第40話ティーチャー編その6
ティーチャー編その6
俺たちは今、一体何をしているのだろう。目の前に広がるステージには『ドラコ』と名乗るアイドルが歌を歌い始めたていた。
そしてその『ドラコ』こそ、俺たちが追っていた同志先生なのだった。
「始まったか」
突然、隣に真っ黒なスーツを着込んだ謎の人物が現れた。誰だ、こいつは。
「ふむ。君は、どうやら新参者だね?」
その男はピッタリと隣に座り、俺に話しかける。
「えっと、あなたは?」
「おっと失礼。まずは名乗るべきだったね。失敬」
そして男はなぜか立ち上がった。
「私は各地で‘推し’を求め続けている旅人だ。ふむ。気軽に旅人さんと呼んでくれたまえ」
この人、絶対おかしい人だ。
「なに? どうして私が旅をしているかって?」
聞いてないんですけど。
「ははっ、しょうがない子だなぁ。教えてあげよう。私のこれまでの汗と涙の大冒険というものを……!」
勘弁してくれ。ただでさえ状況が飲み込めないというのに。
「あれは5年前の出来事だった……」
「ってほんとに話すのかよ⁉︎」
するとさっきから黙っている智奈が俺の手をつつく。
「魁斗先輩……同志先生、楽しそうです……」
「え? あ、ああそうかもしれないけど……」
「私はそこで、運命の出会いを果たしたのだ!」
確かに普段見る同志先生の姿とはかけ離れ、雰囲気も異なっていると智奈は感じたのだろう。。そして隣がうるさい。
「あんなに輝いてる先生……見たことないです……」
「あの頃は仕事に明け暮れていて全くつまらない生活を送っていた……だが! あの日! 特売セールのうなぎを買うために銀行から貯金を降ろそうとしたあの日だった!」
「ああ。俺も喋ったことはないけど、あんな雰囲気ではなかったと思う。それからうなぎのためだけに金を降ろすのか」
って、なにまじめに聞いているんだか。
「そ、それに……」
「……?」
「降ろした金を持って私はスーパーに行った! そこで!」
ドラコは楽しそうに歌い続けている。
「か、可愛い……と思いませんか……?」
「出会ってしまったんだ。レジにいるパートのおばちゃんに!!」
「か、可愛いだと⁉︎ ……ってアイドルじゃなくておばちゃんかよ⁉︎」
確かに可愛い部類ではあるのだろうけど……俺としては少々痛々しく見えるというのが率直な感想だった。あとついツッコミを入れてしまう。
「お、おかしい……ですか……?」
「ふっ。このおばちゃんとの出会いが私の全てを変えたのだよ!」
おかしくはないのだが、ふと智奈がサングラスをかけたまま、まじめにこちらを見るので面白くなってしまった。
「ち、智奈……その、お、おかしくないぞ」
「……?」
智奈はキョトンとしている。そして音楽が収まったので、1曲目が終わったようだ。
「ところで智奈。今更だけど、あれは本当に同志先生でいいんだよな?」
万が一のために一応確認だ。
「はい……間違いないです……」
智奈の自信ありげな発言はまた珍しい。
「〜〜〜となって、私は旅人になったのだ。わかったかい? 期待の新星よ」
「え? あ、ああ。そりゃもううなぎに感謝ですね」
途中から全く聞いていなかった。まあいいだろう。
「よーし! じゃあみんなー! 今日もあれ! やっちゃうよー!」
と、ドラコが何かをやるらしい。観客からも喜びの声があがる。
「待ってましたー!!」
「今日こそ、俺は選ばれる!!」
「むほほほー」
なんだ。この騒ぎようは。
「何が始まるんだ?」
「ふっ。よく聞いてくれた」
いや、少なくともあんたには聞いてないのだが。
「あれはドラコの定期ライブ定番のイベント。その名も『ドラコと対決! ドラドラバトルー!!』……だ」
なんだよそのネーミングは。それからそれを真顔で言うのをやめてもらいたい。
「え、えっと。それは一体……?」
つい気になって聞いてしまった。
「ドラコがこれから1人の人をランダムで指名する。その指名された人はドラコとジャンケン対決する権利が与えられる。勝負は2回勝負。ドラコが勝てば、ドラコからお仕置きを受ける。ドラコが負ければ、ドラコからご褒美をいただけるのだ」
なんじゃそりゃ。大丈夫なのかそんなことをして。
「まあ私は1度選ばれたことがあるからな。その時はドラコの勝利で私の敗北だった」
また聞いてもないことをベラベラと。
「その時のお仕置きは……いや、ここから先はまだ君には早いようだ」
と、なぜか誇らしげな表情をする旅人。
「はぁ……そうですか」
「まあ安心したまえ。君のような新参者が指名されるようなことはまずないから。また、私のようなベテランが選ばれるのだろう」
一体何のベテランだよ。そんなことを考えていたらドラコは観客に視線を向けた。その視線は1人の人間へと向かっていた。
「よーし、それじゃあ1番後ろの席に座ってる人! 右から2番目! 帽子をかぶっていて、ヘッドホンを首にかけていて、服に『アイドルは神!!』って書いてある服を着たキミ!」
「は?」
いやいや、待ってくれ。そんなの俺しかいないだろ。
「ば、バカなっ! あ、ありえない! 私の、これまでの苦労は……!」
とりあえず勝手に絶望している人を放っておく。
「ほらー、早くおいでよー」
ドラコが俺を呼ぶ。まずい。こんな形で接触することになるとは。
「魁斗先輩……行った方が良さそうですよ……その、ほら……」
智奈が言いたいことはすぐにわかった。周りのオタク達が俺を睨んでいる。それは俺が選ばれたことに対してじゃない。
「ドラコを待たせるな!」
「はよー行け!」
「貴様の足には重りでもついているのか?」
ドラコを待たせているということに腹を立てているのだ。全く。ファンの鑑だな。
「はぁ……行ってくるよ」
俺は立ち上がり、ステージに向かう。改めて目の前にはアイドルであるドラコが立っている。こうして近くで見ると確かに可愛いようにも見える。
「お名前、聞かせてくれるかなー?」
名前か……素直を従おうとしたが、ここで一瞬考える。ドラコ、すなわち同志先生は先生だ。俺と直接関わりがなくてもどこかで俺の名前を知っていてもおかしくはない。
それに自分で言うのもなんだが、俺の名前はそれなりに学校では知れ渡ってしまっている。名前を素直に言ってしまったらバレる可能性がある。
どうする? 俺は考えた。
「……? どうかした?」
くそ、考えていても埒があかない。どうにでもなれ!
「お、俺の名前はヘッドホンだっ!!!」
シーン、と。空気が凍ったのがよくわかった。ついでに首元でなにか動いたような気もした。
「そ、そうなんだっ! じゃ、じゃあヘッドホンクン! ドラコとジャンケン対決、してくれるかな〜?」
うわぁ。このドラコにすら気を遣わせているなんて正直かなりショックだ。こうなりゃもうヤケクソだ!
「お、おおー! やってやるぞ! このヘッドホン! ドラコちゃんになんとしてでも勝ってみせる! そしてご褒美を掴み取るっ!!!」
再び、静寂な空間が広がった。
「お、おいなんだよあいつは……」
「やべぇぞ……そうとういっちまってるぞあのオタク」
「見ろよあの顔。いかにもヘッドホン大好きって顔してるぞ」
「ああ、ついでにお姉ちゃんとか好きそう」
「か、魁斗先輩……」
「なんという……彼はまさか新参者ではなかったのか……くっ! この私! 一生の不覚!!」
や、やめてくれーーーーーー!!!!
「よ、よーし! そんなヘッドホンクンとドラコ、対決しちゃうよー」
微妙な顔をしつつもドラコはジャンケンの体制に入る。
「よ、よし」
俺も体制を整える。ジャンケンか……勝負は2回。まずは一手を抑える。
「「最初はグー! ジャンケン、ポン!」」
俺はグーを出した。そしてドラコはチョキを出した。結果俺の勝ちだ。
「あちゃー負けちゃったー」
ドラコがあざとくポーズをとる。それを見て騒ぐ観客。
「うおおおおおお!!! 負けたドラコも可愛い!!!」
「おいヘッドホン野郎!!! ドラコを悲しませるな!!!」
「貴様はヘッドホンにスリスリしてればいいんじゃよ!!」
「ネクストバトルはよ」
なんなんだこいつらは。
「よーし、次は勝っちゃうよー!」
「やれるもんならやってみな」
次は何を出そうか。考えながら掛け声をかける。
「「最初はグー! ジャンケン、ポン!」」
俺はパーを出した。そしてドラコはチョキを出した。今度はドラコの勝ちだ。
「やったー! ドラコ、勝ったよー!」
ドラコがあざとくポーズをとる。それを見て騒ぐ観客。
「うおおおおおお!!! 勝ったドラコも可愛い!!!」
「おいヘッドホン野郎!!! ドラコの泣き顔を見せろよ!!!」
「貴様はヘッドホンの匂いを嗅いでればいいんだよ!!!」
「ネクストバトルはよ」
オタクたちへの感想はさておき、1回戦は俺の勝ちで2回戦はドラコの勝ち。ということは延長戦だ。
「さあ、これが最後の戦いね……ここにくるまでいろんなことがあったね……」
え? なんか始まったんですが。
「でもそれももう終わり! ドラコは、この最後の一手に全てをかけるんだ!!!」
なんだこの茶番は。
「みんな! ドラコを応援して!!」
「「「頑張れファイヤー!!!」」」
頑張れファイヤーと連呼する観客。なるほど。こういう流れがあるんだな。
「よし、いくよ!」
「おう! これで、終わりだっ!!」
って、なに俺まで騒いでるんだ。
「「最初はグー! ジャンケン、ポン!」」
俺はチョキを出した。そしてドラコはグーを出した。結果、勝者はドラコだ!
「やったよ! ドラコの勝ち!! みんなのおかげだよ!」
ドラコがあざとくポーズをとる。それを見て騒ぐ観客。
「うおおおおおお!!! 勝ったドラコも可愛い!!!」
「おいヘッドホン野郎!!! ドラコの泣き顔を見れなかったじゃねぇか!!!」
「貴様はヘッドホンを抱いて寝てればいいんだよ!!!」
「お仕置きタイムはよ」
さすがに慣れてきたぞ。
「それじゃあヘッドホンクンにはお仕置きだね!」
観客が騒ぐ。お仕置きってなんだ……?
「今回はちょっと、過激だよ? だからみんなには見せられませーん!」
そう言ってドラコはスイッチを押した。するとステージの幕が一瞬で降りた。観客から残念そうな声が聞こえる。
「さて、お仕置きしてるフリしなくちゃね。とりあえず1発殴っていい?」
と、なぜかテンションが低めになるドラコ。
「な、殴るってなにするつもりだ!」
「なに、軽くよ。軽くポンってね」
そう言ってドラコは俺の胸を、言った通りに軽くポンっと殴った。普通ならここでなんでそんなことをするのかと疑問を抱くのが普通だ。
それが普通なのだが、
「……なっ!」
ドラコのすぐ後ろに、
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