第35話 救世主・ノーマッド

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 彼女はその言葉と共に去っていった。


 仲間か。


 彼女の言葉を聞いた後すぐ、急いで門の外に飛び出した。来た時は煙で前が見えなかったが、バジリスクはバベル城付近の建物を破壊していたようで、辺りは焼け野原とまではいかないが、屋根が飛んでいたり窓が割れていたりと、嵐が過ぎ去った後のようである。


「マイト」


 少し歩き回っていると、城の門の近くにティナが立っていた。彼女の元に急いで駆け寄り、本能的に強く抱き締める。


「ごめん、着いてきちゃった。お城の光線が止まったから、大丈夫かなと思って」


 俺は何も言えずに、ずっとそのままの体勢でいた。


「城が虹色に光ったと思ったら、空が紫色に光ってね……それ----」


 空が紫色に光った? 城が虹色に光ったのは、バジリスクが倒された時。ジェスが亡くなった時でもある。その時は光が邪魔で空が見えなかった。だから外の様子は分からないのだが、光の外にいた彼女なら様子が分かるのか。


「紫色に光って、どうなった?」


「黄色い丸が2つ、空に浮かんでた。月と太陽なのかな」


 黄色い丸が2つ? 空が暗くなっても、それはバジリスクがそうさせたのであって、太陽が沈んだ訳じゃないから、太陽があるのは分かる。それで月が見えやすくなったのか。


 よく分からないけども、彼女に言いたいことがあったんだった。これだけは、今すぐに言いたい。


「帰ろう、一緒に」


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『都市を救ったのは、あのノーマッド』


『自作自演の疑い有り、ヴァールハイト卿を救ったノーマッド』


『バベル城に属する四人、国家を脅かした罪で身柄を確保。ノーマッドの自作自演説は薄れ----ヴァールハイト卿の証言を元に、死亡したメンバー・ジェ----』


 バジリスクを討伐してから一週間が経過した。


 新聞の一面にノーマッドに関する記事が載るようになったが、半分以上がノーマッドの自作自演を疑うものだった。とは言っても、ヴァールハイト卿が「ノーマッドに助けられた」と公言したことから、一気にノーマッドに対する信頼度が増した。


 それも、本当に一気に。

 仮面もローブも手袋も無しに街を歩いても、物を投げつけられることは無いらしい。腐った食べ物を食べろと命令されることも無いとか。街を歩けば、何も言われないか感謝されるかのどちらか。


 もちろん、ヴァールハイト卿が公言したのにも関わらず、疑う者もいる。「卿は操られている」とか「ノーマッドは悪者だ」とか「仮面を被っていた奴らを我々は信用しない」とか。それは個人の感想でもあるから、仕方がない。


 まだ村に帰るのは怖かったため、ノーマッドのアジト近くの空き家で事が収まるのを待っていた。ジェスにリンゴを貰った時のベッドに座り、あの時と同じようにリンゴをかじる。持っている赤いリンゴをじっと見つめていると、まるでこれがジェスの形見のように思えてきて、中々手が付けられなかった。


 ジェスの遺体は特殊な加工を施してから、アジトから少し離れた森近くに埋めた。目を閉じさせ、土が入っても痛くないようにして、ゆっくりと土をかけた。皆で手を合わせて、ジェスの未来を願った。


 で、さっきの新聞を見て、街を歩いても平気なことを確認してから、久々にウェール村に帰ることにした。ノーマッドのメンバーに別れを告げてから、手配した車に乗った。正式に討伐金が手に入った上、ヴァールハイト卿から報酬として金を頂いた。だから車も手配できるようになった、無駄遣いではない。


「帰ったか、ティナ」


 村長はティナのことを力いっぱいに抱き締める。何週間ぶりの再開だ、ここは邪魔しないでおこう。


 久しぶりのウェール村、出迎えてくれたのは村長1人だけ。他の人達は、新たな仕事を探しに行っているらしい。コンテストという稼ぎ場所が無くなったことと、都市・ツェッペリンが労働者の募集を始めたため、彼らはそっちに行こうとしているとか。


「お前も居たか」


 村長は立っている俺の元に来て、手を握ってきた。


「合格だ、婚約を認めよう」


 一瞬、何のことか分からなかった。

 合格……というのは、シャリアを立て直せという試練についてのことか。それで婚約を認めるということは、ティナと----


「お前が幸せにしろ。私が教えられなかったことを教えろ」


 不思議な形で、俺はティナとの結婚を認められた。結婚できる……と分かった瞬間、彼女と2人でまた抱き合った。嬉しさが体から溢れ出る、溢れた嬉しさが融合して、2人の間で新たに形成されていく。


 不思議と涙が出てきた。

 今まで大変なことが多かったから、やっと普通の生活に戻れるとなって、嬉しくなったんだろう。違う嬉しさが一気に体にのしかかって来て、潰れそうだ。もう世間の目を気にしなくていい。自由に過ごしていい。


 と、村に歩いてくる集団を俺は見つけた。

 男も女も子供もいる上、たくさんの荷物を背負っている。杖をついている人もいる、長距離を移動してきたのか。


「あの方たちは一体……」


「ウェール村で暮らしたいと申す者が居た。だから受け入れた。彼らはウェール村の住民になる」


 外からの干渉を受け入れずに、都市の保護も断ってきた人が、いつの間にか住民を受け入れるようになっていた。俺が見る限り、ウェール村で暮らそうとして訪れて来た人も何人かいた。しかしこの村の貧乏な暮らしに耐えられず、全員すぐに村から出ていった。


 ついでに、彼らがウェール村で暮らしたがっていた理由は「ノーマッドのメンバーがいるから」である。旅に出る直前、新聞会にそう報じられてから、村を訪れる者が増えた。自分で言うのも恥ずかしいが、当時の自分は人気だった。自分が人気と言うよりは、ノーマッドが人気だったか。


 今、村を訪れて来た彼らの理由も「ノーマッドのメンバーがいるから」である。人気者になったみたいだ……じゃなくて、これもまたノーマッドを信頼する者が増えたことが繋がってくる。


 1年前とは状況が違う。前は仮面を被っていた謎の多い討伐パーティーだった。今は色々な人種が集まった、ポリスタットを救った討伐パーティー。ずっと隠しているよりも、こっちの方がいい。


 昔のボロボロな村と違って、今は立派な村となっている。ボロボロな壁とか、ガラスのはめられていない窓とか、そんなものは可能な限り撤去した。討伐した金で新たな家を建て、畑を耕した。草木が生い茂っていた村も、今は道も整備されており、怪我なく前に進むことができる。


 俺も変わったし、ノーマッドも変わったし、ウェール村も変わった。


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