魔界よりも魔界らしい場所とは ~降ってきた彼女が見たもの~
睡蓮
第1話 降ってきた彼女
今日は魔法学校の卒業認定テストの結果発表がある。常に成績上位であった彼女は当然卒業が認められ、推薦で地方の魔法管理事務所で働くものだと思っていた。
自分が描いていた進路が現実になると思えば、身も心も軽くなる。ふんふんと鼻歌を歌っていた時、突然気流が乱れ、彼女は小さな悲鳴と共に地面に突如開いた深い穴に吸い込まれていった。
何が起こったかわからないまま、漆黒の世界に落ちていき、やがて一抹の光を感じたと思ったら、砂利にお尻がぶつかった。
「あ痛たた、ここはどこ?」
彼女が見たものは日本の原風景、里山だ。
緑が眩しい小高い山々に、目の前に流れる小さな川、反対側にはカエルが大合唱している田んぼが広がっている。青々とした葉が茂るそこにはイトトンボと呼ばれる小さなトンボが飛び、もっと高いところでは猛禽類が優雅にクルクルと輪を描いている。
「私、どうしたの?」
訳がわからない彼女は、とにかくここがどこかを上空から確かめようと飛行魔法を発動しようとする。
が、いつもは感じる体からの魔力の発散が全く感じられない。もちろん体は浮かない。
焦りながら何度も必死になって試みるが何も変化は起こらない。
周囲をもう一度見回せば、遠くに家が数軒見える。あそこに行けば事情がわかるかも知れないと思い、歩き始めた。
普段はどこに行くにも飛行魔法を使っているので、歩くのは家や学校の中くらいだ。当然筋肉も体力もない。
「歩くのってこんなにキツかったっけ?」
目的の家がまだまだ遠くに見える。時折他の魔法が使えないかと試してみても、空気中に僅かな魔素を感じるだけで、自分の体にあるはずの魔力は全然感じない。
頭は混乱しているが、とにかく状況を把握しなければという思いだけで体を動かしていく。
後ろからガタガタという音がしたと思ったら、小さな自動車が止まり、窓から青年が顔を出した。
「何をしてるんだ」
訝しげに声を掛けたが、それもそのはずで、麗は漆黒のドレスを着て、ローファーを履いている。こんな格好を砂利敷きの農道で見かけることは天文学的確率であり得ないことだ。
「貴方は誰?それとここはどこなの?」
「俺は
麗も和臣もお互い訳がわからず、ここじゃ暑いからと和臣は麗に有無を言わせず車の荷台に乗せた。ドレスだと服が運転の邪魔になるので脇に乗せられなかったのと、いつでも逃げられるという安心感を与えるためにそうしたのだ。
着いた家は、茅葺きでとても屋根が高いものだった。
「悪いようにはしない。ま、入ってくれ」
恐る恐る麗が敷居をまたぎ、その先にある居間に案内される。
「あ、あの」
座布団に座る前に、モジモジしている様子の麗を見て、トイレならあっちだとぶっきら棒に声を出す。これも和臣の配慮で、どうせ盗まれるものなぞないから、自分は女性に無関心だと思わせて好きに行って来いということだったのだ。
和式トイレではドレスなぞ使えないから麗はそれをドアの前に脱ぎ捨て中に入った。
身軽になり、小さな個室で一人きりになったら、冷静になってきた。
異世界だの転移だのという言葉は聞いたことがあった。
魔法が上手く使えないクラスメイトを転移者だと揶揄っていた男子がいたことも思い出した。
今までの世界でそんなストーリーのライトノベルも読んだ記憶だってある。
そんなおとぎ話が現実にあるとは全く想像できなかったが、それが事実だと理解せざるを得なかった。
「戻りたい」
ポツリと呟いた彼女に応答するようなタイミングで「服を置いておくぞ」と和臣の声がした。
和臣が用意してくれたのは上下組のジャージで、それもガッチリした体形の彼に相応しい大きめのものだった。かなり細身の麗には合わなかったが、ここではドレスより遙かに動きやすいからそれを着ることにした。
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