第21話神隠し編その9

神隠し編その9

 冬峰紅羽はすでに死んでいる。つまり、幽霊だと。富士見はそう主張した。違う、そう思い込んでも納得がいってしまう。なぜならそういう幽霊の存在を俺は知っている。

 浮遊霊。自分が死んだことに気づいていない幽霊。死んだことに気づいていないので、生前と同じような行動をとるらしい。基本的には同じような性格、性質の人間に憑依するらしいのだが。


「そりゃまああれでしょ。あの子が特殊な例ってことだ。アンタだってわかってるんだろ? ここが


「怪奇谷君、それはどういうこと?」


「この街。来遊市だよ。どうやらこの街は霊力とやらが溜まりやすい街らしい。だから例外的な霊が現れたりするんだ。不死身の幽霊みたいにな」


 富士見は実感が湧いたのか頷いた。つまりこの街の影響もあってか、冬峰は姿を見ることが出来る実体のある浮遊霊になったということになる。


「じゃあ、昨日の別れ際にいなかったのも……」


 あれはいなくなったんじゃない。消えたんだ。


「でも、どうしてだ?」


「そりゃあれでしょ。あの子が実体を持てたのはアタシらの近くにいたからなんじゃない? アンタは特殊な力を持ってる。ふじみーは不死身の幽霊。アタシは付喪神。ほら? こんだけ霊的存在が集まってればあの子をことぐらいできるでしょう?」


「じゃあつまり……冬峰さんは私達、あるいは霊的存在が近くにいなければ実体を保てないってこと?」


「確証はないけど、それしか今は考えられないね。だってそもそも浮遊霊って憑依タイプだし。見れること自体が特殊なんだ」


 つまり昨日の夜、俺からある程度離れたために冬峰は実体を保てなくなったということか。


「富士見。まだ言いたいことがあるんだろ?」


 ここまできたらもう誤魔化せない。富士見の考えを聞こう。


「ええ。まず最初に思ったのはやっぱり行動と言動ね。順に話してくわ」


 富士見の話をまとめるとこうだ。


 まずは行動。冬峰は中学1年だと言っていた。だというのに遊園地や部室に来ていた。

 冬峰が通う鹿馬中学は場芳賀高から比べると隣街に位置する。つまり、学校が終わった時間から場芳賀高に来るにはかなりの時間をかける必要がある。

 だというのに冬峰は放課後に場芳賀高の部室へと来ていた。ちなみに遊園地に行った日が創立記念日というのは本当だったみたいだ。


 次に言動。彼女との会話で所々噛み合わないと思った箇所があったと富士見は言う。

 なぜかかなり昔の話をしたり、今の現状に驚いたりなど。それを聞いて俺も冬峰との会話を思い出した。

 メダカの話。遊園地のアトラクションが変わっていた。rayという人物に憧れている。神社に着いた時の反応……当たり前だ。冬峰は30年前の人間なんだ。周りが変化していて当然だ。


 さらに富士見は気になったこと言った。服装についてだ。彼女はずっと制服だった。現に今も制服を着ている。それは死んだ時の姿のままだからだ。

 だから着替えるということも無く、あのままの姿で過ごしているのだろう。

 そしてそれを決定付ける結果があった。現在の鹿馬中学の制服はもう変わっているのだ。つまり、今冬峰が着ている制服は30年前のものということになる。


「……これで全部。私は幽霊に詳しくはないけど、それでも怪奇谷君は冬峰さんが幽霊じゃないって言いたいの?」


 富士見の言葉が胸に刺さる。こんなの、認めるしかないじゃないか。でも、それでも。


「あいつは……あいつはな。将来カッコいい大人の女性になるんだって……そう言ってたんだよ! そんなの、あんまりすぎるだろ」


 彼女が夢みた未来は、もう訪れない。その結論に絶望した。


「怪奇谷君、いやヘッドホンさんでもいい。浮遊霊って言ってたわね? どうするの?」


 富士見は告げた。そう。1番の問題はそこにあった。幽霊の冬峰をこの後どうするかだ。


「幽霊は基本放置していいもんじゃない。本人に自覚がなくても悪影響を及ぼすことがあるからね。といっても浮遊霊は低級だし大丈夫だとは思うんだけど……」


 ヘッドホンの言う通りだ。本来は放置できない。


「もしもなんだけど、冬峰さんにあなたは幽霊だって伝えた場合どうなるの? その……成仏されるの?」


「いや、それが違うんだよね。浮遊霊ってのは死んでいると自覚がない幽霊だ。つまり伝えたところですぐにその事実を忘れてしまうんだよ」


 ああ、それだ。冬峰が昨日の一部の記憶がないのはそれが理由だ。弟が死んだという事実イコール自分も死んだということになってしまうからだ。

 つまり自分が死んでいるという事実に繋がる出来事はすべて忘れてしまうんだ。


「それじゃあ冬峰さんはずっとこのままなの?」


「それじゃあ本人のためにもならないからね。除霊師が祓う、または特別な力を持つ人間がなんとかするしかない」


 ここでヘッドホンが言う特別な力を持つ人間とは俺のことだろう。

 そうだ。決めるのは俺なんだ。


「怪奇谷君、どうするの?」


 どうするもなにも、そんなの決まってる。


「少し、冬峰と話させてくれ」

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