サンタと僕の攻防戦

犬飼 拓海

長年の不思議

 まだまだ私が幼くて、物語の世界にすら身を投じていない頃の話。現在もそうであるがその頃の私はサンタクロースという存在を信じており、毎年毎年時期が近付くと彼の来訪を心待ちにしていた。


 初めて彼の存在に気が付いたのは小学校に上がる手前、ようやくいろいろなものに理解が追い付くようになってきた頃。当時の私は仮面ライダーや戦隊などの特撮ヒーローにぞっこんで、「大きくなったら何になりたい?」と聞かれた時には「仮面ライダー」と答えるほどだった。

 そしてその年は"サンタクロース"に変身ベルトが貰えることを願って数日前から『サンタさんえ かめんらいだーのへんしんベルトをください』と拙く不安定な日本語で書き上げたメモ用紙手紙を枕の下に置いて寝床に就いた。

 翌朝に目が覚めるとそれ手紙は既に枕の下から消え去って、それを確認した私は嬉々として母に報告する。すると彼女は

「じゃあ今日は一日いい子にしてないといけないね」

 そう私の頭を撫でながら言った。

 

 そしてクリスマス当日の夜、私は夜の九時には床に就く。私の中にある漠然とした『いい子』像を演じていた。


――三時


 ふと目が覚めて、頭の上側にあるタンスに置かれた自分の目覚まし時計を手に取ってみる。長針は『1』短針は『3』を指していた。翌日に仕事を控え眠る両親を起こさないように目と首を動かして周りを見渡してみる。朝起きれば必ずあると思っていたサンタクロースからのプレゼントはまだ見当たらなかった。

「まだかぁ……」

 小さな声で呟いて、自分用の目覚まし時計を掴んで再び布団の中に潜り込む。何度も何度も、カチカチと秒数と分数が一つ一つ進んでいく瞬間を眺め続けていた。何をすることもなく気づけば三十分、一時間と経過して再び布団から顔を出して両親の方を見てみる。彼らはまだいびきをかいて熟睡していた。

「まだ四時……なんでないんだろ……?」

 両親の睡眠を邪魔しないように少し彼らの側を調べてみる。そして枕元を確認してみる。しかしまだそこに『あるべきはず』の物の姿はない。今度こそはプレゼントをいち早く手に入れるぞと気合を入れて、普段からの癖を抑えて布団からしっかり顔を出して寝転ぶ。豆電球の柔らかい光が包む部屋の中にはずっと新築だというのになぜか頻発する家鳴りと時計の秒針が規則正しく鳴り響く。

「もう少しで五時……」

 半眠りの眼を擦りながら一度布団の中に潜り込んでみる。少し待って外に出てみたら欲しいものがそこに現れていると信じて。


 そっと布団に潜りこんで時計を眺める。

「五……四……三……二……一……」

 心の中でカウントダウンをかけて秒針が『12』を過ぎたとき

「あ、五時だ」

 その瞬間にそう呟いて布団から顔を出してみる。そして枕の上を見てみると、さっきまでは存在しなかったクリスマス模様の包装紙に包まれた一つの大きな箱が見受けられた。

「……!?」

 先ほどまで眠かったといえど何か物音がしないかと神経を研ぎ澄ませていたから小さな音でもすぐに反応できるはずなのに、物音すら立てず一瞬のうちにプレゼントを置いて去るなんてなんと突飛な話なのだろうか?

 ただ、当時の私にはそこまでの事を考えるほどの知能は持ち合わせていなかった。嬉々とした表情でプレゼントの包装を解き、父のパソコンデスクの上に置かれた鋏を手に取って器用に変身ベルトの入った箱のテープ止めをチョキチョキと切る。そしてその物音に目を覚まされた母がむくりと起き上がると、何故かそこだけは分別が付いていたようで、父を起こしてしまわないように小さな声で母にプレゼントの事を報告した。彼女は「よかったねぇ」と優しい笑顔を浮かべていた。


 それが何年も何年も続いてとうとう四年生になった。学校が冬休みに入る瞬間だというのをいいことに私はこれまでずっと同じようなことを続けている。三時や四時にはまだプレゼントがないことを学習していた私は小学校二年生の時からおよそ四時半ごろに目覚めるようになっていた。

 そしてこの日も四時半に目を覚まし、両親を起こさぬように注意しつつ音を殺しながら部屋の中を見て回った。カーテンの裏、ミニテーブルの下、思い当たるところを全て探してみた。しかしまだあるべき物はまだそこには存在していない。しかし五時になった時かつてのように枕元にプレゼントの包みが置かれている。

 その翌年も同じようなことをして、加えて枕元には音が出やすくなるように畳の上に置かれたクッションを払いのけてみた。それでも五時になればプレゼントの箱が忽然と現れる。

 この時、何故か無性にこれ以上探ってはならないと悟った。それからはもう彼のことを詮索することはやめ、そして自室を構えて今に至る。

 

 昨日、元々天皇の誕生日であった十二月二十三日に私は学校でとある小学校時代からの付き合いがある友人に初めて話した。

「超能力者じゃない限りそういうことできないんじゃない?」

「だよね、やっぱりおかしいと思う」

 私の中で「サンタクロースは存在するのではないか」という考えが確信と疑念の狭間を右往左往していた。


 今年、もうサンタクロースは僕の元にやっては来ないだろう。なぜなら私はもう"子供"ではないから。一度は彼の存在を見てみたかったが、それはもう一生叶うことはない。

 十五年の人生のうち、唯一経験した科学的に説明の利かないこの出来事。私が彼の存在を信じているのには、長い長い理由がある。

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サンタと僕の攻防戦 犬飼 拓海 @Takumi22119

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