄いです。賃金も高くありません。


 でも時々、思い出したように外から人が来るため、必要な仕事でもあります。

 村長からは「成り手がいない仕事だから、助かるよ」と言われています。

 体が弱くて農家になれなかった僕でも、できる仕事があるのは悪い気分ではないです。


 さて、まずは僕の妻との出会いを語りたいと思います。

 僕の妻は、名をティーネといいます。

 世界の半分を支配した魔王を倒して人々を救った勇者、らしいです。


 だけど、村の外に出たことがなく、学もない僕には何のことやら、でした。

 実際、最初に会ったときも、彼女がそんなすごい人のようには見えませんでした。


「すまない、ここはカルリの村で間違いないだろうか?」


 それは、秋の終わり頃のことでした。

 村の入り口でボ~ッと空を眺めていたときに、後ろから声をかけられました。


「はい? はいはい、ここはカルリの村ですよ。ようこ――、あれ?」


 慌てて振り返っても、そこには誰もいません。

 視線を左右に巡らせても、誰もいません。あれ、あれ、と僕は辺りを探しました。


「……私はここだ」


 すぐ目の前から、何ともバツが悪そうな声が聞こえてきます。

 声の主は、確かに目の前にいました。

 ただ僕が無駄にのっぽで、彼女が少しだけ背が低いため、わからなかったのです。


「あ、ごめんなさい」


 気づいた僕は、彼女にペコリと頭を下げました。


「いや、いい。よくあることだ。それよりも、村長の家はどこだろうか?」


 尋ねられたので、僕は頭をあげて改めて彼女を見ました。

 小柄だけど、随分と物々しい恰好をした女の人だな、というのが第一印象でした。


 使い込まれた鎧は傷だらけで、その下の服も薄汚れています。

 顏も、右頬に大きな傷痕があって、左頬には乾いた泥。

 三つ編みにしてある長い赤髪は、色が褪せてところどころほつれています。


 そして、背にはとても大きな剣を背負っていました。

 手にする荷物袋もかなり中が詰まっていて、持ち歩くのも大変そうです。


 それに、目が怖かったです。

 顏はきっと可愛らしいのに目つきが険しくて、随分と張りつめていました。


 僕は困りました。

 もしかしたら、この人は怖い人なんじゃないかと思ったからです。どうしよう。


「私はここで待っていてもいいぞ」


 困っていると、女の人はそう言ってくれました。

 それにしても声が高い人だなぁ、という印象をそのとき持ちました。

 とても高くて、でも、甘くとろけるような、とてもいい声です。


「えっと……」

「村長には、勇者が来たとだけ伝えてもらえればいい」


 この人はユーシャさんというらしいです。

 いえ、本当はティーネなのですが、このときの僕は勘違いしていました。


「ユーシャさんですね、わかりました」


 変な名前だなと思いながら、僕は村長にユーシャさんのことを報せに行きました。

 すると、村長は跳びあがらんばかりに驚いて、僕もびっくりしました。


「何と、こんな僻地に勇者様が!?」

「はい。ユーシャさんが来てますけど……」


 村長は、村の入り口にすっ飛んでいきました。

 ユーシャさんは、様付けで呼ばれるほど偉い人なんだ、と、思いました。


 汚れた格好をしていたけど、綺麗な人でした。

 だから、もしかしたらどこかの国のお姫様なのかも、と考えたりもしました。


 これが、僕と妻との出会いです。

 このときの僕は、彼女が魔王を倒す旅をしていることすら、知らなかったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る