第19話 いつまでも逃げていられない~ノア視点~

※王都に旅立つ前日のお話です。


自室に戻り、ソファーにドカンと座る。


「父上…」


ステファニーの幼馴染、ダンも無事に帰ったと喜んだのも束の間、父上が病気で倒れたと言う話をダンから聞いた。その瞬間、目の前が真っ暗になった。ばあやと同じく、僕に唯一愛情を注いでくれていた父上が、病に倒れたのだから。


それも伯爵家の執事の話しでは、僕がここに来てすぐの頃に倒れたらしい。僕に心配かけまいと、今まで内緒にしていたなんて…父上はいつもそうだ、いつも僕の心配ばかりして、自分の事は後回しで…


父上は今、どんな気持ちでベッドの上にいるのだろう。そう考えたら、胸が締め付けられた。


その時だった。

コンコン


「ノア殿下、少しよろしいでしょうか?」


やって来たのは、さっきステファニーと一緒に話を聞いた執事だ。


「ああ、構わない。どうぞ入ってくれ」


僕の言葉を聞き、ゆっくり入って来た執事。


「ノア殿下、少し昔の話をしてもよろしいですか?」


「ああ、構わないよ」


急に昔話だなんて、一体どうしたのだろう。そう思いつつも、話しを聞く事にした。


「実は私は、かつてあなた様のお父上、陛下の教育係をしていたのです。今でこそしっかりしていますが、あの頃は本当に内気な少年でね。あなた様と同じく、特に外国語が苦手でした。そんな陛下も、ある時を境に変わられたのです。そう、あなた様のお母様に出会ってから。あなた様のお母様は伯爵令嬢とそこまで身分は高くないものの、美しい女性でした。そしてその姿とは裏腹に、気が強くお節介で、それでいて心優しい女性でした。まるでお嬢様の様に…そんなメーア様に、急激に惹かれていった陛下。そして両親を何とか説得し、無事2人は結婚したのです。あの時の陛下の幸せそうな顔は、今でも忘れられません」


遠くを見ながらそう言った執事。


「そしてあなた様が産まれた。それはそれは陛下も王妃様もお喜びになれて、本当に国中がお祭り騒ぎになりました。そんな中、王妃様は命を落とされたのです。でも、いくら探しても亡骸が見つかりませんでした。だから私も陛下も、王妃様はどこかで生きている、そう思っていたのです。そんな中、モリージョ公爵家の娘との再婚が決まりました。もちろん、陛下は抵抗しました。でも、モリージョ公爵家の前では、若き陛下にはどうする事も出来なかったのです。そんな時、私を疎ましく思っていた王妃様に解雇され、どうしようかと思ってたところに、今の旦那様でもある伯爵が拾って下さったのです」


再び僕の方をまっすぐと見つめた執事。


「ノア殿下、その後陛下は、最愛の亡き妻メーア様の忘れ形見でもあるあなた様を、必死に守って来たのです。国王でありながら、周りは皆現王妃様の手下たちで固められている状況の中、たった1人で戦ってきたのです。もちろん、旦那様など陛下の味方はいました。それでも、どれほど辛く苦しい思いをして来たかは、容易に想像できます。どうか、陛下を支えてあげて下さい。陛下は、たった1人王宮という戦場で今も戦っているのです。どうかお願いします」


そう言って頭を下げた執事。父上はたった1人で戦っている。その言葉が、僕の胸に突き刺さる。


父上…


「話してくれてありがとう。その後の父上が、王妃やモリージョ公爵から必死で僕を守っていてくれたことは、僕も分かっていた。父上は、母上が死んでからずっと1人で戦っていたんだね…」


「ええ、そうです。こんな事を申し上げては失礼に当たるかもしれませんが、今のあなた様を見ていたら、きっと陛下の支えになってくれるのではないかと思ったのです。それに、お嬢様はとても正義感が強く、それでいて賢いお方です。きっと良き次期王妃になられるかと」


そう言ってにっこり笑った執事。


僕は何て愚かだったんだろう…父上の気持ちも知らないで、廃嫡してもらって、自分はステファニーと海の見える領地でのんびり暮らそうだなんて。


ずっと父上は1人で王宮で戦って来たのに…僕も逃げていては駄目だ!自分の為にも、父上の為にも!


僕が必ず、腐りきった王宮を正して、父上が安心して過ごせる様な王宮に変える!たとえこの命を奪われても、やらなければいけないんだ!きっとステファニーなら分かってくれるはず。


もう僕は逃げない!絶対に!

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