第18話 2年ぶりのコンクールと気づき

 ゲーム作りをしつつもシナリオの修行をしていたわけだが、ぶっちゃけ仕事、シナリオ、ゲーム制作という3つのタスクを毎日こなしているとどれかが疎かになってしまう。私の場合はシナリオのコンクールに応募することが疎かになっていた。

 一度、そこそこ大きめな賞の三次選考まで行ったものの落選してその落ち込みが大きかったのもあるが、かなり労力を注いでも賞を取らなければ実績として何も残らないのが割に合わないと思うようになっていたのだ。

 しかしながらシナリオライターになるためにゲーム制作まで手がけるぐらいだったので掴めるものなら本当に藁をも掴むぐらい貪欲だった私は、約2年ぶりにコンクールに作品を出品することを決めた。

 背中を押してくれた要因が二つあり、まずは以前述べたお茶会でみんなコンクールに向けて頑張っているみたいな雰囲気に押されたこと、もう一つは当時そこそこ良い着想が湧いたからだった。

 2020年春は世界全体が割と重大なターニングポイントとして今後世界史にも載せられるであろう、新型コロナウイルスが蔓延した時期である。誰もがウイルスに対して敏感になり、消毒液等の衛生用品が飛ぶように売れた時勢の中にいて、私はある一つの疑念が浮かんでいた。


「あれ、この状況って、潔癖強迫の人が増えるんじゃね?」


 世の中には強迫性障害という精神病があり、その内のメジャーな症例の一つに潔癖強迫というものがある。平たく言うと、客観的に見ると汚れてなどいないのに過剰にキレイにしなくては気が済まず、生活に支障をきたすレベルで手や体を洗ったり、測定の場所を清潔に保とうとする状態のことだ。何がツラいかって、何かに触れるたびに手を洗ったりしなくては居てもたってもいられなくなり、毎日何時間も洗面台や風呂場に籠り、自分がおかしいと実感しているからこそ誰にも相談できず、症状は深刻化し、日常生活が遅れなくなり、仕事や学校を辞めるしかなくなり、社会から弾き出されるという抜け出せない負のスパイラルがとにかく恐ろしい。

 私はその症状に16歳ごろから苦しみ、結局(その他複合的な要因も合わさって)高校を中退しなくてはいけないほど追い込まれてしまった。憎き敵のような存在である。

 潔癖強迫の人は自分の生活に支障をきたすまで、あらゆる理論武装をして自分の行いを正当化しようとする。例えば、『人を殺してしまうようなウイルスが付着していた家族や他人に迷惑がかかるし、その可能性は0ではないでしょう?』といったものだ。以前ならその理屈は冗談といえるものだったが、コロナがそれを正当化してしまった。つまり、潔癖強迫に耽溺できる動機を世界中の人に与えてしまうことになったのではないかと私は考えるようになった。


 そこで私は、当時していた介護のアルバイトの経験も併せて、『父を介護している最中にコロナに感染させてしまって苦しむことになった女性が、友人の手助けを経て社会復帰する』という内容の話を書くことにした。投稿先はNHKの有名な創作ドラマのコンクールだった。ドラマ作品を書くのは苦手だったが、私自身の人生経験と現代の社会問題とを繋げた今作は、割といいところまで行くんじゃないかと期待していた。


結果……

「い、一次選考にも通ってない……!?」


 足元が崩れ去ったような感覚が押し寄せた。一次選考落ちなど、選考ルールを破っていなくて、かつまともに書けていれば通るものだと思っていたからだ。それが、一次選考落ち……

 今思い返せば、落ちた要因は多岐に渡っていたのかもしれない。例えば、コロナという題材がまだドラマとして受け入れられるほどではなかったということや、NHKの賞なので一次選考とはいえ数多くの実力者が振るいに落とされても仕方が無かろうということ……色々考えついて自分を慰めることも出来たのだが、その結果を受けて私が思い至った結論は一つ。


「やっぱ俺、ドラマに向いてないわ」


 何せ一切ドラマを観もしないのにドラマの脚本を書くというのが無理ゲーなのだと私は結論付けた。そしてゲームに人生を動かされ、ゲームシナリオ(と小説)を愛し、自らゲーム制作を手掛けているのに、ドラマの脚本に浮気するなど……ゲームシナリオ以外にリソースを割くこと自体が時間の無駄だと結論付けるに至った。

 これ以上傷つきたくなかった私は、シナリオセンターに所属していながら、ドラマのコンクールに応募することを忌避するようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る