:第16章 「新魔王・新勇者」
・第233話:「後始末」
反乱軍が、ヘルマンが敷いた罠を打ち破ってから、数日が経っていた。
その間、エリックたち反乱軍は、戦いの後始末に追われ、ほとんど休む時間もない状態だった。
なにしろ、デューク伯爵の城館と城下町でくり広げた戦いによって多くの犠牲が出ているだけではなく、破壊された施設も数多くあり、なにより、100頭以上もの竜たちの死体を処理しなければならないからだ。
まず優先されたのは当然、負傷者の救出と治療だった。
このために無事だった城下町の家屋が臨時の病院として利用され、救出された負傷者たちがひっきりなしに運び込まれては、かき集められた医療知識を持った人々による治療が施されていった。
同時に、街のあちこちで生じていた火災の鎮火も急がれた。
デューク伯爵の城下町は歴代の領主たちによって防火も考慮された構造にはなっていたものの、それでも放っておけば延焼することは免れ得ず、鎮火でもたつくとせっかく無事で残った施設も焼け落ちてしまうかもしれなかった。
負傷者を救い、街を火災から守る。
このために、人間も、魔物も、亜人種も関係なく協力しあうこととなった。
それは、エリックたち反乱軍が、聖母を打倒した先に作りたいと願っている世界の光景だった。
ヘルマンによる攻撃はエリックたち反乱軍に大きな傷を負わせたが、同時に、反乱軍の団結をより強める結果をもたらしていた。
そうして負傷者や火災の処置が終わると、段々と実際の被害が明らかになって来るのと同時に、遺体の処理という、大きな問題に直面することとなった。
反乱軍が受けた被害の中で特に大きかったのは、デューク伯爵の城館にいた人々の被害だった。
ヘルマンに最重要の攻略目標とされ、その激しい攻撃にさらされた城館にいた人々は、その半数以上が死傷していたのだ。
その中には、エリックにとっては昔馴染みの、自身では戦う術を持たなかった使用人たちも、多く含まれている。
その無残な死に様は誰もが目をそむけざるを得ないようなもので、エリックたちは、聖母たちの残酷さを改めて思い知らされるような気持になった。
だが、人間や魔物や亜人種たちの遺体は、まだ、いい。
反乱軍側の犠牲者たちは墓所を作って埋葬し、聖母たちの陣営にいた者たちの遺体は集団墓地として城外に作った大きな穴にまとめて埋葬するという、言い方は悪いが、戦争の時にくり返されてきた、一般的な埋葬をすればいいからだった。
だが、100頭以上もの竜たちの死骸の処理は、困難を極めた。
竜は巨大な生物であり、墓穴を作るのには、大きな労力が必要だし、広い場所も必要だからだ。
そのまま放置しておくことは、当然、できない。
竜の死骸が無造作に転がったままでは、破壊された施設の復旧や、残された施設の利用もできないし、なにより、腐敗すれば耐え難い悪臭を放つのと同時に、疫病を蔓延(まんえん)させる原因ともなり得るからだ。
この厄介な竜の死骸を処理するために、反乱軍は、その場で周囲に延焼しないように処理してから火葬し、骨だけにして、集団墓地にまとめて埋葬することとした。
竜たちの死骸にはうずたかく薪(たきぎ)が積み上げられ、そして、火がかけられていく。
そうして竜たちの死骸は丸一日以上かけて骨だけにされると、馬車によって回収され、地中に埋められていった。
そういった作業は重労働だったが、エリックにとっては、内心、ありがたいことでもあった。
ヘルマンを、逃がしてしまった。
その、エリックの心の中で大きく存在し続けている後悔の感情から、作業をしている間は目をそらすことができたからだ。
エリックにとって、ヘルマンは、聖母と同じか、それ以上に憎い相手だった。
必ずこの手で殺してやると、そう誓っていた相手だった。
そんなヘルマンを、殺す、その絶好のチャンスを、エリックは不意にしてしまったのだ。
今もこの世界のどこかでヘルマンが呼吸をしているかと思うと、虫唾(むしず)が走る。
だが、エリックがその選択をしたのは、すべて、リディアを救うためだった。
あの時、リディアはヘルマンの吐いた毒を受けて瀕死の状態であり、聖女としての力で、かろうじて命をつないでいた。
すぐに治療を受けなければ危険な状況で、そして、周囲にはエリック以外にリディアを救える者は、誰もいなかった。
エリックのリディアへの感情は、複雑だ。
そして、リディアからエリックへの感情も、複雑なものだ。
共に仲間として旅をし、互いに背中をあずけて戦った、仲間としての気持ち。
そして、その旅の目的を果たした瞬間に、裏切られ、裏切ったという気持ち。
エリックはリディアへの恨(うら)みを忘れたことはなかったが、しかし、彼女に対する関係を、この、嫌な距離感を持った状態で終わらせたくはなかった。
だからエリックは、リディアを救うことを選んだ。
そのことに、間違いなく後悔は、ある。
ヘルマンをあのまま生かしておくことが許せない、というだけではなく、絶対に、後でもっと面倒なことになるに違いないと、わかりきっているからだ。
だが、エリックは、自分の選択を、正しかったと信じている。
少なくとも、リディアの命を救うことはできたからだ。
エリックから助けを求められたクラリッサは、リディアを救うために全力をつくし、そして、それを成し遂げてくれた。
体中に回ったヘルマンの毒は厄介な存在だったが、クラリッサは元魔王軍の魔術師たちから、魔物の毒の解毒方法なども教えてもらい、その協力を得て、なんとかリディアの命をつないだ。
この数日の間、リディアは眠り続けている。
一命をとりとめたとはいえそのダメージは深刻なもので、回復するには、時間が必要だった。
だが、リディアは、生きている。
エリックはそれを、嬉しいと感じていた。
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