嫌いなわけじゃないよ

西風田正作用

 

チャイム。

ドアを開くと固まった笑顔のおばさん2人が無理矢理にこじ開け中へ入ってくる。

 机を挟んで2対1

実は僕はそこまで布教自体を嫌っているわけではなかった。しかし、どうしても自分の話ばっかしするその手の奴らが嫌いだ。ご多分に漏れず。


そいつらは案の定自分の神にお熱になってしまって僕のことなどは微塵も見ておらず、その神のすべての善を語り尽くせば僕が感嘆して跪くとでも思っている。

僕が気になることも知りたいこともほってけぼりにして喋り続けている。

どんどんと熱が上がって皮膚に汗を湿らせながらおばさんたちは2人して机から身を乗り出し加速する。溶ける化粧の匂いがする。


もう僕の言葉は伝わらない所に行ってしまった、相当お熱な様ね、これが恋なのかしら、とぼんやりと僕は僕らのいる空間を見つめている。

このてらてらでチンケで臭いパンフレットに書かれた色々でさえ僕の理解の興味を圧する。

僕が大人しく聞いているようなのでおばさんたちは嬉しそうに体を捩らせながら更に饒舌になっていく。

そろそろ僕の顔に「タイクツ」と書いているのに気づいてくれないだろうか。

ありったけでつまらないですという目をしているつもりでいるのに何がそんなに嬉しいのだろうか。

少し荒く吐いた息にこっそり負を混じらせる。

お前ら向いてねーよ。


僕は神を嫌っているわけじゃない。寧ろその辺の一般人間よりも好いている方だ。僕は神を信じたい。

僕は知っている。この世界は言葉だけの存在だ。

神なんていない事も、人間だけに都合のいい存在という事実が神は人の業から生まれたのだというのをを浮き彫りにしていることも、極楽浄土が金銭的価値のある物で表現される事が多々ある事も知っている。それでいて尚、僕は信じたい。

もう何でもいいんだ。何でもいいから信じさせてくれ。例え神が存在したとして、そんな崇高な存在がこんな下愚な人間の思考、感情など理解できるわけ無いのだとしても。頼むから僕を信じさせてくれ、その崇高な神とやらで僕の脳を洗って、洗って欲しいのに…。


意識は遠く、雑音を聞き流しながら空間を見つめ、部屋の白い壁の凹凸の区別が曖昧になる感覚を楽しんでいる。煩い、五月蝿いなあ。あまりにも五月蝿いので僕はおもむろに台所へ行き、持って来た包丁で右のおばさんの腹を刺した。右のおばさんは目玉をこぼしそうなほど目を見開いたまま固まり、もうひとりは壁側に転げて後退り背をひっつけてヒステリックな叫び声をあげようとしているが、上手く息ができずにひゅうひゅうと金切りあげている。

いつまでそうしているのだろうか。惘然と跪く腹に包丁が刺さっているおばさんについでで「あんたらに御加護はなかったみたいだね」と言ってあげる。

今、喋らないおばさんの代わりに頭を開いて脳味噌に神に絶望してるか、それとも怨んでいるのか、もしくはそれ以外か聞いてみたい。

僕はやっと口を開く。

「てゆうか、あんたら神の何?」

血が床を伝う。汚え。

はーー、と息を吐く。やっと静かだ。こうでないと。神を語るならこうでないと。さあ、信じさせて。僕は神に抱擁されて死にたい。早く神を教えて。血溜まりの床に三人、ようやく仲良く腰を下ろしたんだ。俺ら現実の生贄みたいでちょうどいいじゃないか。

さあ神の話をしよう。僕の為の神の話を。


部屋は、その一つの白い棺桶は静かさで満ちていた。

部屋は、その一つの白い棺桶は大きな棺桶の中で静かに在るだけだった。ゆっくりと蓋が締まり、時は微温く淀む。内側には死の匂いしか無い。

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