第118話付喪神編その10
俺はつい叫んでいた。しかしシーナは表情を変えることはない。
「何やってんだよ……自分に……自分に怨霊を取り憑けるなんて!!」
シーナは自身が持つ能力、ゴーストコントロールの力を使って自分自身に怨霊を取り憑けたのだ。
どうしてだ? なんでそんな危険なことができる? 俺は先ほどのウォッチの言葉を思い出す。シーナは俺たちとは違う人生を送ってきた。だから考え方も違うと。
だからって。こんなこと。
「何を怒ってるんだ? 私は私に出来る最善の方法を選んだだけだ」
それでもシーナは表情を変えることはない。
「最善って……わかってるのか? 怨霊だぞ? 特にこの街では1番厄介な存在だ! そんなやつを自分自身に取り憑けるなんて……何かあったらどうすんだ!!」
シーナはこの街の怨霊が危険ということを知らないかもしれない。
しかし怨霊という幽霊自体が危険ということは、神魔会に所属しているシーナならわかるはずだというのに。
「何かって……私の能力の説明はしたよな? ゴーストコントロールで私は幽霊を操ることができる。そしてその操った幽霊を人に取り憑けた状態でも操れる。だから現にこうして私は平静を保っているだろ? 何も危険なことはないじゃないか」
確かにそうだ。ゴーストコントロールを使えば、自在に幽霊を操れるという説明は受けていた。
「それでもだ。お前は知らないかもしれないがこの街の怨霊は特に危険なんだ。それにこの街ではイレギュラーなことがよく起こる。だから無闇に自分を犠牲にするようなことをするな!」
「……? この街については聞いている。確かに無謀だったかもしれない。それは謝る。だけどわからない」
シーナは謝罪と同時に疑問を述べた。
「
「はーー?」
シーナは本当に疑問に思っているのか、純粋な瞳でこちら見てそう言った。
「いざとなれば私は自分を犠牲にする覚悟だってある。そういう覚悟、魁斗にはないのか?」
なんだそれは。自分を犠牲にする覚悟だって? そんなもの、あるわけがないだろう。
「……また私はおかしなことを言っているみたいだな。やっぱり私と同じ人間はいないんだな」
シーナは遠くを見つめて、物悲しそうな表情をして言った。
言いたいことはあるが、まずはシーナに取り憑いた怨霊を吸収しなければならない。彼女の肩に触れ、取り憑いている存在を吸収する。
「……」
この力。間違いなく怨霊だ。それも、俺が今まで吸収してきた怨霊とは比べものにならないぐらいの力を持っていた。
こんなものを、自分自身に取り憑けたというのか。
「……シーナ。いざとなれば自分を犠牲にする覚悟があるって言ったな」
「ああ」
「それはつまり、場合によっては死んでも構わない、そういうことだな?」
「そう、だな。間違いではないかもしれないな。もしも私の大切な友達が人質に取られて、私の命と引き換えに解放してくれるというのなら、私は進んでこの身を差し出すだろうな」
「ーッ!!」
俺は気付けばシーナの頬を叩いていた。
「何ふざけたことを言ってるんだ。お前それで残された友達がどう思うと思ってんだ。私のために死んでくれてありがとうとでも思うと思ってるのか!?」
「あーー」
「わかるか? 逆に考えてみろよ。お前を助けるために俺や富士見が死んだらお前は喜ぶのかよ!!」
シーナは答えない。だけど俺の言っていることを理解しようとはしていた。それは俺にも理解出来た。
「少なくとも誰かを助けるために犠牲になるなんてものはそんなの覚悟でもなんでない。ただの自己満足だ」
「それじゃあーー」
シーナは叩かれた頬を撫でながらゆっくりと口を開いた。
「私が今まで見てきた人生って、なんだったんだ?」
その目には、ある意味絶望という言葉がぴったりだった。
「少なくとも私は……私の周りの人間はそうだった。私はそんな人達の中で過ごしてきたんだ。それが当たり前だと思っても仕方ないだろ。それなのに……今更、変えられるわけないじゃないか」
シーナはその場に崩れ落ちた。今までの自分を全て否定された。彼女はそう訴えかけていた。
「私は人との関わりが苦手だ。なぜなら私の考えと周りの考えがいつも違うからだ。そういう時に大体おかしいのは私なんだ。それを恐怖と感じないでなんだと思う?」
シーナは人と人との関わりが苦手だと言う。それは前に言っていた、人の敵意にも繋がってくる。
「私は怖かった。人から敵意を向けられるのが。私がおかしいから、変だから、みんな、敵意を向けてくる」
周りの人間が実際にどう思っていたのかはわからない。だけどシーナからすれば、それは敵意を向けられているとしか思えなかった。
「そんな時だ。私に付喪神が憑いたのは。そして私と同じ立場の人間がいるって……そうだよ。私は魁斗と同じだと思っていたんだ。やっと、私と同じ人間が現れたんだって」
俺もシーナにも付喪神がいて、2人とも特殊能力を有している。
共通点はあった。シーナはそれに喜びを感じていたのだ。
「だけど違った。魁斗は私とは違う。ちゃんとした思考を持つ普通の人間だった。だから私は魁斗のことを知りたかった。どうしたら魁斗のようになれるのかって」
シーナは付喪神とどう接すればいいかわからないといって接触してきた。それも事実だろう。だけどシーナにはもう1つ目的があった。
それが俺という人間を知ること。そうして自分も変わろうとしたのだ。シーナはずっとその答えを探していたのだ。
「だけど、今のでわかったよ。私は魁斗のようにはなれない。考え方が違いすぎるんだ。そしてそれを治そうにももう無理なんだ。だから、もういいんだ」
シーナはゆっくりと立ち上がった。そして俺が手にウォッチを持っていることに気づいた。
「ああ、ウォッチ……ほら、私はこんなにも大事にしていたものをあっさりと見捨てた。魁斗はヘッドホンを置いて行ったりしないだろ?」
「……」
さすがのウォッチも何も答えない。それはウォッチも理解しているからだ。シーナの性格がどういったものかを。
「さあ、ゴールを目指そう。そしたら終わりにしよう」
シーナが指す終わり、とはなんのことなのか。それは俺と行動を共にすることをやめる、そう聞き取ることも出来た。
「待てよ」
俺は先に進もうとするシーナの腕を掴んだ。
「何勝手に納得してんだ。俺にも言いたいこと言わせろよ」
シーナは頷きはしなかったが、その場に立ち止まった。
「シーナは言ったよな? 俺みたいにはなれないって。そもそもさ、なんで俺みたいになる必要がある? なんでそう思った?」
「それは……」
シーナが俺を見本にしたのは似ていたからだろう。性格や人間性ではなく、付喪神や特殊能力といった境遇が。
「魁斗のようになれれば、私もみんなと同じようになれると思ったからだ。ズレた思考もしないですむし、困らせることもない。そうすれば、私もやっと普通の人間になれるって」
「そうか。だったらなればいいじゃないか」
シーナは怪訝そうな顔をする。
「今の話を聞いてなかったのか? なりたくてもなれないってわかってしまったんだ。だから私は魁斗のようにはなれない」
「違う。俺じゃなくていい。シーナがなりたいような人になれるようにすればいいじゃないか」
「私が、なりたいような……?」
「そうだ。別に俺にこだわる必要なんかないだろ。たまたま境遇が似てるだけだろ? それに俺は別に普通の人間ってわけではないと思ってるぞ。少なくとも少しだけ思考はズレてると思う」
それは本当に思っている。まともな人間が、悪魔なんて助けるわけがないだろう。
「俺にも悪いところはあるんだ。だから別に俺じゃなくていいだろ。正直に言うぞ。確かにシーナは人よりもおかしな考えをしているところが多い。だけどそれも個性でいいじゃないか。それにそれ以外にもいいところがあるだろ?」
「そんな……」
「さっき否定したばっかだけどさ。シーナは少なくとも俺を助けるために自分を犠牲にしたんだろ? それはいいことではないけど、俺を思ってやってくれたことって気持ちは伝わってる。つまりシーナはそれほど友達思いってことじゃないか」
シーナのしたことは正しいことではない。だけど悪意を持ってやったことではない。それだけは伝わる。シーナがそれほど友達を大切にしているということがよく伝わるではないか。
「それは、当たり前だ。私の数少ない友達だ……自分を犠牲に……はダメだったな。うん。でも、それでも、そう思えるほどに私にとっては大切なことなんだ」
シーナにとってはそれほど大切なこと。過去に何があったのかはわからないが、そう思える何かがあったのだろう。
「でも、いいのか? 私はこの性格はもう治せないし、考えも根本的には変われない。それでも……魁斗は友達でいてくれるのか?」
シーナは不安そうに言う。そんなの、答えるまでもない。
「当たり前だ。前にも言っただろ? 少し変なぐらいの方が俺は好きだし面白いと思う。そういうやつが周りにいるからな。少しずつさ、自分を認めれるようになっていけばいいと思うよ」
それもまた事実。本当に俺の周りは変わっている奴が多い。
「それに、シーナのことを1番理解しているやつならここにいるだろ」
ずっと黙っていたウォッチを、シーナに向かって投げた。
「っておい! いきなり投げ捨てる奴があるか!?」
「ウォッチ。すまなかった。さっきは置いて行ってしまって」
シーナの謝罪に一瞬戸惑うウォッチ。
「何。お前は認めないかもしれないがな、俺様はお前の腕時計に取り憑いた付喪神だ。何をどう取り繕っても俺様はお前の味方なんだよ。それだけは覚えておけ」
「ん……」
シーナは一瞬、目をうるわせた……ように見えた。そしてすぐに口元に笑みを浮かべた。
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