第11話 超巨大ムカデ襲撃

 ガスボンベ、ビール瓶、灯油、そして台車。俺たちが集めた、作戦に必要な道具であった。鍾さんは手際よく、瓶と灯油、布を使って火炎瓶を製作した。

 立てた作戦はこうだ。まず門付近のアスファルトの地面に段ボール詰めのガスボンベを置いた上で、おとり役がメグミさんの持ってい懐中電灯を振ってムカデをおびき寄せる。ムカデがこちらに突進してきたら、おとり役はちょうど良いタイミングを見計らって、ムカデと垂直になるよう走り出して突進を回避する。そして、ムカデが勢い余って突っ込んできたところで別棟の屋上から火炎瓶を投げ落とし、ガスボンベを起爆。ムカデを爆発に巻き込んで倒す。というものだ。

 この作戦で一番危険なのは、何といってもおとり役だ。走り出すタイミングが早すぎれば、ムカデはおとり役を追いかけていってしまい、ガスボンベのところまで誘導できない。かといって遅すぎれば、おとり役は食い殺されるか冷凍ガスで凍らされる。失敗すれば真っ先に犠牲になる役目だ。


「お、おれはおとり役とかやらんぞ!」


 真っ先に首を横に振ったのは、やはり吉崎であった。誰も吉崎に任せるなどと言っていないのに。


「……俺がやります」


 おとり役をできるのは、俺しかいない。俺自身、そう判断せざるを得なかった。鍾さんは火炎瓶を投げる役目が適任であろうし、銃を扱えるメグミさんにも、やはり別の役目を任せたい。吉崎は腰が引けすぎて、役に立ちそうにない……となると、消去法で俺しか残らない。足の速さにはさほど自信がない。けれども、やるしかないのだ。

 俺はガスボンベを乗せた台車を押して、部屋を出ようとした。その時であった。


 給湯室の電灯が、ふっと消えた。


「停電?」

「も、もしかして奴が電線を切ったんじゃあねぇか……?」

「そうかもな。となると、ムカデはもうすぐ外にいるってことになる」


 メグミさんがスイッチをぱちぱち鳴らしているが、電灯はつかない。部屋は真っ暗だ。メグミさんは懐から懐中電灯を取り出して明かりをつけた。


「まずいじゃねぇか! アンタその銃で何とかしてくれ!」

「さっきも言っただろう。この散弾銃では倒しきれない可能性が高い」

「殺せなくても、怯みはするだろう。その間におれたちを逃がしてくれよ!」


 吉崎という男は、本当に身勝手なことを言うもんだ。それはメグミさん一人を捨て駒にするのと同じだ。こいつだけはこの雪山に放置してもバチは当たらないのではないか。


「いい加減にしろよ吉崎。今までさんざん俺たちに暴力振るっておいて、今度はメグミさんを犠牲にするってのか!?」

「や、やめろ。すまなかった……」


 俺はさっきと同じように胸ぐらを掴み、言い放った。本当に、こいつには我慢がならない。


「……実はな、娘が高校受験するんだ。だから絶対に帰らないと……でももう会社も潰れるし、生きて帰ったとしても何もかもおしまいだぁ……」


 知ったことか。それが、俺の偽らざる感想だ。大体、童貞で生涯を終えるルートに乗ってしまった俺に、妻子ある男の悲哀なんかを訴えられたところで、かけらほどの同情心も湧かない。

 俺が吉崎を突き放した、その時――


 突然、ガラスが強い力で突き破られる音がした。振り返ると、シンクのすぐ上にある窓ガラスが盛大に割れていた。


 その割れた窓の向こうからが、触角を震わせながらこちらを覗き込んでいる……


「やべぇ! 来た!」


 俺が叫んだのと、部屋に凄まじい冷気が吹き込んできたのは、ほとんど同時だった。窓越しに、ムカデが冷凍ガスを吐いたのだ。冷気にやられる前に、俺は台車をドアにぶつけて開き、廊下に飛び出した。


「な、何であいつこっちが分かって……」

「ムカデは地面の振動には敏感だ。雪の上を歩いたんならともかく、アスファルトの上を走って逃げたから、ここに駆け込んだことがバレたんだろう」


 メグミさんは俺に語りながら、窓の向こうのムカデに銃を向けた。次の瞬間、もう聞き慣れてしまった銃声が、しんと冷えた廊下の空気を震わせた。


「ちっ……効かないか」


 銃弾は、ムカデの頭部にことごとく弾かれた。ムカデはまたも冷凍ガスを噴射してきたので、メグミさんは乱暴にドアを閉めた。


「ワタシ火炎瓶持って上行きます」

「ああ、頼んだ。私たちは外にガス缶を運び出そう」

 

 階段を上がった鍾さんを見送ってから、俺たちは玄関に向かった。メグミさんが先を行き、俺は台車を押してその後に続いた。

 外に出ると、鮮やかな日差しが、俺の目に飛び込んできた。積もった雪に朝日が反射して、きらきらとダイヤモンドのように光っている。こんな緊迫した状況でなければ、素直に感動したかも知れない。

 段ボールを台車から下ろした俺は、メグミさんから懐中電灯を受け取った。だが、肝心のムカデの姿が見えない。給湯室の窓は玄関と反対側にあるから、まだムカデはこちらからは影になる場所にいるのだろう。ムカデが現れるとしたら、山荘の左右どちらかからぐるっと回ってこちらに来るはずだ。

 

「ぎゃあああっ!」


 突然、人の絶叫が聞こえた。誰かがムカデに襲われたのか。


 ――そういえば、吉崎はどこに……?


 俺の疑問は、すぐに答えを得た。


「助けてくれぇ!」


 牙でがっちりと吉崎を咥えたムカデが、薪置き場の陰からぬらりと現れた。吉崎は脚を引きずられながら泣き叫んでいる。牙の刺さった脇腹からはとめどなく血が溢れており、アスファルトの地面を赤く塗っている。

 そこに、銃声が響いた。俺の背後に広がっている、敷地外の針葉樹林に身を潜めていたメグミさんが発砲したのだ。銃弾は首根っこの辺りに命中し、そのはずみでムカデは咥えていた吉崎を離した。

 ムカデは脚を波打たせながら、こちらに突進してくる。俺はとっさに、右側の方に向かって走り出した。


「今だ!」


 走りながら振り返った俺は、二階のベランダに立つ鍾さんに叫んだ。この台湾出身の大男は、大きく腕を振りかぶって点火済みの火炎瓶を投げた。

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