第6話 薬師の修業
「驚いた。ほとんどの基礎は出来てるじゃないか。」
午後になり、ユキ様から教えてもらう前に、まず処方してみるように言われた。
有り余っている魔力を消費する目的もあるのだろうが、
どの程度なのか知りたいのだろうと思って、言われるままに作業していた。
「店でやっていた通りにしました。間違っていませんでしたか?」
「ああ。王宮薬師のやり方そのものだ。
基礎ができているなら教えやすいが、もしかして教える必要はないのか?」
出来上がった薬を前にして、首をかしげてユキ様が悩み始めた。
「誰に教わった?母親だと言っていたか?」
「はい。母は父に弟子入りして覚えたと言っていました。」
「父ね…なるほど。」
ユキ様は私にできる処方を書き出しておくように言うと、
部屋から出て行ってしまった。
忙しいのだろう。
それなのに私の修業に付き合ってもらうのは申し訳なかった。
考え込んでいる間に渋い顔をしていたのかもしれない。
いつの間にかそばに騎士様が来ていた。
ひざをついて、顔を覗き込んでくる。
「どうした?何か辛いか?」
「いいえ、そうではなくて…
ユキ様の時間を使わせていることが申し訳なくて。」
そう答えるとは思っていなかったのだろう。
目を見開くと少し笑った。
「お前はそんなことを気にしなくてもいいんだよ。
子どもは甘えていていいんだ。」
子ども…そういえば、昨日もそんなことを言っていたような。
やっぱり小さな子供だと思われている?
「あの?騎士様?私、子どもじゃありません。」
「ああ、そうだな、すまん。だが、騎士様ってなんだ?」
「え?騎士様って呼ばれないんですか?
近所の子どもたちはよく言ってましたよ。
騎士様に会ってみたいって。」
違うのだろうか。
騎士のことは騎士様と呼ぶのが正解なんだと思っていた。
そう説明するとすぐに納得してくれた。
「あーそういうことね。俺のことは名前で呼んでくれ。
騎士様なんて呼ばれたら、誰のことだかわからないだろう?」
「ノエル様?」
「ノエルさんでいい。あと、丁寧に話す必要はないぞ。
普通に話してくれた方が良い。
貴族令嬢相手に話してるみたいで嫌なんだよ。」
本当に嫌そうな顔に思わず笑ってしまう。
女官さんたちにも令嬢みたいって言われてしまったし、
こういう話し方はよくないのかもしれない。
「わかった。ノエルさん。これからよろしくね。」
「ああ、よろしくな。」
ようやくにっこり笑ってくれた。やっぱり良い人なんだろう。
ふと見上げたら、隠れていた前髪の中が透けて見えた。
傷跡?かなりはっきりした傷跡が額からこめかみにかけて残っている。
いつの傷跡なのだろう。薬で治らないだろうか…。
「あぁ、気になるか?傷跡。」
笑顔が消えたノエルさんに、しまったと思う。
隠しているのに、まじまじと見過ぎてしまった。
「…ごめんなさい。どの薬だったら治せるだろうかと考えてしまって。
隠しているのにじっと見るなんて失礼だったわ。」
せっかく仲良くなれそうだったのに、失敗した。
もっと気を遣うべきだったと反省して、思わずうつむいてしまう。
「は?」
気の抜けた声にノエルさんを見る。
驚いた顔してるのはわかるけど、何に驚いているんだろう?
「お前、どうしたら治るか考えてたって言うのか?」
「うん。傷跡を治す薬にも種類があるから…。」
「そうか、薬師なんだな…。
すまんな。この傷を見るとみんな同情するか、
目をそらして見なかったことにするんだ。
それを見たくなくて、隠していたんだけど…。
そういう理由で見られているとは思わなかった。」
あぁ、そういうことなんだ。
周りに気を遣わせないように傷を隠しているんだ。
…なんとかして治せないかな。
「ありがとな。小さいのに、ちゃんと薬師なんだな。」
そう言って、また笑ってくれた。
嬉しくなって笑い返すと、ノエルさんに頭をぐりぐりと撫でられた。
もう…完全に子どもだと思われてる。絶対に。
でもまぁ、久しぶりに頭を撫でられる感触がうれしくて、そのままにする。
ぐらっと地面が揺れた気がした。
身体に力が入らない。
どんどん力が失われていく感覚に、立っていられなくなった。
倒れる…と思ったら、寸でのところで抱きかかえられた。
「おい!ルーラ!どうしたんだ!?」
声は聞こえるけど、自分でも何が起きてるのかわからない。
身体に力が入らない。気を失うほどではないけど、どうしようもない。
「あ、サージュ!ユキ様を呼んで来い!ルーラが倒れた!」
サージュさんが交代で来たのだろう。
あぁ、ユキ様忙しいのに、また迷惑をかけてしまう。
だけど、抱きかかえられたまま、手をあげることもできなかった。
「何があった?」
「それがわからないんです。急に力が抜けたようになって、
今は話しかけても反応がほとんどないんです。」
「ん?」
「何かわかったんですか?」
遠くでユキ様とノエルさんの会話が聞こえる。
聞こえているけど、それに反応するのも難しい。
「ノエルがルーラの魔力を吸ってるんだ。
駄々洩れだった魔力が減ってきている。
…そうか、ノエルの器が欠けているところに、
ルーラの駄々洩れの魔力が引き寄せられたのか。」
「俺が魔力を吸っているから、ルーラの力が入らないってことですか?」
「ああ。それなら問題ない。むしろ良かったよ。
ルーナの魔力はありすぎて困っていたんだ。
どうやって消費しようか迷っていたんだが、これはいい。
しばらくそのままでいてくれ。
吸われるのが止まれば、ルーラも動けるようになるだろう。」
「…そうですか。わかりました。」
抱きかかえられていたまま、ソファに移動する。
しっかりと抱きかかえられるように移動したらしい。
まるで父親に抱っこされている赤ちゃんだわ…はずかしい。
魔力が吸われるのが止まれば動けるって言ってたし、
この状態で待つしかないのね…。
ふわっと身体が上昇する感じがして、身体に力が戻る。
「あ、動けそう。」
ようやく声が出てほっとする。
「ルーラ!大丈夫か!?」
よほど心配してくれたんだろう。ノエルさんの顔が真っ青だ。
起き上がろうとすると、背中を支えて起き上がらせてくれた。
まだひざに乗せられているけど、まずは動けるか確認しよう。
手をにぎにぎする。うん、大丈夫そう。
「ノエルさん、もう大丈夫だと思う。
降ろしてもらっていい?」
そう聞くと、もう一度抱き上げて、そっと私だけソファに座らせてくれる。
本当に優しい人なのだろう。
こんなに丁寧に扱わなくても、けっこう頑丈にできているのだけど。
「何か変わったところは無いか?
有り余ってる魔力を吸ってもらったのだから、
むしろ身体は軽くなったんじゃないか?」
ユキ様に聞かれて、そういえばと思う。
重みを外したような感覚がある。
外れたことで、今まで体に負担がかかっていたのがわかる。
「そうですね、なんていうか爽快感みたいな感じはします。
すっきりしました。」
「ふむ。ノエル、今日から毎日ルーラの魔力を吸うことにしよう。
そうだな、寝る前に吸って、それから部屋に帰ればいいだろう。」
「毎日ですか?ルーラの身体に負担はかかりませんか?」
ノエルさんが恐る恐ると言った感じでユキ様に聞いている。
急に倒れたのが衝撃だったのだろうか。
力が入らないだけで、痛いわけではなかったのだけど。
「ルーラの魔力はかなりの量なんだ。
吸わないと逆に大変なことになりかねない。
おそらくルーラの魔力を吸えるのはノエルだけだろう。
いやー良かった。これでなんとかなりそうだ。
昨日から探してたんだが、魔力を大量に消費する方法が見つからなくてね。
ノエルがいれば大丈夫だろう。頼んだぞ?」
妙に楽し気にユキ様がノエル様にそう告げる。
肩をポンポンたたかれたノエル様は微妙な顔している。
「あの…?ノエルさんが大変なのでは?」
そんな顔されるくらいなら無理にしてもらわなくても…と思ったのだが、
ノエルさんにすぐさま否定された。
「俺は平気だ。だから、子どもがそんなことを気にするな。
甘えておけばいいんだよ。
今日はこれで大丈夫だろうから、明日から寝る前に吸えばいいんだろう?」
やっぱり良い人だ。それに、笑ってくれるとちょっとだけ可愛い顔になる。
今日はノエルさんのいろんな顔を見れた。
「うん、ありがとう。明日からよろしくね。」
明日はもっと笑ってくれるだろうか。
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