第391話悪魔編・偽その80

 場芳賀高校のグラウンド。その中心には2人の人間。そして2人の悪魔がいた。


「ワタシの……本当の姿は……人間なんかじゃない。人間のままだったら……ワタシは……ワタシの本当にやりたいことができない。それはワタシじゃない!! ただの偽物なんだよ!」


 リリスは風香先輩の姿を偽者だと告げた。悪魔である彼女自体がすでに偽者だと。


「知るか。お前のやりたいこととかそんなことはどうでもいいんだよ。ただ事実を告げてるだけだ。お前は人間。だったらその姿が本物に違いないだろ。どこが間違ってる? ええ? お前はあの男とお前の母親が結ばれて生まれたガキなんだろ? 必死こいて生まれておいてそれを否定するのか?」


 リリスの言葉は止まる事を知らない。ただ淡々と事実のみを告げていく。


「お前は家族に愛されなかったのか? 一緒に家族と過ごした時間は確実にあったんじゃないのか? それをお前は否定しようとしてるんだぞ? そんなこともわからないのか? な〜にが私は頭のおかしい人間、だ。そんなやつこの世界にゴロゴロといるだろ。アタシは悪魔だからな。余計にそういうのがわかる。人間なんて、大抵は頭のおかしいやつらばかりだ。でもな、そういう奴ほど憎めない奴だったりするんだよ」


 リリスはこちらを一切向かずに、ただ正面の少女に語りかける。でもその背中からは、まるで俺や富士見にも伝えようとしているように感じた。


「何が……」


 しかし風香先輩は、リリスの言葉を受け入れようとはしない。


「何がわかるの!? あなたに……あなたなんかに何がわかるの!!??」


 受け入れない。彼女は決して、リリスの言葉を受け入れない。


「ワタシだって……ワタシだってお父さんお母さんと一緒に過ごした日々を忘れたことなんてないよっ! 小さい時に一緒によくお花畑に遊びに行ったことを今でも鮮明に覚えてる。楽しかった……楽しかったんだよ!! それでも……それでもワタシは抱いてはいけない感情を抱いてしまった。生き物を……人を殺してみたいと……そう思ってしまった! そんな異常な人間を……受け入れてくれるはずがない。家族も、友人も、他人も……全部。全部!! 何もかもがワタシを受け入れることはない!! だからワタシは異常でなくちゃいけない。そう決まってるんだよ!! だからワタシは悪魔になった。人間じゃなくなれば……ワタシは……やっと本物のワタシになれるから。きっと……みんな、許してくれる。『ああ――悪魔なんだったら、そんな感情抱いても、仕方ないよな』って」


 風香先輩の叫びが、想いが俺たちにも響いた。

 彼女は……結局、ただ人を殺したいという異常な感情を抱いてしまったことに嫌気がさしていたんだ。

 心のどこかでそれに気づいていた。だから、それが許される存在になろうとしていた。そうすれば、ようやく彼女は本物になれると。やりたいことができる本当の自分になれると。そう、信じて。


「そうか。そうやって感情的になれるようならお前はまだ人間の心があるみたいだな」


「……ッ!? ふ、ふざけないで」


 風香先輩は自分でも気づかないぐらいに、自身の感情を吐き出していたみたいだ。


「まあ今のお前に何を言っても通じないのはさっきまでのやりとりを見てたからわかるさ。話し合いが通用しない相手だっている。それはアタシ自身もそう思うからな。ただ、本物の悪魔を見たら少しは耳を傾けるかとも思ったが……こりゃ重症だな」


 リリスもリリスなりに、風香先輩を助けようとしていたということか? あんなに嫌っていたのに……。


「なら話は終わりだよ。そこをどいてもらおうかな、悪魔さん。ワタシが用あるのは魁斗君と姫蓮ちゃんだけなんだから」


 リリスはその場から動くことはない。まるで不動の山のように、一切動く素振りがない。


「どかないの? 後悔しても知らないよ?」


「後悔? それはお前がするんじゃないのか?」


「ふーん。少し痛い目をみないと、わからないみたいだね」


 すると、風香先輩の体の周りをオーラが纏い始めた。霊力を高めている。その証拠に空気が張り付き、嵐のような風が彼女の周りを纏い始めた。


「ワタシ自身、悪魔になったばっかりで力の加減ってものがわからないんだ。こんな力、ただの人間である魁斗君たちに向けるわけにはいかないからね」


 白髪の少女は自信があるのか、その表情に笑みすら浮かべていた。


「おお〜。こりゃすげぇな。元人間にしては上出来だ」


「……そうやって煽っていられるのも今のうちかな? それともそうしていないと身が持たないから?」


「いや、なに。単に感想を述べてるだけだよ。思ったことを口にする。これって素晴らしいことじゃないか? 何せアタシはずっとヘッドホンで喋るのも制限されてたんだからな」


 あはは、と笑うリリスを見て表情を変える風香先輩。


「ワタシね、知ってるんだよ。あの人が……かつてエクソシストであるあの人があなたと戦ったという報告をね。確かにあの人はあなたを倒すことが出来なかった。でもね、それは魁斗君という邪魔が入ったから。それにね、きっとあの人は倒せなかったんじゃなくて、見逃したんだと思う。……あの時あの人は。わかる? だって話によると十字架すら使わずにゴーストアップの力だけであなたを圧倒したって」


 それはあの男……エクソシストである不安堂総司のことだ。

 確かに彼はゴーストアップの力でリリスを圧倒していた。あれが本気じゃなかったのは俺にも理解できた。


「だからね。あなたは弱い。そんなに大したことのない悪魔だってこと。それも元人間だったワタシに倒されるような……惨めで弱々しい悪魔なんだってことだよっ!!」


 勝利を確信しているのか、風香先輩は一瞬で間合いを詰めた。その動きは人間を超えている。しかし俺たちの目でも追うことは出来る範囲。一瞬でリリスの目の前まで詰めたことだけは理解出来た。

 確かに風香先輩は悪魔となった。

 到底俺たち人間では敵いっこない。

 それでも……だとしても。俺は、思った。思ってしまった。

 

 瞬間、リリスの体からバンッと波動のようなものが吹き出た。それと同時に、風香先輩に纏っていたオーラ全てがかき消されたのだ。

 あまりにも一瞬の出来事すぎて、目で追うことすら出来ないレベルだった。


「えっ?」


 思わず情けない声を出す。当然その声の主は、俺でも富士見でもなく……風香先輩本人だった。

 気づけばリリスは彼女の白い腕を片手で掴み、彼女を完全に静止させた。

 もう片方……右腕を振るい、風香先輩にめがけて放とうとする。


「なあ女。アタシはこの世界で面白い言葉を知った。教えてやろうか?」


 風香先輩は理解が追いついてない。表情は固まったままで、ただその正面には悪魔の掌が向けられているだけだった。


「悪魔をもって悪魔を制す、ってな」


 瞬間、リリスの掌が風香先輩に触れた。それと同時に白髪の悪魔は思いっきり吹き飛ばされた。勢いが収まることはなく、その体は学校の校舎まで辿り着いてしまった。校舎に激突し、下駄箱はガラガラと崩れ落ちた。その中心に彼女は埋もれてしまった。

 俺は、知っている。

 不安堂総司は手を抜いていた。確かにそれは事実だ。

 けれど、風香先輩。あなたは一つ、絶対に勘違いしてはいけないことを勘違いしてしまった。


「レプリカですらない出来損ないが、オリジナルに勝てると思ってるの?」


 リリスの声は、もはや彼女に届くことはなかった。

 風香先輩はリリスには勝てない。いや、それどころか不安堂すら勝てなかったと思う。

 何故なら――リリスはあの時、一切本気など出していなかったのだから。

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