女神の筐体

岡 辰郎

プロローグ

プロローグ

 2人、殺した。

 しかも、死体を跡形もなく損壊した。何重にも重罪を犯している。血の匂いは、全身の隅々に染み付いている。

 憎しみがあったわけではない。あったのは、むしろ、愛だ。

 だが、狂気だ。世間から理解されないだろうことは覚悟している。理解して欲しいとも思わない。自分を含めた3人の全員が望んだように、これからも誰にも真相が明かされないで欲しいと願うだけだ。

 事実が暴かれるようなことがあれば、人々は〝前代未聞の猟奇犯罪〟として忌み嫌い、怖れ、断罪し、話題にし、語り継ぎ、記録するだろう。それは、死んだ2人への冒涜だ。絶対に許してはならない。〝真実〟は、〝事実〟の衣の下に隠されている。その真実を見抜き、受け入れられる他人がいることなど、期待してはいない。

 事件など、なかったのだ。ただ、3人の人間がこの世から消えただけだ。

 そして、3人が〝生まれる〟――。

 殺人に手を染めたのは、逃れられない運命だった。だがその後の行動は、すべて自分の意思で選択した。2人の死体を、原型を留めぬまでに徹底的に〝細分化〟したのも自分の望みだった。もはや、それが人間の死体であったことを感じさせる外観は皆無だといっていい。だから、長い年月が必要だった。その間ほとんど、たった1人で部屋にこもったまま――。

 それが〝異常〟な暮らしだったことは、分かっている。分からないのは、今の自分が正常なのか異常なのか、だ。その境界が、一体どこにあるのか、だ。そして、境界を決められる誰かが、この世にいるのかどうか、だ。

 迷いは、とうの昔に捨てた。自分が異常になったのなら、それは〝あの瞬間〟からだ。だからもう、異常かどうかも意味はない。

 心は乱れない。

 久々の真夏の陽射しを浴び、この国を離れるための荷物を詰めたトランクを引きずりながら、振り返った。視線の先には、3年近い年月を過ごした小ぶりなビルが建っている。たった1人しかいなかった住人が去ることを、寂しそうに見送っているように思える。無人と化すことが定められた建物だ。細切れにされ、体のパーツごとに丁寧に分類された2人の死体を収める、〝墓〟だ。

 いや、そこは自分自身の墓でもある。

 3人はこの先ずっと、引き離されることはないのだから。

 3年前の記憶が、不意に、鮮明に蘇る――。

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