第5話 王城でむかえた朝
次の日の朝、目を開けたら窓から光が差し込んでいた。
柔らかな光に、ここがどこなのかすぐに気が付いた。
小さな寝台、肌触りのいい掛け布、薄黄緑色の壁。
隣の部屋に見える処方台。吊り下がっているたくさんの薬草。
「あぁ、やっぱり王城なんだ。」
昨日の展開を思い返して、やっぱりどうしてこうなったのだろうと思う。
それでも、陛下の慰み者にならなくて良かった。
今日からユキ様の修業が始まる。早く魔力を抑えて店に帰りたい。
そのためには頑張らないと。
寝台から下りて、あらためて部屋を見てみる。
寝室の横に扉がついている。
開けてみるとお手洗いと湯あみができるようになっている。
「すごい…この部屋だけで暮らせる。」
昨日そのまま寝たなぁと思って顔を洗い、すっきりした気持ちになる。
女官さんが来るって言ってた。いつくらいに来るんだろう。
ソファに座ってぼんやりしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ。」
「おはようございます。」
部屋に入ってきたのは3人の女官だった。昨日の女官さんたちだ。
「おはようございます。昨日はお世話になりました。」
「いえ、こちらこそ、陛下がご迷惑をおかけしました。」
女官さんに謝られるとは思っておらず、驚いてしまう。
それに気が付いたのだろう。女官さんがくすっと笑った。
「わたしくしはミラと申します。陛下とは乳兄弟ですの。
ですから、つい弟のように言ってしまいますのよ。
あまり気にしないでくださいね。
これからわたくしたち3人がルーラ様のお世話に参ります。」
「ヘレンです。」「サージュです。」
女官さんたちが次々に挨拶してくれる。
そういえば日中は交代で来てくれるって言っていた。
ミラ様たちが交代で来てくれるというのだろうか。
「ミラ様、ヘレン様、サージュ様、よろしくお願いいたします。
なるべく自分のことは自分でしようと思いますが、王城は不慣れです。
間違っていることがありましたら、ご指摘お願いいたします。」
ミラ様がはーっと息をついて、にっこり笑った。
「ルーラ様は王宮薬師になるのですから、女官よりも立場は上です。
わたくしたちに様はいりませんよ。」
「そういわれても王宮薬師の見習いです。それに居候です。
私にこそ様なんてつける必要はありません。」
はっきりとそう告げると、また3人で相談し始めた。
仲良しなのかな…この3人。
「わかりました。では、お互いに様は無し、ということで。
ルーラさん、でよろしいですか?」
「…わかりました。では、ミラさん、お聞きしたいのですが、
家に荷物を取りに行くことは可能ですか?」
「何か必要なものがありますか?」
「着替えが無いので…。」
「あぁ、それは今お持ちしました。生活に必要なものは用意してあります。
足りなければいくらでも言ってもらえれば用意できます。」
見ると、3人の後ろにワゴンが3台置いてある。
ワゴンの上には荷物が積み上げられるように載っている。
今片付けますね~と言うと、あっという間に部屋の家具に押し込まれて行く。
ちらっと見たが、普段に着れそうなものや薬師の作業服もあった。
確かにこれなら家に取りに戻らなくてもよさそうだ。
…それだけ王城から出てはいけない状態だということかな。
そう思うと、それ以上のわがままは言えそうになかった。
昨日と同じ場所に朝食が置かれ、さぁどうぞと勧められる。
椅子に座ると、目の前には温かなスープとサンドイッチが置かれていた。
朝ごはんも美味しそう…とりあえず考えるのを止めて食べ始めた。
食べ終わるとソファにお茶の準備がされていた。
「ルーラさん、ユキ様は午後まで来ないので、
それまで4人でお茶しましょう?
これから仲良くしていくには、まずお互いのことを知らなくては、ね?」
ミラさんのお誘いに、素直にうなずいた。
美女3人に囲まれてお茶なんて、ちょっと緊張すると思いながら。
「では、わたくしから。」
4人分のお茶がそろい、口を付けた頃にミラさんが話し始めた。
3人ともこの国でよく見る栗色の髪と濃茶の目をしている。
ミラさんが一番年上だろう。
ヘレンさんとサージュさんは私より少し年上かなという感じだった。
「先ほども言ったとおり、
陛下とは乳兄弟ですが、母は昨日会った女官長です。」
「え?女官長の娘さんなんですか?」
「そうです。
ここにいる3人は親が王城で働いていて女官になったものばかりです。
貴族出身の女官は陛下や陛下の妃についていますので。
私たちのような者は比較的自由に動けますのよ。」
「…陛下の妃ですか。」
「あ、ごめんなさい。嫌なことを思い出させましたね。」
「いえ、それはもう大丈夫です。
事情が分かったら、陛下はむしろ私のせいであんなことになったわけですし…。」
「いいえ。それでも、承諾も得ずに担ぎ上げて連れてくるなんて…。
許されることではありません。怒っていいのですよ?」
ミラさんが怒ってくれるので、もういいかと思ってしまう。
確かに怖かったけど、それ以上にミラさんに怒られるのは怖そうだ。
陛下はいろんな人から怒られたんじゃないだろうか。
「陛下の妃は3人います。
正妃のマリッサ様、側妃のリンジェラ様、寵妃のレミーラ様です。
正妃のお子が第一王子のジョージア様と第三王子のケイン様。
側妃のお子が第二王子のシュダイト様です。
寵妃にはお子がいません。
…ここだけの話ですが、
レミーラ様を寵妃とお呼びしているのはお子が無いからです。
お子が無い妃を優先して陛下が通うことになっています。
月の半分以上はレミーラ様の所へ通っています。
そのため寵妃、と呼ばれるのですが…。」
一旦話を止め、困ったような顔になったミラさんを見ると、
同じようにヘレンさんサージュさんも困った顔をしている。
「実は3人とも政略結婚なので、陛下は誰も望んでいないのです。
それを王城の者たちは知っているので、
昨日ルーラさんを連れてきた陛下を見て、みんな喜んでしまったのです。
そのためルーラさんを必要以上に怖がらせてしまったのではないかと…。」
そういう理由があったのなら納得する。
どうして平民を連れて来て、すぐに部屋に通されたのか。
待ち望んでいた人が来たと思われたのだろう。
陛下が一人でお忍びしていた理由も、もしかしてそれが目的だったのだろうか。
「事情は分かりました。
どうして平民を連れて来たのに、誰も止めないのだろうと思っていましたが、
そういう理由があったのですね。」
「あぁ、それはまた別の理由です。ねぇ?」
ミラさんがヘレンさんに向かって聞いた。
「はい。私はルーラさんが貴族のご令嬢なのだと勘違いしておりました。」
「え?平民服でしたよ?」
「私もです。
平民服なのは、陛下と一緒でお忍びだったのだと思ってしまって。」
ヘレンさんに続いてサージュさんまでがそんなことを言い始める。
「昨日部屋に通されていたルーラさんを見た時、
まだ若くて夜会に来ていないから顔がわからないだけで、
貴族のご令嬢なのだと思いました。だって、ほら。」
3人そろって頷いて私の手元を見つめている。ん?ティーカップ?
「お茶がどうかしましたか?」
「ルーラさんの所作が綺麗だから。
歩き方からすべて貴族のご令嬢に見えました。」
そんなことを言われても、誤解ですとしか言いようがない。
「お茶は母がいた頃はこうして飲んでいましたし…。
紅茶じゃなく薬草茶ですけど。」
「薬草茶…。」
「はい。母が作る薬草茶でした。
あまり美味しくないのですけど、成長を促進すると言ってました。
そういえば、あのお茶を飲まなくなってから、
成長が止まってしまった気がします。」
「ルーラさんのお母様はどんな方でしたの?」
「私と同じような黒髪黒目で、魔女でした。
薬師の父と出会って、
魔力を使って薬を処方するこの国のやり方が面白くて、
父の弟子になったと聞いています。」
「この国のやり方?他国の方なの?」
「この国で黒髪黒目は会ったことがありませんから、他国なのだと思います。
でも、詳しいことは何も聞いていません。」
「そうなの…。あぁ、そういえば紹介が途中で止まっていたわね。
ヘレンの父親は近衛騎士で、サージュの母親は陛下付きの女官なの。
私以外は年齢が近いから、仲良くできると思うわ。
あ、私の年齢は聞かないでね?」
「は、はい。」
それは聞いてはいけないのだろう。
私が聞く前にミラさんから言われておいて良かったと思う。
陛下の乳兄弟だから、陛下に年は近いのだろう。
そんな風には全然見えないけど、それも言うのはダメな気がする。
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