・第8話:「魔王軍包囲殲滅戦:5」
駆け出したエリックに続いて、5人の仲間たちが、そして、教会騎士団を中心とする第三梯団の兵士たちが一斉に喚声をあげて、城門へ向かって殺到する。
「ダメだ! 下がれ! 下がれェ! 」
役目を終えて炎上する破城槌(はじょうつい)の下から、悲鳴のような警告の言葉が発せられたのは、勇者を先頭に人類軍が突撃を開始した直後のことだった。
先頭を走っていたエリックには、炎の揺らめきの向こうでなにが起こっているのかを見て取ることができた。
それは、1頭の、オークと呼ばれる醜い豚の怪物のような魔物だった。
全身傷だらけで、まともな治療をする余裕もないのかボロボロの衣服を身にまとったみすぼらしいオークだった。
放っておいても、もうしばらくすれば死ぬ、そんな、消え行く命だった。
だが、その双眸(そうぼう)は、炎の揺らめきの向こうでも爛々(らんらん)と、強い意志で輝いているのがわかるほどだった。
「みんな、止まれ! 」
エリックは、そのオークの背中に巨大な樽(たる)が一つ、背負われていることに気がつくと、慌ててありったけの声を振り絞って叫んだ。
オークが、雄叫びをあげる。
野太く、くぐもった、おぞましい雄叫び。
そして、オークは叫び声をあげながら、燃え盛る破城槌(はじょうつい)へと、体当たりするように飛び込んだ。
「魔王サマァ! バンザァイ! 」
オークがそう叫ぶのと、その背中に背負われていた樽(たる)に炎が引火し、爆ぜるのはほとんど同時のことだった。
オークが背負っていた樽(たる)には、大量の火薬が詰まっていたのだ。
それも、中には細かく砕かれた陶器の破片や石などが混ぜられており、爆発の力でそれを周囲へとまき散らして広範囲を殺傷する、強烈な兵器だった。
オークは、自爆兵だった。
おそらくは、城門が破壊され、人類軍がなだれ込んでくる瞬間、勇者であるエリックが先頭をきって駆けてくるだろう時を狙って、自身の命と引き換えに巨大な爆発を起こし、あわよくばそれで魔王にとっての脅威である勇者を始末しようと試みたのだろう。
幸いにも、エリックは無傷で済んだ。
エリックが事態に気がつくよりも先に事態を察し、呪文を唱えていたクラリッサの防御魔法がギリギリ、間に合ったからだ。
だが、守ることができたのは、エリックたちだけだった。
破城槌(はじょうつい)を振るっていた兵士たちも、エリックに続いて突撃しようとしていた兵士たちも。
強烈な爆発によって吹き飛ばされ、飛び散った破片になぎ倒されていた。
クラリッサの魔法で守られたといっても、爆発の轟音はエリックから一時的に聴覚を奪い去り、激しい耳鳴りがエリックを襲っていた。
聴覚が使い物にならない以上、周囲の状況を知るためには視覚だけが頼りだったが、それも、爆発によって大量に生まれた硝煙に阻まれて思うようにならない。
「みんな!? 大丈夫か! 」
エリックは仲間たちの安否を確認し、その無事をどうにか確かめることができたが、聴覚を奪われ、硝煙で視覚も遮られて、状況を把握できずにいるのはみんな同じであるようだった。
(一度、下がって態勢を立て直した方がいいか……)
エリックは頭の中でちらりとそんなことを思っていたが、しかし、すぐにその考えは捨てなければならなかった。
なぜなら、目の前に、すさまじい形相をした魔王軍の兵士たちが、硝煙の煙も、未だに燃えている残骸と化した破城槌(はじょうつい)の炎も突き破って、エリックめがけて突撃をしてきていたからだ。
そのほとんどが、身体のどこかに傷を負っている、負傷兵たちだった。
魔物も、亜人種も、それぞれの武器をかかげながら、ただ、エリックだけをめがけて突っ込んで来る。
音はまだよく聞こえなかったが、エリックには、硝煙の中で彼らが雄々しく叫んでいることが理解できた。
それに、地面についている足を通して、彼らが突撃してくる、地響きも感じ取れる。
それらのすべてが、エリックに向かって迫って来る。
自然に、エリックは緊張し、息が詰まるような思いがした。
だが、エリックがその身をこわばらせていたのは、ほんの一瞬のことだった。
白兵戦が得意ではないクラリッサに後ろに下がるように叫びながら、エリックは聖剣を手に前に出る。
城門が突破されるのに合わせ、自爆兵を突っ込ませ、それに続いて魔王軍が突撃してくることの狙いは、明らかだった。
勇者・エリックと、聖女・リディアを狙っているのだ。
聖母から勇者として選ばれ、魔王を倒すことのできる聖剣を委ねられた存在、勇者と聖女。
その2人を倒してしまいさえすれば、実質的に、魔王を倒せる存在はいなくなる。
そして、魔王さえ無事であるのなら。
魔王の強大な力で魔王軍はこの戦況をくつがえし、あるいは脱出して、再起を図ることができる。
少なくとも、聖母が次の勇者と聖女を選ぶまで、時間を稼ぐことができる。
突撃してくる魔王軍の兵士たちはみな、傷つき、疲弊(ひへい)し、衰弱した様相だった。
だが、彼らの視線は、自ら炎の中へと飛び込み、その命を魔王と、魔物と亜人種たちのために捧げたオークのものと同じように、爛々(らんらん)と輝いている。
彼らは、1人たりとも、勝つことをあきらめてはいないのだ。
魔王さえ生き残れば、最後には必ず魔王軍が勝利すると信じ、この最後の攻防の瞬間に、ただひたすらに、勇者と聖女を討ち取るべく突撃してきているのだ。
エリックは、彼自身も雄叫びをあげながら、突っ込んで来る魔王軍の兵士たちを迎えうった。
突撃してくる魔王軍の兵士たちが、どれほど強固に決死の覚悟を固め、どれほど強く勝利を信じていようとも。
エリックにも、ゆずれない覚悟があった。
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