第76話悪魔編その3
あれからコンビニには行っていない。それと同時に、以前よりさらに毎日がつまらなくなっていた。授業の内容が全く頭に入らない。
ダメだ。つまらなさすぎる。さすがにここまでひどくはなかったはずだ。どうしてここまでひどいことになってしまったんだ。
銀髪の女は言った。昔なんて気にするな。今は今で楽しめと。
言われなくてもそんなことはわかっている。俺だってそんなつまらない生活から抜け出したいと思っていたのだ。そんな生活からやっと抜け出せる、そう思っていたのに。
「あ、あの……!」
「え?」
あいつのことを考えてばかりだった。気を紛らわしたいと思っていたところで、ちょうどいいタイミングで声をかけてくれた。誰だか知らないが。
「えっと、その……こ、これを」
目の前には髪をツインテールにしている女の子が立っていた。見覚えがないな。少なくとも俺のクラスではないだろう。そんなツインテールの女の子は俺に渡してきたのは。
「え……? えええ??」
なんと、ラブレターだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! さすがに急すぎるよ! 俺全然君のこと知らないし!」
っていうかタイミングが謎すぎるし、場所もだ。ここは下駄箱だぞ。たまたま周りに人がいないのがよかった。
というか待て待て。ラブレターだぞ。とうとう俺にも彼女が出来るのか! よく見れば割と可愛い子じゃないか。
「そ、それは私だってわかってますよ。私だってあなたのこと知らないし、でも仕方ないじゃない」
ん? なんか反応が変だな。少なくとも告白している人間に対する態度ではないような?
「これを土津具君に渡して欲しいの」
は?
「あなた土津具君と仲良いんでしょ? だから全然知らないあなたに頼んでるの」
俺の希望は一瞬で砕かれた。しかもよりによって剛かよ。
と、文句を言いつつも結局断れずに受け取ってしまうのであった。
「はぁ」
深くため息をついた。浮かれていた自分自身が情けなくなる。
「ほら、いいことなんてないじゃないか」
俺は家電量販店に向かっていた。今度こそ例のヘッドホンを手にするためだ。
「……」
まただ。またあいつのことを思い浮かべている。なんでだ。俺は、どうしたいんだ。どうしてこんなにあいつのことを考えてしまうのか。
「結局、わからないままか」
そもそも俺はどうして最初に、あの銀髪の女に興味を持った?
理由はわかってる。知りたかったからだ。あいつはどんな出来事にも楽しそうにしていた。
だから知りたかったのだ。どうしたら、そんなに楽しく過ごせるのか。
「……」
だったら、聞くしかないよな。本人に。あいつは言った。俺のことを教えてくれと。
なら次はあいつの番だ。そこで聞き出すんだ。どうして、お前はそんなに楽しそうなんだ、と。
「……全く。俺もまだ希望を捨てちゃいなかったか」
俺は家電量販店とは逆方向に向かって歩いた。気づけば日も暮れてきた。いつものように、コンビニのイートインスペースにあいつはいる。それが普通であり、なんの疑問も抱かなかった。
午後8時。いつものコンビニに着いた。だけどそこは俺の知っているコンビニではなかった。
いない。いないのだ。いつもいるはずの銀髪の女がいない。
「なんで……?」
たまたまか? たまたま今日は来るのが遅れているのだろう。きっとそうだ。俺はそう自分に言い聞かせた。
だけど彼女は一向に現れない。そもそも俺より遅れてくることは一度もなかった。
「なんでだよ……」
まさかとは思うが、俺が来なくなったからか? それはない。さすがに考えすぎだ。
ではどうして? 生まれた国に帰ったとか? だとすればもう会うことはできないだろう。
なぜなら俺は彼女の出身どころか、住んでる場所、年齢、名前すら知らないのだ。
「待ってくれよ……まだ聞きたいことがあるんだよ」
俺はコンビニを離れ走っていた。いつも彼女が帰る道。その道をひたすらに走った。全く当てはなかった。だけど方向は合ってるはずだ。
ただ走った。目的地はない。俺の目に目的の人物が現れるまで、俺は走る。こんなに走ったのは久しぶりだ。
走りながらも思った。俺はどうしてこんなにも必死になっているのだろう。
俺は別に彼女が女として好きなわけではない。そういった感情は持たなかった。
ではなぜ? 俺はどうしてここまで必死になっているのだろうか?
最後に別れた日のことを再び思い出す。俺は人に初めて自分の感情を伝えた。そしてそれは見事に否定された。普通ならそこで彼女のことを嫌いになってもおかしくはない。
しかし俺は彼女を嫌いにはならなかった。彼女は言わなくてもいいようなことをわざわざ言ってくれたのだ。それはなんのために? そんなの決まってるじゃないか。
俺を思っての行動だったと。
「はぁはぁはぁ……」
人通りの少ない場所に着いた。どうしてここにたどり着いたのかはわからない。たまたまだったのかそれとも、必然だったのか。
そばには道路があった。俺から見て左側には線路があり、近くには踏切もある。右側には住宅街。真っ正面には薄暗いトンネルがあった。そのトンネルの手前に。
血。真っ赤な血がこぼれ落ちていた。
その赤い血を辿っていくと、そこには。
「な……なんだよ……これ……」
「なんだよこれ!!!!」
俺は彼女の元に駆け寄った。身体中を何かで切り裂かれていた。正直見ていられなかった。体の奥から吐き出しそうになるものを必死で抑えた。
「か、は……アンタ……どう、して……」
まだ息がある! 生きている!
「喋るな! 今救急車を呼ぶ!!」
俺は慌てて携帯を取り出した。一体誰がこんなことをした? 彼女はどんな事件に巻き込まれてる? こんな厄介なことに俺は関わるべきではないのでは?
クソが。今はとにかくこいつを助けることだけを優先しろ!!
俺はそう自分に言い聞かせた。
「
瞬間、背筋が凍った。
不気味、としか言えない声。そんな声がトンネルの奥から聞こえてきた。聞くな。今は救急車を呼ぶことを優先しろ。
「ふぅん。破ったわけではないみたいだな。ってことは無意識、あるいは天然物ってところか」
ダメだ。指が動かない。不気味な声の主はゆっくりと近づいてくる。なぜだ。なぜ動かない。
「んー、まあとりあえずどっちでもいい。そこをどいてくれないか。少年」
考えてみれば簡単なことだった。この状況でこんなに冷静でいられるなんて普通じゃない。普通じゃないということは、
「それとも、すでに一歩遅かったか?」
そんなことをする奴がいきなり現れて、恐怖を抱かないわけがないのだ。
「ならば君も処分しないといけなくなるんだけど、いいのかい? 少年」
俺は、普通よりつまらない生活を送っていた。しかしそれは今、最悪の形で終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます