第117話付喪神編その9

 そんなこんなで唐突に始まった肝試し。俺とシーナは共にゴールへと向かっていく。ゴールは北の方向にある仏像だ。そこを目指して俺たちは適当に進んでいく。

 肝試しをするなんて俺も初めてだ。真夜中の墓地を歩くというのはこんなにも不気味なものだったとは。少し前の俺だったなら、幽霊が出そうだなんて思ってたかもしれない。

 と、冗談を考えつつも怖い気持ちはある。真っ暗闇を灯りもなくただゆっくりと進んでいき、静まった空気が体を震えさせる。

 幽霊が出る出ないではなく、この雰囲気自体が恐怖を感じさせるのだ。


「なんていうかあれだな。案外何もないんだな」


 そんな俺に比べてシーナは微妙な表情をしている。先ほどまであんなに楽しそうだったのに。


「シーナはどんなのを想像してたんだ?」


「そうだな。幽霊がいっぱい出てきて驚かしに来るのかと思っていた」


 なんだそりゃ。随分と大雑把な感想だな。それにシーナは幽霊の存在を知っているんだ。驚くも何もないだろう。


「意外だったか? 私だって女らしいところはあるんだぞ?」


 シーナの思わぬ発言に少し戸惑う。確かに女の子らしい感想といえばそうなのかもしれないが……なんだか、意識してしまう。


「あー……」


「ぶっ……ひゃっはははははははは!!!! なんだそりゃ!? 最高だぜ! 俺様がいることを忘れるなよ? 勝手にラブコメ始めるんじゃねーって!」


 ウォッチが大爆笑する。


「む……失礼だな。少なくともお前に笑われる筋合いはないんだがな」


「はー笑ったわー。やるじゃねーか怪奇谷魁斗。お前ならシーナをモノに出来るかもな」


「モノだと……!? お前!! 次ふざけたこといったら分解してやるからな!!」


 シーナは腕時計を掴んで至近距離で叫んだ。


「シーナ。俺は大丈夫だと思うぞ」


「え?」


「少なくとも今お前はウォッチと普通にいい関係だと思う。俺なんか参考にしなくてもな」


 それは本当に思っていることだ。シーナとウォッチの関係は良好だと思う。これ以上、何を確かめると言うんだ。


「そう、か」


 シーナはウォッチを見る。その表情は決して明るいものではなかった。


「それじゃあ私は今何でモヤモヤしてるんだろう……?」


「シーナ?」


 どうした、そう聞こうとしたその時だった。はっきりと聞こえたそれは、耳によく響いた。

 悲鳴。真っ黒な世界の中、俺たちの通りの先から悲鳴が聞こえた。


「シーナ!」


 俺はシーナに声をかけると同時に走り始めた。今のは間違いなく人の声だ。だとすれば考えられることは1つ。誰かが襲われたということだ。


「魁斗、考えろ! これは幽霊の仕業だけとは考えられない! 普通の人が人を襲っている可能性だって……!」


 わかってる。シーナの言い分には一理ある。誰かが襲ってるのかもしれないし、ただ驚かされてビックリしただけかもしれない。

 だけど、


「可能性が少しでもあるなら、それを救えるのは俺だけだろ!」


「ヒュー! まるでヒーローみたいだな! やっぱり旦那にするならこういう奴じゃねーとな!」


「だん……!? き、貴様!!」


「アンタら騒いでないでさっさと走れよ〜!」


 どこだ。どこから声がした? 俺は出来るだけ人がいなさそうな所を重点的に探す。

 しかし暗闇のせいか、ろくに検討もつかない。


「魁斗!」


 そんな時だった。シーナが少し離れた所から俺を見て叫んだ。何かを見つけたようだ。

 シーナが指差す先、暗闇の奥深くの茂みに何かがいた。何か巨大な塊がそこには佇んでいた。


「……なんだ、あれ」


 茂みのそばには1人の女性が倒れていた。その女性から湧き出ているかのようにその塊は存在していた。

 俺は女性の元に駆け寄った。それと同時に巨大な塊は去ってしまった。


「待て!!」


「魁斗はその人を! あれは私が!」


 シーナは俺を置いてさっきの巨大な塊を追った。このような緊急事態に慣れているのか、対応が早い。


「シーナ! クソッ!!」


 俺は急いで倒れている女性を抱えた。年齢は30代前半ぐらいの女性だった。俺は触れたことで女性に幽霊が取り憑いていることを理解し、ゴーストドレインの力を使い吸収した。


「なっ……!」


 吸収して俺はこの幽霊が何かを理解した。前にも何度も吸収した、ひどく冷たいあの忌々しい幽霊だ。


「アンタ……」


「怨霊だ。クソッ! なんでこんなところに」


 これも初代怨霊の一部なのだろうか。だとすればシーナが追ったあの塊の正体は……

 考えている余裕はない。とにかく俺はシーナを追った。


「なんでこんなところに怨霊が?」


「さあな、俺にもわからない。だけどもしかすると富士見も狙われてるかもしれない!」


 怨霊の狙いは富士見だと聞いている。だとすればさっきの塊が怨霊だとすれば、富士見の元に向かってもおかしくはない。

 俺は走る。ポルターガイストの時のように息が上がっているのがわかる。ずっと走ってばかりだ。辺り一面は真っ暗で道を踏み外せばこけてしまいそうだ。


「シーナ! どこだ!!」


 俺は叫ぶがシーナから返事はない。どうすればいい……適当に探していてもラチがあかない。


「電話はダメなのか?」


「考えたさ。だけど肝心なことを忘れていた。俺はシーナと連絡先を交換していないんだ」


 考えてみればシーナは俺と行動を共にしていたのだ。だから連絡先を交換する理由が出てこなかったのだ。

 どうする? どうすればいい? そんな不安と焦りが俺を追い詰める。

 そんな時だった。


「おーーーーい!!!! ここだーーーー!!」


「!?」


 すぐそばから声がした。あのバカみたいに大きい声は間違いない。声がした方に向かって走ると、そこには。


「ここだ!! 俺様はここだ!!」


 花壇にウォッチが置いてあった。


「ウォッチ!? なんでお前だけなんだ!! シーナは!?」


「シーナは後から追ってきたお前を案内させるためにわざと俺様を置いてったんだ」


 そんな無茶な。俺たちに気づかれることがなければウォッチだってこのままだったかもしれないのに。


「いいか? シーナはお前達とは違う風に生きてきた。考え方も違うし生き方も違う。あいつはいざとなれば迷わない。俺様をあっさりと置いておけるぐらいにな」


 それは、いいことなのか? それとも……


「今はそんなことはいい! シーナはどこだ!?」


 今考えるべきはそこじゃない。シーナを探さなければならない。


「そこを真っ直ぐだ。そこにシーナはいる」


 ウォッチに言われた通りに俺は真っ直ぐと進んだ。なんだか嫌な予感がする。なんだ。この胸騒ぎは。

 墓地を抜けたその先には、シーナただ1人だけが立っていた。


「シーナ?」


 俺は恐る恐る声をかける。


「待ってたぞ。魁斗」


 シーナは表情を変えることなく振り向いた。


「あとは私に触れるだけだ。さあ、吸収してくれ」


「なに、言ってんだ? なんで俺がお前に触れる必要が……?」


 シーナが何をしたのか、理解するのに時間がかかった。理由は単純、単にその行為が俺には信じられないことだったからだ。


「なんでって……


 シーナ、お前は。怨霊を自分に取り憑けたのか。

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