赤は止まれ

今回の使用単語

「わかもの。はりつく。いのち」

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 カフェの三階席、窓際のカウンターに座ってホットコーヒーをすする。見える景色は古びた駅舎と噛み合わないLEDの薄型信号機、舗装されたアスファルトの横断歩道。行き交う人々の中にターゲットが紛れていないか目を凝らした。かれこれ一時間弱、私はこの体勢のままだ。所謂、張り込み。この窓の一角に張り付いている。ホットコーヒーだったはずの黒い液体はすっかり冷め、容器からはほとんど姿を消している。

 ターゲットはこの駅が最寄りの高校に通う女子高生。同じ制服を来た人が多く、見落としそうになる。手渡された写真の容姿をよく確認し、また目を凝らす。赤信号が青になる。何人もの制服姿が横断歩道を渡っていく、いない。信号が赤に変わった。

 何度目かの赤。誰もが白線の前で足を止めている。等しく全員そうするようにと教えられたからそうしている。白線の内側からはみ出ると、それだけで注目の的。出る杭は轢かれる。しかし、ここは車の交通量が少ない。出た杭は高確率で単に出たまま目立つだけ。だから、彼女はここでは紛れたままなのだ。

 白線の内側にターゲットを見つけた、カップを燃えるゴミのくずかごに捨てカフェを後にする。

 気付かれないようにかつ見つからないように彼女のあとをつける。不審な動きをすることなく改札を抜け、郊外方面のホームへ向かう。

 黄色い点字ブロックの内側、最前。彼女はそこに立っている。


『まもなく、快速電車が通過します。黄色い点字ブロックの内側でお待ちください』


 アナウンスが聞こえた。よく聞く文言。電車を日常的に利用していればほぼ毎日聞くような言葉。だが「黄色い点字ブロックの内側にいないといけない」とは思い返しても誰からも教わっていない。外側にいれば危険だと分かっているから、教わらずとも内側にいるものだが。ただし、それを度外視したなら――。

 煌々と光を放ち、鉄の箱がこちらへ向かってくるのが見えた。

 出る杭は――轢かれる。

 命を手放そうとした彼女の手を取る。そして、絶対に離さない。最近の若者は、想像以上にいろいろ悩みを抱えていて、押し潰されそうになっているらしい。奈落へ自ら足を踏み入れようとする人々を助ける、それが私の仕事だ。




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岐阜県高山市付近だそうです。

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