第2話 埃
居場所がないだけで、私にも帰る家はある。1ルームの狭い部屋だ。
扉の鍵を開ける。
フワリと埃が舞う。誰もいない部屋で、ただ私を「お帰りなさい」と出迎えてくれるのはこの埃ぐらいしかない。
その埃は部屋の隅にポトリと落ちる。
端だけ灰色に染まっている。それが妙にきちんと一列に落ちているので、綺麗に見える。
玄関を抜け、1ルームの唯一の部屋に入る。
不規則に散らかっているビニール袋や缶やプラスチック容器。もうそろそろ片付けないと。これをかれこれ1ヶ月ほど前から思っているが、体が動かない。片付ける気力すらもない。
最近は、この部屋を見て汚いと思う思考すらも止まっている。
片付けないと。片付けないと。部屋がゴミの居場所になる。私の居場所がますます小さくなる。
壁は無機質な真っ白のまま。カレンダーでもなんでも貼っておけば、部屋の雰囲気がある程度変わるかもしれないのにそれすらもしたくない。
私にとっての家というのはただ、本当に雨風を凌ぐだけのものである。
カーテンを開ける。雲が完全に覆っている。太陽はどこか隠れん坊をしている。でも雨は降っていない。今日の降水確率は50%。そう天気予報士が言っていた。
風は冷め始めている白湯のように生温く、気持ち悪い。ダウンジャケットを着るには少し大袈裟、半袖シャツを着るには寒すぎるはっきりとしない気温だ。
私の家の前にもアパートがある。
入居者満員御礼と書いてあるから全ての部屋に誰かしら入っているのだろう。
しかし、目の前のアパートの住人など誰も見たことない。一体どんな年齢層の人がここら辺に住んでいるのか。見当もつかない。
ただ、ゴミ捨て場で毎週誰かがゴミを捨てているから誰か住んでいることは確かである。
むしろ、隣人の方が私を認識しているのであろうか? 誰か、私の姿を知っている人はいるのであろうか?
もしかして、私は死んでいるに等しい存在なのではないか?
親ですら私が今住んでいる住所を知らない。友達はいない。
そうだ。私が生きていると証明してくれる人などいないじゃないか!
カーテンを閉める。
これ以上考えるのはよそう。頭がおかしくなる。
そのまま布団の上で寝転ぶ。
私の家にはテレビなどという娯楽はない。本も購入していない。あるのはスマホだけ。
辛うじてこのスマホが、私と現実を結んでくれている。
だけど、このスマホがなければ?
私は外の情報を知ることが出来なくなる。現実と私を結んでいる、小さな糸がプツンと切れることになる。
私に現実の居場所を作っているのはこんな小さな長方形の機械だけなのである。
そしてそれは簡単に壊れる。
高いところから落とせば、画面が割れるしそうじゃなくても、いつか寿命が来て電源が入らなくなることだってあるだろう。
もしそうなったらどうする?
一体、私はどうやって現実の中に生きていく?
考えるのが面倒くさい。
そのまま私は目を閉じた。また明日が来る。
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