第20話 人生に無駄な時間などないというのは嘘だと今でも思うけれど……

 私を外注ライターとして初めて採用してくれた会社は、大阪に開発室を持っていた。私はその会社の社長と、シナリオを監修する立場にある重要なスタッフの方と一緒に面談に臨むこととなった。


「――カバかもんさんにご依頼する内容は以上となります。それでは、質問があれば何でもお尋ねください?」


 私は一番の疑問を投げかけた。


「……どうして私を採用してくださったんですか?」


 社長さんたちは顔を見合わせて笑った。自分に自信がないところは見せたくなかったが、それでも尋ねずにはいられなかった。案件に応募するために作ったコンペ用の作品の出来を疑ったわけではなかった。エロゲ……成人男性向けのゲームを知らないなりにも、見よう見まねで精一杯書いたものだ。だけど所詮付け焼刃でしかない。シナリオを学んで3年が経とうとしていたが、エロゲに関してはズブの素人である。だからこそハッキリさせたかった。お情けで通ったのか、実力で採用されたのかを。


「……実はカバかもんさんは二番目の候補だったんです」

「…………まじですか?」

「実はあなたの前にももう一方面接していた方がいまして、その方はもう既に有名な劇団で脚本を書いているような実績のある方なのですが……お話ししている内に弊社とは方向性が合わないと判断しまして、こちらからお断りさせていただきました」

「ということは、僕は補欠のようなものですか」


 ホッとしたような、悲しくなるような、何とも言えない気分になった。


「補欠なんて言い方しないでください。よく書けていましたよ」


 スタッフの方が慰めてくれた。商売相手にそんな風にされてなんだか切なくなった。でも自分の実力を知るために、もっと突っ込んで聞いておいた方がいい。


「よく書けていたって、どの辺がですか?」

「話の筋に問題はなかったですし、何よりこの人になら任せてもいいって安心感がありました。誰よりも資料を読み込んでいるというのが伝わりましたから」

「…………」


 そのことを褒めてもらえたのは意外だった。

 確認癖は私の汚点の一つだった。私は幼い頃から大変抜けていた子どもで、学校にカッパを持っていったら3回に一度は忘れて帰った。給食袋は一週間に一度は忘れて、親に言われて泣きながら夜中に取りに行ったりもした。親も先生も誰もかれも、約束や他の人が守れて当たり前のことを出来ない私のことをよく叱っていた。

 そんな自分が嫌いで仕方がなかった思春期の頃の私は、再三にわたる確認を行うよう自分に戒め、徹底された。その結果、家を出るも鍵が締まっているか確認するために戻らなくては気が済まない。鍵を確認したら火元を、火元が終われば忘れ物を、忘れ物が終われば予定を、予定を確認すればまた鍵の確認をし……をくり返して、そのうちに日常生活が成り立たなくなってしまった。前述した潔癖強迫も合わさって、確認強迫に苦しめられた私は、その後十数年間はむしろ確認を怠ることを心がけていたほどだった。

 しかし今回の案件に対するコンペはどうしても勝ち取りたかった。だから資料やサンプルを時間の許す限り再三に渡り確認した。誰からも期待されていなかった自分だから、せっかく与えてもらった信頼を裏切りたくないという強い気持ちがそうさせたのだった。

 自分の人生をひどく損なわせたものが、シナリオライターという職業においては紛れのない"自分の強みの一つ"であり、それがこうして新しい一歩を踏み出すのを後押ししてくれた……『禍福は糾える縄の如し』というが、その事実が自分にとって大きな衝撃であった。

 その衝撃を受け止めきれず言葉が出なくなっている私に、今度は社長の方が語りかけてくれた。


「それに提出してくださった自己PR文を見たのですが、ご自身でゲームを3本もリリースされているんですね。先ほどの一番候補だった方はゲーム自体にあまり興味がないようでしたけど、カバかもんさんはご自分でゲームを作られるぐらいですから……きっと一生懸命仕事していただけると思って、採用させていただく運びとなったわけです」


 そのゲームは無駄になるかもと思いつつも、藁にすがる思いで作り続けた作品……案の定、そのゲームを手に転職エージェント経由で求人に応募するも、面談すらお断りされ続け、その数が20を超えてから数えることすら止めたぐらいに役に立たなかった駄作……それでも合計で500時間は制作に費やした、汗と努力の結晶……それがまさか、初めてシナリオの仕事を手に入れるための最後のひと押しになってくれるとは……

 生まれて初めて、神は私を見放していなかったのだと思えた。

 生まれてきてからツラいことを含めて、まるっきり無駄じゃなかった。


「……任せてください。精一杯、お仕事させていただきます。それだけが取り柄ですから!」


 私は契約書にサインした。



 同時に守秘義務契約書にもサインした。

 だから初仕事でどのような経験をしたのかをほとんど語ることは出来ない。ただ、約3か月に渡るその仕事の最中は、毎週のようにハプニングが起こり、一喜一憂し、納期が迫るほど切迫し、試練に次ぐ試練を与えられ、ひと時も気の休まるときなんてなかった。それでも、ずっと楽しかった……終始リモートで家に居ながら執筆しつつも、心の中は常に未開の地を散策しているようなワクワク感に満ちていた。


 その中でも、特に思い入れのあるエピソードだけ書きたいと思う。守秘義務はどうしたとツッコまれそうだが、かなりボカシて書けば問題なかろう。(ドキドキ)


 今回、私が携わった作品はいわゆる『学園もの』だった。そして先生と生徒の交流を描くことがメインとなっている。

 高校を中途退学してからほとんど将来の道を絶たれた私にとって、学校は忌むべき対象だった。学歴社会も、私が精神的病気を患っていたにも関わらず(少なくとも目に見える形で具体的な)助けの手を差し伸べてくれなかった教師もみんな、脳無しの無能だと思い込んでいた。そう思い込まないと、自分の身に起こったことが全部自分のせいになってしまったのなら、後悔し過ぎて生きていられないぐらいだったから、間違っていてもそう思い込むしか仕方のない歪んだ人生を送ってきた。

 そんな私の初担当作が『学園もの』……生徒と先生の交流……因果なものだと自嘲するしかなかった。

 自分の著作ではなく、あくまでも与えられた仕事なのだから、私のドロドロした想いなど排したキレイな作品を書くことを心掛けた。だけどどこかに自分なりの想いや人生を反映させれたらなという想いが頭の片隅に残っていた。

 そんな折、私はサイドストーリーなるものを書かせてもらえることになった。ゲームの進行上、どうしても見ることになるメインストーリーには必ずプロットというあらすじが用意されている。プロットを考えた人とライターの思惑が食い違って破綻やズレが起きないようにするためだ。しかしサイドストーリーは、ゲームの進行上必ずしも見る必要のないお楽しみ要素であるために、外注であってもライターに一任させてもらえた。数が膨大で、短い小話を10、20と考えなくてはならないのだが、ともかく私は主人公が送る楽し気な日常生活を描き、作品世界に厚みを加えることを意識してエピソードを綴った。

 そして最後のエピソード……


「ううう、もうネタがない……!」


 短い話をたくさん考えるのはシナセンで散々身につけたと思っていたのだが、こうも短期間で条件がたくさんあるとなると……


「どこかにネタはないか。ネタは……」


 そう何度も自問自答をくり返した。

 お客さんがどのような展開を期待しているかなど考えつくした。じゃあもうそこに今さら何かネタが眠っているなど考えづらい。

 あとは、"私自身がそこで何が巻き起こってほしいか"だ。


「学校で、何が起きてほしいか……」


 私はある出来事を思い出した。それはシナリオセンターに入学する直前のこと、家業の仕事の為に岐阜県の現場を毎日3時間以上かけて車通勤していた頃のことだった。(このシリーズだと第6話の頃)

 シナリオセンターに入学する以前に、本当にシナリオライターなど目指してもいいのか迷っていた私は、ある作品を目にしてシナリオに人生を賭けてみようと考えが変わったのだった。

 その作品とは、『も~っと!おジャ魔女どれみ』の『長門かよこ三部作』と呼ばれるものである。

 それは国民的美少女アニメでありながら、放送された当時の2001年においては社会問題として取り上げられたばかりの、"不登校問題"を扱った内容だった。主人公のクラスメイトである長門かよこはずっと学校に通っていない。特にイジメを受けていたわけでもない。しかし主人公の能天気などれみでれば受け流せるようなことでも、繊細なかよこにとってはひどく傷つくこと連続で……かよこと仲良くなったどれみは、学校に通わないかよこを尊重しつつも、学校に通えない自分自身のことが嫌いでツラいと涙をこぼすから、おせっかいだと何度も突き放されつつも、どれみを始め仲間たちと先生は、かよこが笑って学校に通えるよう手を尽くすという物語……

 その話を目にして、「これを見るだけでどれだけ救われた人がいるのだろう」と私は思いをはせた。現実は厳しい。脱落者は放っておかれる。なぜ悩んでいるか分からない人の悩みなど、誰も聞いちゃくれない。「あいつは変わってる」「あいつはおかしい」の一言で片づけられてしまう。本当は助けを求めたくても、助けられる自分を認めたくないのだから「放っておいて!」と拒否するしか仕方がない。だけど現実ではどれみのように、拒否されても何度も手を差し伸べてくれる人なんていない。かよこのような人間は、孤立するしかないのである。かつて、高校を辞めた自分がそうだったように。


(あの時、あの頃のどうしようもない自分に、それでも手を差し伸べてくれる人がいたなら、俺の人生、変わっていたかな? そう考えるのって、甘えなのかな?)


 でも、現実にはない理想を書くのがフィクションの役割ではないかと私は思っている。


「……もし、あの頃の自分に手を差し伸べてくれる人がいたなら――」


 最後のエピソードはそれで埋めた。

 シナリオライターとしての処女作が、"自分の心のこもった作品である"と堂々と言い張れるのは幸せなことである。上記の事はそうなる由縁となった出来事であった。


 2021年の初夏、私は契約を満了し、初仕事を無事終えることが出来た。

 私は初めて、仕事によって自分のことを心の底から好きになれた。

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