月が綺麗だから

O(h)

第1話

 惑星のクレータにひとつのベンチが置かれている。青いベレー帽をかぶった少女がひとり座っている。彼女は祖父からもらった1枚の金貨をそのベレー帽のなかにそっとしまっている。

 風は全く吹いていない。固体のような空気を従えて、時間だけが静かに流れてゆく。

少し微睡んでいたのだけれど、頭上斜め40度に光った彗星の光彩で少女の意識は再び覚醒に向かう。


暗闇


 少女はベレー帽の中から金貨をそっと取り出し、細い指先で摘まんでそっと頭上に持ち上げて漆黒の宇宙にかざす。

月を模したその金貨は少女にとっての宝物。

その円の周囲にある闇の深さが一層と際立ってゆく。 


いにしえに絶滅したそのちいさな惑星の民の存在は、幾億の星々の記憶の底に眠りおちる。


草木も絶えた黄色い砂上に設えたベンチに座り

その星々の記憶を少女はゆっくりと時間をかけてなぞってゆく。

所々に散らばっているクレータと、灰色の宇宙船の残骸。それらはこの惑星の哀しい痛みの象徴。

 やがて少女は静かに立ち上がり、『綺麗な月』という名を与えられた金色の硬貨を頭上に掲げたまま、ゆっくりと歩きはじめる。

 奇跡などない。けれど、もし奇跡が起きるのならば少女はなにを希うのだろう。静かな凪の海のような心。

少女のその心の底から湧き出るものはなんであろう。

ふと振り返った彼女の視線の先には黄色い砂の地表とちいさなベンチがジオラマのように映し出される。

またひとつ、まばゆい光を放つ彗星が暗く深き宇宙を駆け抜けてゆく。





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