第33話 もう遅い

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「私たちも分からない。故に止めろと言ったのだ。仕組みなど誰にも分からない。そう、誰にも止められない」


 巨大なバジリスクの体は虹色に輝く。紫の光も、赤の光も青の光も黄色の光も、七色の光が一気に奴の体から外へ放出されていった。辺りも七色の光に包まれたために、前が見えなくなっていく。


 急いで奴の体から離れつつ、メンバーの手を握り安否を確認した。近くにいたホークとタイガとユーゴの顔は見ることができた。ジュリーとシータがどこにいるか分からないが、彼らも奴から距離を置いたはず。


 ジェスは上級階級の方々を助けに行ったから、今ここにはいない。俺は4人で固まり、光が収まるのを待った。


 とは言っても、一向に収まる気配はない。

 永遠に輝くのか……という位に、ずっと光を発し続けている。


 バジリスク本人でも、自身の体の仕組みが分からないのか。まぁ、俺たちも自分だけで体の仕組みを理解しろ……と言われたところで、できるはずがない。他人がいて、やっと仕組みが理解できるのだから。


 そもそもバジリスクは目撃情報しか無く、討伐されたとかそういった情報は無かった。ただ奴らは「封印された」とか言っていたから、何者かに討伐されずに封印されたままだったんだろう。その何者かは、都市に封印したことを黙った……ということになるな。


 自身の体を、自ら封印しない限り。


「止めろ、止まってくれ。私の体よ」


 光の中心から奴の叫び声が響く。

 仕組みを知らないのはいいが、それなら俺たちを襲うなよ。自身の仕組みを知ってから、俺たちの所に来てほしいな。もう遅いが。


 しかし、光の中心から少しズレた場所……俺から見て左の方から何やら戦闘音が聞こえる。剣で何かを斬っているみたいな、キンッ……とした音が何回か聞こえた。が、それも少しすると止まった。


「力が暴れる。私は防ぐのみ」


 奴らの声が聞こえたと思ったら、光も同時に止まった。さっきの戦闘音は何だったんだろうか。シータとジュリーは、俺から見て右の方にいた。となると、ジェスが何者かと戦闘になったのか。


 奴のいた場所には2つの死体が仰向けになって置かれていた。

 片方には真っ黒のバジリスクの死体、もう片方には真っ白のバジリスクの死体。2体が合体して巨大化したが、討伐された今……元に戻ったんだろう。


 左側に置かれた真っ黒のバジリスクの死体は、奇妙なことに右腕だけ無くなっている。真っ白の方は腕も足もあるのだが、真っ黒い方だけ何故か。さっきの戦闘音はそれだったのか。


 ジェスは何も言わずに、背中で上級階級の方々を守るように……真剣な眼差しで仁王立ちをしていた。バジリスクの攻撃を剣で防いだんだろうが、剣を床に突き立てて、腕を広げて立っている。


「ジェス、戦いは終わったぞ」と他のメンバーが駆け寄るも、彼は無視を貫き通す。大丈夫か、急に心配になり俺も駆け寄った。


 と、何やら守られた側の人間が狼狽えている。手が震えている者もいれば、涙を流している者もいる。気絶している者もいたが、半数は起き上がっていた。


 上級モンスターでもあり、バベル城周辺を破壊したバジリスクを目の前にしたのが、辛かったのだろう。パワー・コンテストに参加している上級階級の方々もいる。いつもなら上からモンスターと討伐者を見下ろす立場にいるから、モンスターが至近距離にいるとなると、怯えてしまうのだろう。一般人じゃ普通の感覚だ。


「おい、ジェス……胸が」


 あるメンバーがそう発した。

 俺も近寄って、ジェスの胸を見ると……バジリスクの右腕に貫かれていた。バジリスクの右腕は、彼の胸に刺さっていたのだ。




 彼は死んでいた。




「ジェス!」


 もう遅い、彼の息の根はもう止まっていた。彼は光に包まれた時、最後まで上級階級の人間を守ろうと、自らを盾にした。それでバジリスクの腕を防ごうと戦ったが……貫かれた。


 ジェスは締まった口から血を垂れ流し、そのまま後ろに倒れた。もう意識はなかった、目は開いたままだが、真剣な眼差し。刺された後もなお、後ろの人間を守ろうとしたんだろう。脈も……無い。


「大丈夫か」


 後ろにいた上級階級らが、急に今になってジェスを心配した。もう遅い、もう亡くなっているんだ。


「私たちを……庇って……彼は死んだ」


 状況をやっと把握したのか、白い髭を生やした人は、膝をついてジェスの亡骸に対して謝っていた。他の者は膝をついた彼に対して「一般市民に膝をついてはいけません」と必死に彼を起こそうとしたが、彼は止めなかった。


「私は間違っていた。彼は私を……私を庇って死んだ。彼は最後に私に言った、『後はよろしくお願いします』と。ストーズ出身だからと目の敵にして、牢獄に捕らえたのは私たちなのに」


 やはり、ジェスとホークを捕らえたのはコイツらだったか。何となく分かりきっていたことだから、今更どうだってことはない。


 もう、ジェスは帰ってこないんだ。

 俺はジェスの亡骸の、特に顔を触った。痛みを我慢するように噛み締めた口、最後に彼らに一言話した後、そのままこの世を去った、その口を。


 目だって真剣な眼差しをしているが、最後に見たのは俺たちじゃなくてバジリスク。最後の思い出が、この戦闘になるんだ。これならもう少し早めに旅に行かせておけばよかった。そうすれば、彼がコイツらに捕まることはなかった。


 そうなると、怒りの矛先は……コイツらに向く。もちろん、バジリスクが暴れなければこんなことにはならなかった。俺がバジリスクの生態をよく分からずに首を絞めて討伐したから、彼はバジリスクの悪足掻きによって殺された。


 それでもだ、1人は謝ってるとは言え、他の4人は謝ることなく、逆に俺たちを睨み返している。それが命を守ってもらった者の態度か。恩をそのまま返した兵士と違って、恩を仇で返すのか。


「大変申し訳ないことをした。ノーマッド、君たちは私の命を救ってくれた、恩人です」


 ジェスに謝罪していた、唯一の人間は……次は俺たちに向かって謝罪した。他の人達はまたこれを止めようとする。


「一般人以下に膝をついてはなりません。ポリスタットの面子が崩れます」


「どうだっていい。彼がいなければ、私は既にこの世を去っていた」


「ですから、一般人以下に……」


「黙ってくれ。私は命を狙われないと、真実に気づけなかった。そんな愚か者なのだ」


 彼は自身を「愚か者」と称し、更に深く頭を下げた。俺たちも許すしかないが、ジェスはもう二度と帰ってこない。溢れ出しそうな涙を必死に堪え、恩を仇で返す人たちを睨み返した。


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