チョコレート・ユース

西風田正作用

 

俺の罪を告白させてくれないか。…。これは世間への懺悔だ。だから、俺の為にこの話を聞いて欲しい。聞いた後は君の好きなように裁いてもらって構わない。裁かなくてもいい。俺には告白する事こそが大切なんだ。もしかするとこの話は言い訳に聞こえるかも知れない。上手く話せないかもしれないし、変な言葉遣いになってしまうかもしれない。しかし、この事について俺は出来るだけ正直に言葉にするつもりだ。どうか、最後まで聞いて、そしてあいつの存在を君の中に一瞬でもいい、具現して欲しい。俺は忘れたくないんだ。だから罪としてこの身に刻み付ける為にもどうか、どうかこの告白を聞いて貰えないだろうか。

 

順番に話そう。青二ってやつ知ってるか?俺、仲が良くて、朝は一緒に登校して、休み時間も昼も一緒、お互い帰宅部だから下校も一緒で、それはもう親友みたいなもんだったんだ。実際俺は親友だと思っていた。逆にあれが親友じゃなかったなら俺はもう「親友」なんて要らないね。青二は派手で目立つ訳でもなく、かと言って地味すぎて目立つ訳でもない、いわゆる普通ってやつの範疇の人間だった。俺もそう。だからよかったんだ。俺らは上手くやっていた。俺たちは俺たちの学校というちっさい世界の中でささやかな生活を送ってたんだ。ただ、本当にそれだけだったんだ。ところがある時から違和感を感じるようになったんだ。いつからだったか鮮明に思い出せない程、緩やかに、緩やかに変わっていったんだと思う。実際、何も覚えてないんだ。恐らく日常のそれだよ。そう、違和感ってのは…つまり…ノイズが走るんだ。あいつが話す言葉の途中にほんの一瞬だけれどザザッとかキュルキュルッとか変な音が入ってそこだけうまく聞き取れないんだ。それが日に日に酷くなっていく。気のせいだとも思ったけど、本当に聞こえるんだ。俺がおかしいと思うだろ?俺だってそう思ったさ。他の奴らにやんわり聞いてもそんな音なんて聞こえないって言うんだ。俺だけが、俺だけが青二の言葉を聞き取れなくなってるんだ。半年くらいかな、それぐらい経ったら、もう青二の言ってる事はさっぱり分かんなくなってしまった。でも俺の言葉は青二にはちゃんと伝わるみたいで、お構いなく今まで通り話しかけてくるんだ。でも俺は青二がなんて言ってるか分からないだろ?上手く返事が出来なかったんだけど、それでも今までそうだったからかな、青二は会話が少なくなってもいつも通り側にいてくれた。言えなかった。言える訳無いじゃないか。実は変な音のせいでお前が何を言ってるか全く分からないんだってな。青二から見れば、俺だけがズレる、というかヘンになってるに違いないんだ。だから俺がヘンナヤツになったしまったとして、どう伝えればいいのか、伝えたらどう思うのか分からなくて結局言えなかった。それでもいてくれたんだ。優しいよな。でもその優しさは全くもって俺のせいで、このままではいけないって言う思いを一層強くするものに果ててしまった。本当に本当に全て俺のせいなんだ。なんだこれ、なんだこれって毎日毎日思った。いろんな事を思ったさ。青二は変わってしまった、いや、今までもこうだったか?俺が変なのか?俺と青二の今までを思い出していた。あいつはどう思っている?俺をどう思っている?

俺がおかしいのか?俺が世界においていかれているのか。青二は?今まで俺は何を見てきたんだ?俺が今見ているのは何だ?青二って誰だ?俺って誰だ?…

そんなことを今日まで考えてきた。恐らくこれからも。どっちもオカシカッタのかなあ。俺だけだったのかな。

 …ノイズが酷くなっても俺らはぎこちないけど毎日会話した。いや、会話って呼べるようなもんじゃないけど、それでも青二が話しかけてくれていたんだ。あれは先月の初めの天気の良い昼休み、俺らは屋上の扉の前で2人でだべってた。いつもと同じだった。青二は俺に話しかける、俺も答える、青二は笑顔でこっちを振り向いて、鼻の横の小さいほくろと目が合って、いつもの青二だ、俺の青二だって。その日は日差しが強くてさ、透けた青二の髪が金色に見えたんだ。その時、ああ、綺麗だな、死んでしまえば良いのになって思ったんだ。俺は今まで通り青二と関わってるし、他の奴らも今まで通り青二と関わっている。でもさ、でも俺は、俺は何か違う様な気がしてたんだ。ほんとはお前、気づいてるんじゃないのか?って。俺らの先に何があるのか分かってるんじゃないかって。青二の言葉が分からなくなってから俺と青二の間の時間だけ止まったままで、あいつだけ俺の見える世界から少し浮いている様に見えたんだ。死んだみたいだった。悲しかった。寂しかった。あいつは生きる幽霊だったよ。本当に、本当に日に透けて綺麗な俺の地縛霊だったよ。俺は信じたくなかったんだ。つまり、つまり…その全ては俺の我儘のせいだったんだ。

 だからあの日あいつが屋上のフェンスの外側にいくのを見た時、ああ、いよいよ来たんだな、と思ったよ。西日が凄くて雲が空の水色と混じって燃えて世界が青二の為にそこにあるみたいだった。青二は一層透けていて、フェンスを握る手が小さく震えていた。手の甲の骨が白い肌を押し上げて生きてた。生き物のもつグロテスクな滑らかさをしていた。俺が青二、と呼んだらびっくりするくらい悲しい顔の青二が振り向いて、俺は思わず後ずさってしまった。だって、だって美しかったんだ!その全てが!屋上もフェンスもシャツも手も骨も皮も髪もほくろも目も空も雲も光も全てが!青二を引き留める言葉なんて浮かばなかった。このままお終いにしてしまおうかと思った。お前は俺の中で永遠になって俺はお前の中で永遠になって、そうしようか、って思ったんだ。俺は泣いた。青二は困った様に俺に話しかけるけど何を言ってるか分からなかった。分かりたいのに、こんなにも側に居たのにどうしてあいつの言ってる事が分からないんだろうって悔しくて、こんな意味わかんない現実とか言うのが憎らしくて憎らしくて、必死に俺に何か言う青二の顔を見つめる事も出来なかった。暫く青二は俺に何か言っていたけど、俺が一向に喋らないのが分かると話すのを辞めた。俺はこれからどうすべきか分からなかった。青二は俺が泣き止むのを待っていた。俺が泣き止んだら青二は消えてしまうから、出来るだけ大声で泣き続けたけれど、それでも涙は出なくなってしまって、嫌になって、俺は気付いたら青二と反対の方角のフェンスの外側に立っていた。本気だった。青二は何か言いかけていたけど何も言わなかった。青二は俺がフェンスの外側に立ってもそこを動かなかった。俺たちは屋上の端と端で互いを確かめ合うように見つめ合っていた。その時間だけが真実だった。俺は青二の今日で終わりにする覚悟が何故だか揺るぎないものだと分かったから、出来るだけ優しい顔をした。それが唯一の形に出来る友情だった。青二は最後に一言言ったけどやっぱり何て言ってるか分かんなかった。青二は飛び降りた。俺はフェンスにしがみついて青二の居なくなった世界を見つめていた。本気だったのに、本気だったのにダメだったんだ。そして、悔しくて寂しかったけど不思議と安堵してたんだ。

 俺はあいつを見送った。それは何処からどう見ても事実だ。止めなかった。最後まで分からなかった。俺は勝手に俺の中であいつを殺したんだ。ずっと前から。例えあの日に戻ったとしても俺はまた同じ事をするだろうと思うよ。そうとしか出来なかったんだ。そうとしか出来なかったのかな。あの日から生活の中で、ずっと青二を思っているんだ。何かが人生の中でこときれた気がしている。ぷちん、と静かに途切れて、食べたり寝たりしながら「こんなの生活じゃない!」と思う。あの日から俺の中で何か、恐らく青春の一種が終わってそれは永遠になった。それはドロドロして、にっがくて、それで青二の生の味がして、匂いがして、それで、ずっとそこにあるんだ。俺が、きっとそうしたんだ。俺が、そうしたんだ。

…青春って聞くと爽やかで甘酸っぱいとかほろ苦いとか思い浮かべるけど、俺、青春とやらがそんなにまずそうなのは青春を経験する奴らが世間にとって食われないようにする為だって考えてたんだ。野菜とかだってほら、まずい方が生き残れるだろ?それで、青二がいなくなった後…。俺、俺が生き残る為に青二を殺したのかもって思って…。無意識の中で俺の人生をまずくしようとして青二を止めることを半ば諦めてたんじゃないかって。親友の死を美化して悲劇の勲章みたいにただ自分の人生を飾りたかっただけなんじゃないかって…。劇的な思い出欲しさに見殺しにしたんじゃないかって…。俺は、あいつの事、本当に友達だと、おも、ってたんだ、よ、な。そうだよな。

…。

青二は……あいつは変わったかもしれないし、変わってなかったかもしれない。俺が変わったのかもしれない。それとも俺らが変わったかもしれないし、変わっていなかったのかもしれない。でも俺はずっと変わらずにいたかった。変わるべきだったのかな。どう変わるべきだったのかな。なあ、どう思う?いや、懺悔中に質問はナシだよな。はは、今のは忘れて欲しい。これで告白は終わりだ。そして俺も。最後まで聞いてくれてありがとう。じゃあね。


 そう言って彼は道路に飛び出した。

劈くクラクション鳴るブレーキタイヤ擦れる音悲鳴サイレン騒ぎ声鉄の、臭い。

僕は反対の歩道に立って彼の居なくなった世界を見つめていた。彼が何を言っていたのかさっぱり分からなかったが、不思議と甘く蠱惑的な安堵がそこにあった。ああ、なんて、なんてクセになる不味さなんだろう。僕は穏やかだが確かな興奮に包まれながら、アスファルトをつたう血がドロドロと形を変えて広がるのをぼんやりと眺めていた。

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