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 あれから時間が流れた。絶対的な時間としては三週間と経ってないはずだが、その間に起こったあれこれのことのもたらす相対的な絶望の嵩は、僕から人間らしさというものを奪い去るのに十分であった。


 あれから。ぼくは海に逃げ込んだ。地上にいると、あっという間に自分のいるホテルを破壊したり、人間を踏み潰したりしてしまいそうだったからだ。だが、大西洋の荒波に身を任せ続けるのも、流石にもう限界だと思う。長官はぼくを死なせないために、あるいは僕を人間に戻す手立てを考えるために、あれこれの手を練ってくれているようだったが、残念ながらその気持ちは彼から僕に対する一方通行のものに過ぎなかった。


 頼む。


 早く。


 僕を殺してくれ。どんな手を使ってもいい、僕を殺してくれ。さもなければ、僕はこのニューヨークを、合衆国を、世界を、そして果てには地球を、滅ぼしてしまうであろうことは疑いもない。


 とっくに、人間らしい声を発することなどは不可能になっている。スマートフォンの操作なんてのは論外以前の問題で、こちらから人類に対してコミュニケーションを取る手段というのはとっくの昔に一つもない。


 だから、僕が実は人間であった頃とまったく変わらない理性を維持しているという事実を、誰も知らない。長官も。


 そろそろ、限界だと思う。理解してもらわないといけない。僕は怪物で、人類の敵で、殺さなければならない存在なのだということを。そう。僕は、言ってみれば。


 怪獣、とでも言うべき存在なのだ。


 僕はマンハッタンに上陸し、手当たり次第に摩天楼を薙ぎ倒して回った。もちろん、民間人の避難はとっくに済んでいる。民間人じゃない人間は少なからず残っているはずだが、そういう連中にはこの際、殉職してもらう以外になかった。かかっているのは地球の命運そのものなので、その次元の心配をしてやることはさすがに、できない。命知らずのジャーナリストとか、大勢いたことだろうと思うが、恨むなら自身の蛮勇と、このクソッタレな現実そのものを恨んでもらうより他はない。


 しばらく暴れていると、ふと、遠くから航空機が飛んでくるのが見えた。大型だ。戦略爆撃機だろう、核搭載型の。僕はじっとそれを見る。爆撃機は、爆弾を投下し、そして上昇した。


 カッ、と光がニューヨークを包み込んだ。ニューヨークが光と炎に包まれ、燃えていく。誰のせいでこうなったかと言えば僕のせいだが、これで僕が死ねば、ニューヨークと引き換えにこの星が、この世界が救済されることになる。どうか、僕を。眠らせてくれ。このまま。

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