第125話神隠し編・真その5

 消えた。先程まで一緒にいた少女の姿は完全に消え去っていた。なんで? どうしてだ? 一体、何が起きた?


「冬峰……おい、どこだよ」


 俺は辺りを見回す。しかしどこにも彼女の姿は見えない。


「なあ冗談だろ? からかうのはやめろよ」


 ベンチの下も、少し離れた自販機の裏も。冬峰が隠れることができそうなところを探した。

 それでも、冬峰の姿は確認できなかった。


「冬峰……」


 消えたのだ。ほんの目をそらした一瞬で。時間が止まったような気がした。辺りはあの悲しい音楽が流れている。人は少なく、近くには俺とシーナしかいない。


「魁斗」


 そんな中シーナは表情を変えることなく俺を呼んだ。


「シーナ、冬峰は……」


「落ち着いて聞いてくれ、魁斗。あの子は……その、言いにくいんだが……人間、じゃないんだ」


 シーナはとても言いづらそうに目をそらした。何を伝えようとしているのかはよくわかる。だけど俺にとって重要なのはそこではない。そんなことはとっくに理解できているからだ。


「わかってる。冬峰は人間じゃなくて幽霊だ。正体は浮遊霊。そんなことはわかってるんだよ。問題はそこじゃない。どうして冬峰が消えたかなんだよ!」


「魁斗は、幽霊だとわかっていて放置していたのか?」


 シーナは本当に疑問に思っているのか、素朴な質問をした。


「どうして? 幽霊とは


「……ッ!!」


 シーナの言葉に間違いはない。幽霊とは本来ならばこの世界に存在していいものではない。一部の高級霊を除いて。

 守護霊は人間を守る存在だ。指導霊や先祖霊がそれに当たる。付喪神も人間に害をなす存在ではない。

 逆に悪霊と言える存在はこの世に存在してはならない。言わずとも知れる怨霊。それに生霊や地縛霊。これらが該当する。

 しかしだ。低級霊と言われる浮遊霊なども放置してはいけないのだ。

 理由は簡単だ。長い間彷徨っていると、悪霊へと変化してしまう可能性があるからだ。

 それは幽霊に携わる人間なら誰しもが知っていることだった。シーナも当然その1人だ。だから尚更疑問に思ったのだろう。

 どうして、放っておいてはいけない存在をあえて放置したのかと。


「シーナ。それはなぜだ?」


「なぜって……魁斗も知っているだろう? 幽霊は放置してはいけないのだと。放置すればいずれは悪霊になってしまうかもしれないんだぞ? それを防ぐのが除霊師や防ぐことができる私の役目だ。魁斗は違うのか?」


 シーナも俺と似た力を持っている。シーナは自分の力で最悪の事態を防ぐことができる。なのにどうして俺はそれをしないのか。そう思っているんだろう。


「俺はな、除霊師じゃない。そして俺のこの力。これは俺が使いたい時に使う。そう決めてんだ。少なくとも……俺の大切な人を奪うための力なんだったらこんなものはいらない」


 それが、俺の答えだ。


「シーナには冬峰が悪い奴に見えたか? もしシーナが除霊師だったとしてだ。お前はなんの躊躇もなくアイツを除霊できるのか?」


 シーナならそれは出来るかもしれない。あいつは俺と違って、過酷な人生を送ってきたはずだ。覚悟も違ってくるかもしれない。


「……魁斗」


 しかしシーナはそれを肯定しなかった。もしかしたらシーナも、心の何処かでそれは出来ないと思ってしまったのかもしれない。


「アンタ。そんなこと言い合ってる場合じゃないだろ? とにかくふゆみんをどうすんだ!?」


 ヘッドホンの言葉に助けられた。確かに今は俺たちの考えを語っている場合ではなかった。


「なあ怪奇谷。あのお子様は突然消えちまったよな? そして浮遊霊ときた。俺様にはこれしか思い浮かばない……成仏したんじゃないのか?」


 シーナの方から、正確にはシーナが付けている腕時計、付喪神のウォッチがそう述べた。

 確かに普通に考えればその結論に至る。浮遊霊が突然姿を消すとなれば成仏した以外に考えられないからだ。しかし、その考えが違うと俺は断言できる。


「それは違う。冬峰がこの世にとどまっていた理由。それは死んだ弟の分まで生きるという目的があったからだ。だけど今この一瞬でそれが達成されたと思えるか? 少なくとも俺にはそうは思えなかった」


 確かに冬峰が消えたタイミングとしては、事故があった時と同じ時間だった。しかしそれで冬峰が満足して成仏するはずがない。


「じゃあ何か。神隠しにでもあったっていうのか?」


 ウォッチの言葉に俺は言葉を失った。


 神隠し。


 自分の弟が神隠しにあったと彼女は思っていたが、それは風香さんに吹き込まれた、ただのまやかしだった。

 しかし、たった今起きたこの現象。神隠し以外に考えられなかった。

 神隠しは人が一瞬で消えてしまう超常現象のことだ。多くの場合は誘拐事件などが真実であるとされていた。

 だが、何が起こるかわからないこの街ではありえなくもないかもしれない。


「神隠し……冬峰が神隠しにあったとすれば……」


 ありえない話ではない。いや、むしろそれ以外考えられない。


「神隠しだって? そんなことがここでも……」


「ここでも? おいシーナ。それはどういう意味だ?」


 シーナはまたもや言いづらそうに口を開いた。


「私は昔、


 その口から、とんでもないことが暴露された。


「なっ……!! か、神隠しにあったって……そ、それは本当なのか!?」


「ああ。まあ正確には神隠しにあった人を助けに私も神域に行ったというか……」


「神域……? いや、とにかくだ! シーナは神隠しにあったことがあるんだな? しかもその言い方だと自分の意思で意図的に神隠しにあったってことだよな? どうやってやるんだ!?」


「ま、待ってくれ魁斗。そうは言ったが確実に成功するとも限らないし、状況がうまくいくかもわからない。それに何より紅羽が本当に神隠しにあったのかどうかがわからないだろう」


「じゃあシーナはどう説明する? 冬峰はどうして消えた? 成仏以外に理由があるとしたら他に何があるって言うんだよ!」


「そ、それは……」


 しまった。少し熱くなりすぎた。


「……すまん。でも、他に考えられない。少しでも助けられる可能性があるなら俺はそれに賭けたい」


 確かにシーナの言う通りで、冬峰が神隠しにあったという絶対的な証明はない。だけど他に思い浮かばなかった。

 救える方法があるならそれを実行するまでだ。俺は、まだ冬峰を行かせたくない。


「……わかった。私も魁斗に賭けることにする」


 待っててくれ、冬峰。俺は絶対にお前を助け出してみせる。

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