第22話神隠し編その10
神隠し編その10
富士見との会話を終え、俺は冬峰の元へと戻った。
「あ、お話は終わりましたか? なんだか大事そうなお話をしているみたいだったので鳥さんをみて暇つぶししてましたよー」
冬峰は明るく話す。とっくにカレーパンも完食しており、木に止まっていた鳥を見ていたようだ。
「ああ、もう大丈夫だ」
「?」
冬峰はキョトンと顔を傾げる。
「なあ冬峰。手、繋いでもいいか?」
「えっ、な、なにを言いだすんですか急に!」
あたふたと暴れだす冬峰。それでも俺の表情を見て何か思ったのか、落ち着きを取り戻す。
「……? まあ魁斗お兄さんがどうしてもっていうなら……その、気を悪くしないで欲しいんですけど。なんというか私、人に触れるの苦手で……特に魁斗お兄さんはなんだろう……触れにくい雰囲気というか……」
また一つ繋がった。俺の能力を無意識に感じていたため、俺に出来るだけ触れないようにしていたんだ。
「でも、決して嫌というわけではないので……はい!」
冬峰は満面の笑みを浮かべて俺に手を差し出した。俺はその手をしっかりと握る。
「……」
「……」
やっぱりそうだ。俺の中でなにかが訴える。彼女は幽霊だと。これで間違いない。本当に冬峰紅羽は幽霊なんだ。
「どうかしたんですか?」
冬峰は再び首を傾げる。いつまでもこんな調子じゃ怪しまれるよな。
「なあ冬峰。お前幽霊って信じるか?」
俺は言った。冬峰はなんて答えるだろう?
「ふむ……幽霊ですか。私は……そうですね。信じないけど、いたら面白そうだなって思いますね! あー、いや。面白そうなんて言って幽霊に取り憑かれでもしたらまずいですね……取り消し! やり直しです!」
「……っ」
ダメだ。まともに見ることができない。
「あっ、またやり直しとか言っちゃった。……でもやり直しって言ったら幽霊になった人は、生前出来なかったことをやりたがるもんなんですかね?」
生前出来なかったこと。幽霊は悪というイメージが強いかもしれないが、それだけではない。
生前に恨みを抱いただけでなく、後悔を残したまま死んでも幽霊にはなる。おそらく冬峰もその類だろう。
「私がもし幽霊になったらどうするかな……あー、でも今やりたいことは全部出来てる気がするなー」
冬峰はきっと、死ぬ前に出来なかったことを今しているんだ。
「それでもまだ何かするんだとしたら」
もう、冬峰は満足しているのかもしれない。ならもう、楽にしてやるべきなのか?
「弟が出来なかったことを、私がやるべきだよね?」
「……! 冬峰」
冬峰のその言葉を聞いてハッとした。彼女は自覚はないのかもしれない。だけど、彼女は今、幽霊として弟の分まで
「冬峰。1つだけお前に教えないといけないことがあるんだ」
俺は、決意した。真実を伝えることに意味があるかはわからない。ただ、伝えなければならないと思った。
「お前の弟は、アトラクションの事故で死んだんだ」
言った。俺は冬峰を見るのが怖かった。ただただ怖かった。
どうする? 冬峰はそんなこと言われてどうする? でも俺は伝えなければならないと思った。
「ああ、そうだったんですね」
冬峰はゆっくりと答えた。そして俺を見た。
「
息がつまる。俺は少しだけ後悔した。大丈夫だ。冬峰は消えない。浮遊霊は自覚は持たない。そうだ。大丈夫なんだ。
「……答えないですか。まあ魁斗お兄さんの気持ちもわかります。それに、それなら色々と納得がいくんですもん。なんで弟は見つからないのかってことが。私と弟は一緒に行動してた。弟が死んだってことは私も一緒に死んだっていうことになりますよね? ああ、じゃあこの記憶はなんだろう。ショックで違うって思い込んでたのかな?」
あっさりと受け入れた。自覚はなくても、30年彷徨っていたんだ。生きていれば43歳。俺の親と同じぐらいじゃないか。
「今までなんでそう思わなかったのかな? 自分が幽霊ってことに。あ、そういえばテレビで見たことがあります。自分が死んだということの自覚がない幽霊がいるって。それ私だったんですね」
冬峰は淡々と語る。なんでだ。なんでそんなに冷静でいられる?
「魁斗お兄さんは幽霊を吸収、できるんですよね? そうやって今まで色々な事件を解決してきたんですよね」
そうだ。その通りだ。でも、今回は。
「それじゃあ、私のこと退治するんですか?」
冬峰は、あっさりとそう言った。それが、妙に嫌だった。
「するわけないだろ!」
「どうして? 私は幽霊なんですよ? 幽霊退治が仕事じゃないんですか?」
「お前は、そうなってもいいのか? お前の夢は? 弟の分まで楽しむんじゃないのか?」
俺は、バカだ。こんなこと言ってなんになる。ただそうだな。きっと否定して欲しかったんだ。
「……」
「俺はお前が羨ましいって思ったんだ。将来のことをしっかりと考えれて……俺なんかと違って先のことを見ていた。俺はそんなお前のことがすごいって思ったんだ」
冬峰は答えない。黙って俺の言葉に耳を傾ける。
「今もそうだ! 普通自分は幽霊ですなんて突然言われても納得できないだろ? なのにお前はあっさり認めたじゃないか。どうしてそんなに冷静でいられるんだ?」
「……」
「なら伝えるなって思うかもしれない。それもそうだ。言わなければお前はずっとこの事実に気づかずに彷徨うことになる。知りたくないことだってあるだろうしな。でも言わなきゃダメだって思ったんだ。嫌がらせなんかじゃない。知ったからには伝えるべきだと思ったんだ」
「……」
「本来なら幽霊は消さなくちゃならないんだ」
冬峰は一瞬ビクッとした。ビビるのも無理はない。
「でも俺は消さない」
「……っ」
冬峰は答えない。
「俺は、お前に消えて欲しくない。だから、お前が! まだやり残したことがあるっていうなら俺はお前を消さない! だから……!」
「……です」
冬峰は、今にも泣きそうな声で答えた。
「消えたく、ない、ですっ……!」
俺はその言葉をしっかりと聞いた。
「まだ、まだ私はやりたいことがたくさんあるんです! 私だけじゃなくて! 弟の分も、生きたいんです! ……はは。もう死んでるんですけどね」
俺は冬峰の言葉をしっかりと受け止める。
「冷静だったかもしれないですね。でも、納得しちゃったんですもん。しょうがないですよ。それに、怖かった。あのまま消えちゃうんじゃないかって……だから、困らせたくなかった。泣き喚いて無理やり消える姿なんて、魁斗お兄さんに見せたくないしね」
俺が伝えた時、冬峰は消されると思ったんだ。ほんとは消えたくないけど、駄々をこねて消えたくないと言えば俺を困らせると感じたのだろう。だから冷静であるように演じていたんだ。
涙をこぼす冬峰。俺はその小さな頭を撫でた。
「大丈夫だ。俺はお前を消さない。お前がちゃんとやりたいことを全部終えるまで待っててやる」
冬峰は答えない。俺は続けた。
「俺がお前を消すと思うか? 安心しろって。やりたいことがあれば言えよ? 面倒みてやるからさ。だからさ、安心して笑えって。弟の分まで楽しむんだろ?」
冬峰は顔を上げる。そして涙を拭いて満面の笑みを浮かべた。
「はい!! もう少しだけ待っててくださいね!!」
「あれで、よかったの?」
側で見ていた富士見が俺に声をかけた。
「いいんだ」
「でもよアンタ。なんでわざわざ幽霊であることを伝えたんだ? どうせすぐに忘れてしまうのに?」
その通りだ。忘れるとわかっていて俺は彼女に真実を伝えたのだ。
「忘れるとしても、俺は冬峰の口から言葉を聞きたかったんだ。自分が幽霊と知って、どうしたいのかを」
「じゃあ怪奇谷君。もしあの時冬峰さんがもうこの世に未練はない……って言ってたらどうしたの?」
「その時は、消してたさ」
嘘だ。俺にそんな度胸はない。元々消すつもりなんてなかった。俺は卑怯だ。その責任を冬峰本人に押し付けたんだ。
「アンタにそんなことできるとは思えないけどね」
「私も同感。それで? ほんとに冬峰さんは放置でいいの?」
「しばらく様子見だ。もしなにか万が一のことがあれば、その時は俺がなんとかする」
それは本当のことだ。この問題には俺に責任がある。だから万が一のことがあれば俺が対処するしかない。
「アンタの甘さにはついていけないね。ま、それも良いところなんだけど」
「1つだけ気になるすれば、なんで冬峰さんは弟さんが神隠しにあったなんて思ったのかしら?」
富士見に言われて気づく。弟が死んだいう事実は彼女の頭の中で書き換わったのはわかる。しかしその後だ。どうしてそれを神隠しだと思った?
「それに、30年間の間。私達以外に接触した人はいなかったのかしら?」
確かにそうだ。気になる点はまだいくつかあるみたいだ。
「それに、冬峰に『幽霊相談所』を教えたって人。なんでその人は冬峰が見えていた……」
たまたま、だろうか? そうとも限らない。一旦解決、と思いきや再び問題が浮上してしまった。
「まあとりあえずいいだろ。その辺りはふじみーの不死身問題と一緒に解決法を探そうじゃないか」
「やれやれね。怪奇谷君大丈夫なの? そんなにいっぺんに問題を抱えて」
「まあ大丈夫ではないだろうけど、俺が引き受けた問題だ。責任を持って解決する。それに……」
「それに?」
俺は満面の笑みを浮かべて答えた。
「その方が、カッコいいだろ?」
とある日。
「あ、魁斗お兄さん!」
「おう。元気か冬峰」
「昨日はありがとうございます! わざわざ神社まで連れてってもらって……」
「いいよ、気にするな。またいつでも連れてってやる」
「わー! じゃあまた連れてってくださいね!」
「なあ冬峰。お前、人生をやり直せるとしたらどうしたい?」
「え? うーん、そうですね。もしやり直せるとしたら」
「したら?」
「今まで出来なかったことをしたいです!」
冬峰は笑って答えた。そうだな。じゃあ生前出来なかったことをさせてあげよう。もちろん弟の分もだ。
この選択に不満を抱く人もいるだろう。だけど、俺にはこれでよかったと思える。少なくとも、今目の前で笑っている少女を満足させずに消すなんてことできないだろ? だから俺は、決めたのだ。
少女が満足いくまで、その笑顔を守っていこう。
神隠し編 完
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