第70話怨霊編・裏その5

 8月6日。夜11時。私たちは再び例の工場へと来ていた。なぜこんな時間に向かうことになったのか。疑問に思い風香さんに尋ねてみた。


「姫蓮ちゃん。昨日あったこと忘れてないよね? 工場内で爆発事故があったって今騒ぎになってるんだよ? 工場周辺は警察だっている。そんなところに行って何ができると思う?」


 私は除霊師の身分証を使って協力を仰げばいいのでは? と提案してみた。


「除霊師とか霊媒師がそこまで世間一般に浸透していると思う? 大抵の人はね、こう思うよ。幽霊? そんなのいるわけないだろうバカバカしい、ってね。仮に協力を得られたとしても、もし昨日みたいに爆発が起きたら? みんなを助けることなんて出来ないよ?」


 ごもっともな意見をいただいた。そのため、この時間までただひたすら暇を潰していたのだった。


「さ、行こうか」


「万邦がいる可能性は?」


「あるね。でも今はその時じゃない。出来るだけ私と姫蓮ちゃんは離れないようにしないとね」


 そう言ってなぜか腕を組んできた。


「……は?」


「ふふふ。離したらダメだぞ?」


 おそらくこれは男性だったら大興奮なんだろう。でも同性に、なおかつ私にやっても低評価にしかならない。


「な、なんでそんなに嫌そうな顔するのかな? ほら、可愛い顔が台無しだよ?」


「まさかとは思いますけど、こういうこと怪奇谷君にしてないですよね? あと私は可愛いのではなく超絶美少女ですのでお間違いなく」


 胸が押し付けられる。私もそこそこあると思っているが、風香さんには勝てないかもしれない。


「おやぁ? 魁斗君にしちゃいけない理由でもあるのかなぁ?」


「あなたがそういうことを平気で他の人にもするのかってことを聞きたかったんです」


「ふぅん」


「離しますよ?」


「いいのかなー? そうするとまた離れ離れになっちゃうかもー」


 棒読みだ。ここは我慢しよう。しかしここまでくっつかなくてもいいのでは。ただただ不愉快な気分だった。


 そんな不快感を抱きながらも、私たちは管理室へとたどり着いた。

 幸い、管理室に向かう途中に爆発は起きなかった。ちなみに、爆発の可能性がある時だけ風香さんは腕を組まずに離れていた。この時、昨日のようにドラム缶が落ちてきたら意味ないのでは? とも思ったがあえて言わなかった。


「爆発はなかったね。エリアCを通らなかったからかな?」


 管理室までは別ルートで向かった。そのためエリアCは通らなかったのだ。あそこを通っていたら爆発していたかもしれない。


「そもそも、万邦がいないという可能性は? 爆発させるにしても万邦がいなければ出来ないと思うんです」


 時限爆弾という可能性もあるが、だとすれば私以外の人間が引っかかってしまう可能性もある。


「かもしれないね。どういうわけかここは昨日とは違って怨霊のいた痕跡が全くない……ここはもう用済みってことなのかな?」


 風香さんが疑問に思うのはわかる。敵である万邦と怨霊の狙いは私だ。彼の発言からして、私を捕らえるか殺すかの二択だった。

 万邦からすれば、ターゲットである私がここに戻る可能性を考えて自分自身も身を潜めていてもおかしくはない。

 あるいは昨日の作業員みたく、怨霊に取り憑けた人間を置いておくなど出来たはずなのに。


「もぬけの殻、ってことですか」


「でも気をつけてね。痕跡がなくてもトラップがあるかもしれない。とにかく今は情報を得てさっさと戻ろう」


 そう言って風香さんは社員証を管理室のパソコンにかざした。


「でたでた……名前は万邦猛気ばんぼうもうき。歳は22歳。確かに約3か月前にここに入社しているね」


 その後も万邦の情報は得られた。しかし得られた情報は、怨霊関連で役に立つようなものではなかった。


「まーわかっちゃいたけどね。履歴書に書いてある情報をデータ化しただけってことだね」


「どうするんですか? これじゃあ結局なんの意味もないじゃないですか」


 私の呆れた質問に対して、なぜか不敵な笑みを浮かべる風香さん。


「ふふふ。言ったでしょ? これはついでだって。私の真の狙いは別にある!」


 そう言って風香さんはパソコンをいじりだした。


「一体何を……?」


「作業員の人が言ってたこと、覚えてる? あの人は果たして一体どこで怨霊に取り憑かれたのでしょう?」


「あ……」


「そしてここは管理室。もちろんここには監視カメラもあるよね?」


 そうか。作業員の男性はこの管理室で怨霊に取り憑かれた。となればその時の様子を監視カメラで確認すればいいんだ。それが風香さんの狙いだったんだ。


「ここだね……おや? 何も映ってないね……きっとこれはダミーだなぁ。ここをこうしてっと……」


 随分と手慣れてる。智奈もこれぐらいなら余裕なんだろう。


「ビンゴ!」


 ボタンを押すと画面には2人の人物が映された。1人は昨日の作業員。そしてもう1人は、万邦だ。


「これはこれは。姫蓮ちゃん、朗報だよー。この監視カメラ、音声も録音してるよ」


 風香さんは音声の音量を上げた。すると、2人の会話が聞こえてくる。


『どうかしたのか? 万邦君。君から声をかけてくるなんて珍しいな』


『いえ……実はお願いがあって……火薬を、貸してほしいんです』


『うーん。いくらうちで製造してるとはいえ貸すってことは出来ないよ。もちろん君の事情も知ってるよ。お金が足りないんだろう? でも社員になったからとはいえタダで火薬を渡すわけにはいかないんだよ。それに法律もあるし……』


 思い出した。この工場は火薬の製造をしているんだった。


『そうですか……』


『……ッ!!!!』


 次の瞬間、作業員の男性は倒れた。ここまでは想定内だった。しかしその後、想定外の出来事が起きた。

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「え?」


 女性はセーラー服を着ていた。髪は私と同じくらいの長さで黒髪。肌は白く、透き通っていた。


『だから言ったでしょ? そんなお願い聞き入れてくれるわけないって』


 突然現れた新しい人物に私も風香さんも困惑していた。その女性は万邦に向かって話しかける。


『……で? 俺は何をすればいい?』


『わかってることをいちいちあなたは聞くのね。それでそうね……もしここに富士見が来たら試しに使ってみたら? 効果が発揮されたなら量産しなさい。ああ大丈夫よ。もし仮にそれで富士見が死んだならそれはそれでオッケーってことだから。まあ死ぬわけないんだけどね』


『わかった……そうすりゃ返してもらえるんだな?』


『ちゃんとあなたが達成できたらの話だけどね』


『……』


『それじゃあ、頑張ってね。


 そうして女性は管理室を出た。その後すぐに万邦も外へと出た。


「は、ははは。なるほどね。こりゃ一本取られたわけだ」


 風香さんはやられた! と言わんばかりに笑っている。私にも色々と予想はつく。


「風香さん。これは……」


「そうだね。とりあえず整理しよっか」


 風香さんは近くにあった椅子に腰かけた。


「まず第1に、おそらくここに現れたこの女性。この人こそ怨霊αに取り憑かれた人物だね」


 考えてみれば最初に万邦に出会った時。万邦の言葉には違和感があった。


『殺しちゃダメとは言われてない』


 そもそもその言葉は誰から聞いたものだったのか? そしてもう1つ。万邦に怨霊が取り憑いているのだとしたら、私に出会った時になぜ怨霊を取り憑けなかったのか。そうすればことは済んでいたはずなのに。

 万邦はそれをしなかった。刃物で襲ったり、爆発に頼った。


「私が得た情報……怨霊が取り憑いたのは万邦という人物。それだけだった。言ったよね? 性別も不明だし下の名前も不明。それを踏まえて、今の会話を思い出してみよう」


 万邦は返してもらえるのか? と聞いた。それは、何を? 女性は言った。嫌味ったらしく、と。


「おそらくあのセーラー服の子。万邦の妹だね」


 そうとしか考えられない。おそらく怨霊αは万邦妹に取り憑いた。そして怨霊はなんらかの課題を与え、それを成し遂げることを条件に妹を解放すると万邦に伝えたのだろう。


「妹……名前なら乗ってたよ。万邦夜美奈ばんぼうやみな。歳は16歳。まだ高校生だね。原因不明の病に侵されてるみたい……そんな人に取り憑くなんて……」


 万邦は妹を助けるために私を狙っている。万邦もやりたくてこんなことをしてるわけじゃない。そう考えるとどこか思うところがある。


「作業……試す……量産、か。まさか……!」


 風香さんの声に私も反応した。


「どうしかしたんですか?」


「作業ってのはおそらく爆弾のことだね。試してうまくいったら量産って言ってたよね? つまり普通の爆弾じゃないんだよ。これは、まさかとは思うけど何かに対抗するために作ったとしか思えない」


 私は昨日のことを思い出した。エリアBでのことだ。あの時万邦は爆発させる前、なんて言ってたっけ?

 、と。


「風香さん……1つ試したいことがあるのですが」


「え?」


 もし私が思っていることが事実だとしたら、そんなものを量産されると大変なことになってしまう。

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