幽霊がいる世界
蟹納豆
不死身編
第1話不死身編その1
この世界には幽霊はいるだろうか?
誰もが1度は議論するであろう話題である。いる派といない派でわかれ、お互いの意見を交わしあう。実際に話したところで解決もなければ和解もない。ほとんど意味のない話し合いだと思う。どこかUFOや宇宙人の話題に近いものを感じる。
だが実際に霊感の強い人が幽霊を見たという事例や、霊に取り憑かれて体調を崩すと言った話がある分、幽霊の話題の方がまだ現実味があるとも思う。
しかしこんな話を知っているだろうか? すべての幽霊が決して悪い影響を及ぼす存在ではないということを。
人間1人1人には必ず守護霊が憑いているらしい。守護霊とは、憑いている人間を守ってくれる幽霊とのこと。この霊が悪とは言えないだろう? 霊にも人間と同じで善人、悪人がいるのだ。
肝心なことを言っていなかった。ここまで語っておいて俺は幽霊の存在を信じるのかどうかだ。言うまでもない。俺、
俺の名前は怪奇谷魁斗。苗字は怪奇現象の怪奇に谷。名前は北斗七星の魁星の魁に、北斗の斗で魁斗だ。変わった苗字であることは自覚している。苗字も名前も説明が毎度毎度難しいのが頭を悩ませる。
7月6日。金曜日。学校に向かうため、俺は制服に着替えて家を出る。俺は
場芳賀高は俺の家からはそんなに遠くはなく、歩いて約10分ほどで辿り着く。進学するときも近くで行ける場所を選んだのが正直なところだった。
7月ということもあり、汗が少し鬱陶しいと感じる程度の暑さを感じた。
喉が渇いたので近くの自販機で飲み物を購入することにした。財布からお金を取り出し、俺はいつも購入しているGエナジーのボタンをポチッと押す。名前の由来は知らないが俺はこのエナジードリンクが気に入っている。
キャップを開け、ぐびぐびと俺の喉へと流し込んだ。うまい。これこそ安定の味というやつだ。俺はそのまま飲み続ける。
「あ〜、全く。アタシもそれ飲みたいな〜。飲ませてくれよ〜」
甘ったるい声がした。それもすぐ近くからだ。しかし俺の近くには人はいないし、誰かが近づいている様子もない。それに声の位置も普通ではなかった。耳よりも少し下。主に首元辺りから聞こえるのだ。俺は声の主に向かって返事をする。
「やめとけよ。どうしても壊れたいならぶっかけてやるぞ?」
側からみれば意味不明な光景なのだろう。誰もいないのに、俺は1人で誰かに向かって話しかけているのだ。
「チッ……そんなことされたぐらいでアタシが壊れるとでも思ってるのか? 大体よ〜、アンタの汗がさっきからベタついて気持ち悪いんだよ。とりあえず汗が出ないように手術を勧める。安心しろ、金ならある。大量のガラクタと引き換えにだがな〜」
「それは俺の大切なコレクションだからな。そんなふざけた理由で売るわけにはいかないな」
ここでいうガラクタってのは俺の家にある俺のコレクションのことだろう。俺のコレクションってのはイヤホン、ヘッドホンのことだ。俺の趣味は音楽鑑賞なのだ。その時の気分などで機器を使い分けているのだ。
「そうか。ならアンタはアタシを売るっていうんだな。この超限定激レアヘッドホンを売ってアンタは汗を止める手術をするんだな!」
「いや、そもそも俺手術するなんて言ってないんだけど」
「アタシに汗を当てない為にそこまでしてくれるとはなぁ〜。さすがアンタは違うなぁ〜……ん? あれ、なんかおかしくないか? アタシを売って手に入れた金で手術しても、アタシがいなきゃ意味がないじゃないか!」
「だからそもそも手術するとも言ってないし、お前を売るわけないだろ」
勝手に話が進んでいたので一応訂正だけしておいた。俺は1度Gエナジーをカバンにしまい、歩き始める。
「おいアンタ」
首元にぶら下がっているヘッドホンから再び声がする。
「そろそろ試してみないか?」
試す? なんの話だ? 身に覚えがないので聞き返してみた。
「試すってなにをだよ?」
「アタシを使って音楽が聴けるかだっ!!」
即答された。そういえばこんな会話を前にもしたような気がする。
「つってもなー、お前壊れてるからな。絶対使えないと思うぞ?」
「甘いな。アタシが取り憑いたんだ。もしかしたら結果として治っているかもしれないしそうでないかもしれない。それどころか超弩級な高音質になってるかもしれないぞ!!」
「なんで今そうでもないかもしれないとか余計なこと言ったんだよ! ついでに言っておくが俺は重低音が好きなんだよ!」
などとやりとりしているうちに学校へと着いてしまった。
「はぁ、アンタがはっきりしないから学校に着いてしまったではないか。全くほんとに情けない男だな〜」
「お前さっきまで褒めてなかったか?」
さすがにヘッドホンと会話している姿を見られるわけにはいかないのでここで会話を止める。ヘッドホンも空気を読んだのか、話しかけるのをやめてくれた。
ここで一応軽く説明しておくと、俺は見えない何かと会話をしていたのではなく、この首元にぶら下がっている銀色に輝くヘッドホンと会話をしていたのだ。
なぜヘッドホンが喋れるのか? それはまた別の機会に説明しよう。
「よっ! 魁斗!」
不意に背後から声をかけられる。そこには金髪で派手なネックレスをつけたチャラ男がいた。
「剛か。おはよう」
このチャラ男は俺の小中高と同じ友人だ。親友とまではいかないかもしれないが、こいつはたびたび俺のことを親友といい頼みごとをしてきたりする。いわゆる悪友というやつだろう。
「お? あんまり元気ねーな。Gエナジー買い忘れたんじゃないか?」
「俺が買い忘れるとでも?」
「なんだ! じゃあなんでちょっと疲れてんだ? 夏バテか?」
ああ、このヘッドホンと喋ってたら疲れちまったんだよ。とは言えるはずもなく、教室に向かう。
途中、剛は気になることを言ってきた。
「なあ、魁斗さ。お前、不死身って……信じるか?」
この金髪チャラ男が絶対しないような真面目な顔でそんなことを言ってきた。
「不死身ねぇ。ある意味幽霊が不死身とも言えるかもしれないよな」
「お前の得意分野の話はいいんだよ! で、どうなんだ? 不死身ってあると思うか? 例えばカッターで手首を切っても傷つかなかったり、あるいは傷ついてもすぐに元どおりになってしまうとかさー!」
「らしくないな。お前そんなに考え込むキャラじゃないだろ」
剛は一瞬間を置くと、周りをキョロキョロしだした。
「お前あれだろ。幽霊相談所みたいなのやってんだよな?」
「いや、そこまでのことじゃないよ。相談所なんて。俺はただ頼まれて話を聞くぐらいだよ」
剛が言ってることに間違いはない。相談所というと大袈裟だが、実際に俺に助けを求めて声をかけてくる人は過去に何人もいた。話を聞くというのは嘘ではないが、実際にはそれ以上のことをしている。けどそれは今話すことではないようだ。
「だからさ、それなりに噂は聞いてるかもしれないんだけどよ」
剛は周りを気にしながらゆっくりと話し出す。
「不死身の女がいるって噂だよ。聞いたことないか? ちょっとしたことじゃ全く傷がつかないらしくてよ。致命傷を受けても徐々に再生するらしいんだってよ」
ニワカには信じられない話だと思った。とはいえ少し前に比べればある程度の非常識は受け入れられるようになっていた。
「で、その女を昨日見ちまったんだよ。しかもうちの高校の制服着てた!」
「なんでその女ってわかったんだよ?」
剛は一瞬なんて話そうか考えたのか腕を組み考え込む。結論が出たのか語り出す。
「いや、その……その女さ、路地裏にいたんだけどよ。俺はたまたま落ちてたエロ本に惹かれて路地裏に入ったんだよ」
なにかどうでもいい情報を得た気がするが気にしない。
「最初はただそこに立ってるだけかと思ったんだけどよ。よく見たら……ナイフが、その……首に刺さってたんだ」
ナイフが首に刺さっていた。ここまで聞けば話の流れは想像がつく。
「普通っ! 首にナイフなんか刺さってたら死ぬだろ! なのにあの女はナイフを抜いて……!」
「それでも死んでなかった。そしてその傷が回復した、ということか?」
剛は無言で頷く。普通に考えればあり得ない話だ。それを可能にしてしまう霊など存在していたか?
「あの女が不死身の女で間違いないって! 噂は本当だったんだよ! それともそういう幽霊がいるのか⁉︎」
俺の知っている限り、そんな幽霊は聞いたことがない。浮遊霊……かとも思ったがそれはないだろう。
浮遊霊は自分が死んでいることに気づいていない霊だ。そんな霊がナイフを首に刺して死なないとわかったら自身が霊であることに気づいてしまう。つまり矛盾が生じる。
「そうだな。俺も調べてみるよ。で、どんなやつだったんだ?」
「それがよ、暗かったから顔までははっきりとわからないんだ……髪は短かったな」
「それだけか? それじゃあ女とも決めつけられないだろ」
「いや、それはないな。だって不死身の女だぜ? それにおっぱいが大きかった」
「その状況で胸に意識を集中できるお前を尊敬するよ」
「あれは間違いなく女だ! それでもお前が男と主張するなら俺は構わんぞ! でもそうなると奴は胸に意味もなくデケェパッドを入れてたことになるんだぞ⁉︎ そんな奴をお前はこれから調べようってのか??」
「そこまでいってねーだろ! わかったよ、とりあえず女ってことにしとくよ」
「とりあえずってお前あの膨らみ方はなっ!!」
俺は金髪チャラ男の言葉を無視して考える。不死身の女。同じ高校。やはり幽霊絡みなのだろうか? だとすれば本当にこの街は
放課後。俺は剛から聞いた路地裏の近くまでやってきていた。不死身の女についてなにか手掛かりがあるかもしれないと思ったからだ。
「お前はどう思う?」
俺は首元にぶら下がっているヘッドホンに出来るだけ小さな声で話しかける。
「なに? 今アタシは自分の世界に入り込んでいるとこなの。アンタのような超底辺野郎に構っている暇はないの? わかる?」
とりあえず無視しておこう。
「不死身の幽霊。自分で言っておきながらかなり矛盾してるよな。死んでるのに不死身ってよ」
不死身は死なないから不死身なのだ。なのに死んでいる幽霊に対して不死身というのはおかしな話だ。
「……まあいい。だが考えてみろ。常識から外れた存在もいるということをアンタは忘れちゃいけない。アタシもアンタも」
ヘッドホンの言う通りだ。この街に常識はない。非常識なモノをこの目で見てきたからそれがよく理解できる。
「とりあえず今日は帰るとするか」
「なんだ、もう帰るのか? せっかくいつもと違う道に来たんだ。もう少し散歩してこ〜よ?」
俺はそのままこの場から立ち去ろうとした。その時だった。
目の前に、人が立っていた。いや、人が立っているなんて当たり前のことだ。普通であり、常識的なことだ。だが何故だろう。目の前に立っている人は普通じゃない、非常識的な存在だと認識してしまったのは。
「おい! アンタ!」
「へ?」
ヘッドホンが叫んだ時には遅かった。俺はその人に体当たりされ、そのまま路地裏の奥の方まで押し倒されてしまった。
なんだ、なにをされた? 攻撃なのか? この女が何をしてきたのかさっぱりわからなかった。
女? なんで俺は女とわかったのだろう。押し倒された時に押し当てられた柔らかいもの。これがなにかは説明する必要はないだろう。俺は金髪チャラ男と同じような感覚でこの人の性別を判断してしまったことに少し落胆した。
「っていや、そんなことはどうでもいいんだよ! あんたどういうつもりだよ!」
俺は俺に乗りかかっている女を立ち上がらせる。目の前には同い年ぐらいの少女が立っていた。髪は短めで、場芳賀高の制服を着ていた。どこか不思議な雰囲気を醸し出し、その瞳からは何かに対する執念のようなものを感じとれた。
ここまで考えて俺の中で何かが繋がった。短めの髪、場芳賀高の制服、そして先程の柔らかい物体。まさか? この女が?
「あんた、まさか……」「あの!!」
俺が話を続ける前に少女は口を開いた。そして自らの口で、震えた声で、こう言ったのだ。
「私を、殺してくれませんか?」
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