第1話「ブレイクダンサーはダンス部にはびこる」
あの夜から1年後、俺は高2になっていた。
すっかり仲良くなったダンス部の奴らとサイファーをしていたのだ。
サイファーとは踊るダンサーの皆で大きな半円を作り、
1人ずつ中心に出てきては即興でダンスを披露していく場のことだ。
「ファイト、リオ!」
今踊り始めているのは
女性のブレイクダンサーだから所謂B-GIRLというやつだ。
お洒落な音楽に合わせてまったり立ち踊りをして行きダウンロックに入る。
6歩や2歩などの基礎的なフットワークに方向転換を入れたりして、
スレッドに入る。
「いいぞいいぞ!音をちゃんと聞けてる!」
ブレイクダンスにおけるフットワークとは床に手と足をついた踊りのことで、足の速さや足運びの制御を見せびらかす場面のことで、6歩や2歩はその基礎だ。
スレッドとは自分の身体の部位を使って作った輪っかを、通すテクニックのことで、主に足を掴んでできた輪っかに足を通したりするのが一般的だ。
「そんなやり方があるのか!!上手いな!」
身体全体が柔やかいリオは、細かい音に合わせて音を表現していった。
ドラムンベースが中心のこの曲は、ブレイクダンスに打ってつけなのだ。
「ヒューヒュー!」
今度はその柔軟性を活かしてブリッジから、
軽めのハローバックのフリーズに移行。
フリーズとは一度踊りを中断して、
凄まじいバランスで求められた姿勢を保持する一種のアピールだ。
「良いよいいよ!ナイスハローバックだ!」
「ナイスナイスぅ!」
これは倒立した状態で、地面に着いた手よりも頭を前に出したフリーズ形態だから、相当な肩の柔軟性を求める技だが、リオからすれば朝飯前だ。
「お!今度はウィンドミルに入ったあ!」
サイファーの仮の審判を勤めている
三点倒立に移るとそれを崩して丁寧に続けて3周ほど回って、
最後にチェアーのフリーズで決めた。
「ナイスムーブだったぜリオ!!」
ウィンドミルとはブレイクダンスの代表的なパワームーブの一つで、
大胆に開いた両足を回転させ、その遠心力を利用して上半身ごと背中でコマのように回転する技のことだ。
今決めたのも基礎的なチェアーだったので、
しっかり両手と頭を床につけた状態だったのだが、
足を組み片足を伸ばすことでシルエットをより整えたので、
綺麗に決まっていた。
「ナイスだねリオっち!またハローバックのフリーズ上手くなったんじゃないのー?」
今のはライバルでもあるユウカのセリフだな。と、そんなことよりも。
技を決めたリオはカッコつけた立ち状態を見せて、
背中を向けて円の外周に戻っていった。
「ウチも踊るの楽しかった〜!」
例えばバトルするときのサイファーだと、時間制限などルールもあるが、
今は自由に楽しく、踊りたい分だけ踊って来いという雰囲気だ。
「ハルっちもかっこいいダンス見せてよね!!」
さっきから流れてる音楽が頭の中を駆け巡るのが止められないし、
踊りたくて俺の身体も疼いてきたのだ。
『よし、俺もスイッチ入れ替えていくぞ……!』
今リオが見せたのは後退の意思だったので、
次はいよいよ俺の番のようだな!
楽しいからこそ全力で行きたくなるんだ。
さあ気合を入れて今の俺を出し切って行こうか。
「おっし行けハルト!ぶちかませ!」
「よし、行くぞ!」
皆が大きく広がって作った半円の中心に、
音楽に沿うようにステップしながら進んでいく。
立ち踊りから個性全開で行きながら、
身体をスピーカーから流れ出す音楽に馴染ませていく。
「やっぱりそのトップロックの仕方個性的だな……!」
強いドラム音が来るタイミングを狙って「今だ!」と感じたタイミングでツーステップから、ドロップして床に手をつけてフットワークに入っていく。
「うおおおおおいつ見ても凄えなそれ!!」
6歩をしてキックアウトを披露すると、
すかさず勢いを付けてキングスピンに移った。
「ヒューヒュー!」
フットワークから急に立ち姿勢に入って、
両足で反時計回りに弧を描くようにして回るこの技は、
とても華やかである所以に俺のシグネチャームーブに、
そんな名称が付けられたのだ。
「ハルトくん今日もかっこいいね!!」
余りにも映える動きは周囲から歓声を呼んだ。口笛も体育館に響いた。
俺自身も、このムーブがお気に入りだからな……。
「相変わらずヤバいねそのムーブ!」
盛り上がってくれるだけでも物凄く嬉しいし、
見てる側もそうやって感動を表現せずには得られないだろう。
立ちながら高速で回転してるときに腰に手を添えていることで、
シルエットを美しく保った。
床に入ると同時に一度勢いを殺すために、
もう一度キックアウトを組み込んで、立ち上がる。
『……よし、ここだ!!』
仕切り直すことで少しステップを踏み、
曲の電子ギターの演奏が盛り上がるのを狙って、
パッと2000《ツーサウザンド》を披露する!
これは俺の一番のお気に入りなシグネチャームーブだ。
「ヤアアバアアアアアアアア!!本当にカッコいいなそれ!」
「ハルトくん、最高にカッコ良かったよ!!」
俺が生み出したこのド派手な動きの倒立スピンは、
それだけで場の空気を俺の方に持っていける。
数秒だけ高速で回転するこの一瞬の煌めきは、
音ハメを成功させると見てる側に凄まじい印象を与える。
「ハルト今のヤバい!!ほんとにカッコイイわよ!!」
奥から俺たちのサイファーを見てた他のジャンルの部員たちからも、
黄色い歓声が上がった。
俺自身も今最高にかっちょ良いタイミングで、
これを決めれたのが気持ち良すぎて頭がクラっと来た。
「ハルっちまたそれ上達したんじゃない!?ずるいって!」
シグネチャームーブという概念は、
特定の個人しかやっていないだろう動きのことだ。
『……ぶっちゃけるとパワームーバーにも2000をやってる人も居るに居るんだが、俺の反時計回りにスピンするのこのムーブは一味違うからね……』
普通に立った状態からその場でゆっくり、
反時計回りに1周回ることで助走をつけてると、
先ずは床に右手を置くことで下半身を倒立状態に誘い込み、
本命の左手を置くことで軸腕にする。
『その上に右手を重ねてからガッと身体を捻り絞ると、一瞬で高速回転が出来るという仕組みだな』
右手で左腕の手首付近を掴みながら、
軸手の付け根部分の少し上である手根部に、
重心を載せるとバランスが取りやすいのが技のコツだ。
「ナイスだったぜハルト!!また上手くなってんなホンマこのぉ!!」
そこからも俺は個性的なフットワークを披露して、
無難にフリーズを決めて下がっていく。
「ハルトくんまた一段とカッコ良くなったね!!」
技を決めると気持ちいし、やはりブレイクダンスは楽しいな。
何より自由に好きなように踊れるし、そう心の底から思ったのだ。
「ハルトまたうちにも今度ツーサウザンド教えてよ!砂っちがんば!」
「いいぞユウカ!その調子でもっとアップロックを見せてくれ!」
そしてまたブレイクダンサーが中心に出てきては、
踊りを披露するの繰り返しだ。
かつて1年前まで時間を垂れ流すように生きていた俺が、
こんなに今を楽しく生きられるだなんて想像したのだろうか。
『……いやダンス部に入るまでの俺は、『どうせ俺なんて』と毎日思いながら生きて来たんだもんな……』
地元で居場所を無くし、高校デビューで早々から派手に躓いたのだのだが…。
それが今ではこうして、
最高に高め合える仲間たちに囲まれながら生きていけてるのだ。
今となってはカッコいい男になったが、
当時の俺を支えてくれた皆には感謝しかない。
「…………」
俺を厳しめに指導してくれたリク先輩も、
落ち込んでた時にも俺を支えてくれたクルミや、
俺がサボらないように懸命に励ましてくれ、
夜遅くまでダンスの練習に付き合ってくれたセシルも。
チームバトルで負けたのが悔しく思ってたときに寄り添ってくれたユウカと、
涙を流す暇さえ与えてくれずに、
町のあちこち連れ回したりしてくれたリオの他にも。
「……ふっ……」
俺と一緒に頑張ってきてくれた皆には心の底から有難うと叫びたい程だ。
そして俺は改めて強く思うのだ、ダンスは最高なんだと。
『踊ってるときは他の誰かからの評価を気にする必要もないんだし、言葉を用い
ずとも自分の伝えたいことを相手に伝えられる』
何より……。
『日々感じていたストレスやモヤモヤをダンスに昇華させることで、もう人や物に当たらなくなった。いや何より、踊ること自体そのものが楽しいんだ』
そうやってこの1年間を軽く振り返ってると、
部活時間が終了に迫ってきたようだ。
テキパキとモップでバスケットコートが2つ分もある踊り場を皆で駆け回って体育館を出た。
部長の最後の挨拶を済ませて、俺はお馴染みのメンバー達といつものラーメン店へと向かった。
「おっしゃ今日も腹一杯食おうぜ!!」
「砂っちも賛成!!運動で腹減ったかんねー!」
そろそろ新入生歓迎会でダンスの踊りを披露しなければならないため、その打ち合わせをしに行くのだ。
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皆で
先頭にいるユウカが振り返って口を開く。
「ハルっちの2000ってやっぱり派手だよねー。私も真似して良い?」
そう聞いてからから笑ってるのは
単に踊るときに邪魔だからという理由で明るい茶髪をミドルポジションのポニテで括っており、それを帽子の後ろから出している。
うちのダンス部の女性ダンサーの中でもばりばり活躍してるだけあって、女性にしては珍しくトーマスフレアやエアトラックスなどのパワームーブの使い手でもあるのが、彼女の凄い努力量の結晶なのだ。
「ダメに決まってるだろたわけが。そう言うならユウカのトップロックのスタイル丸パクりするぞ!」
身長は中の下くらいで華奢なモデルのようだけど、実際は全身が引き締まっているというのに、Dカップもあるせいで所謂細身巨乳というやつだ。そのさばさばした性格とは対照的に色っぽいから凶悪なのだ。
踊るときもしっかりとしたスポーツブラで支えているのだが、ちょくちょくシャツが捲れる時のチラ見具合が絶妙で嫌でも目を引いてしまう。
「アハハハ。良いじゃん今度やってみてよ!ハルトがあんな女性風に立ち踊りしてたら超ウケるー」
そうやって大胆に笑ってるのはリオだ。
パッとした印象では黒髪のギャルで、おでこを丸見えにして帽子越しに艶のある髪を背中まで下ろしている。
「いや、やっぱり需要ないだろそれ。俺は今の自分のスタイルを気に入ってるからやっぱ辞めとくわ」
初対面のときに化けの皮を剥がしてやろうかと俺が好きな作品でマシンガントークを披露して見せたとき、嬉しそうに俺以上の熱量で爆撃し返したこともある程の、現実に実在するアニオタのギャルだ。
くりっとした目に、濃い眉毛が特徴的な目鼻立ちの顔だ。Dカップ有りのメリハリあるボディもあってか、思春期の年頃の男子に対してなかなか刺激的でドキドキさせられる。
「派手と言えばリオのハローバックだろ!また上達したんじゃないか?」
さっきのハローバックのフリーズ中も主張が結構激しくて、ついガン見してしまったのは反省してるんだが辞められる方法が皆無なのだ。
「うん、リオちゃん本当に上手くなったよね!最近だいぶ形良くなってきたと思うよ」
そう聞き心地の良いふわふわした声で俺の耳を撫でたのは
その中でも特に俺たちブレイクダンサーの世話を焼きたがる故か、いつも仲良くさせて貰っている。
「ありがとうハルト、くうちゃんも!いつも動画を撮って見せてくれるおかげで本当に助かってるわ!」
彼女が笑顔で振り向いて来たときに心持ち、
たれ気味の目尻がキュいっと下がったような気がして、
その皮膚の収縮だけで俺の心の闇を吹っ飛ばしてくれたように感じたな、
と初対面のときに思ったものだった。
「クルミ、俺の方からもいつも有難うな。おかげで俺も2000上手くなれたんだし。確かセシルもあれからトーマスフレアのフォームが綺麗になったんだよな?」
特に踊ったりしてる訳でもないのに、俺たちに影響されたのかお洒落な服装もするようになってしまった。
「ああそうだぜ!くうちゃんが動画を撮って見返すようになってから整ったんだ。本当にありがとな!」
この1年間でどうしてそうなったのかは分からないが、バストがEカップまで成長してて無意識に目が移っちゃうのはなんでだろうな。あまり肌を露出しない服装を着てるというのに、すぐ目を逸らさないとバレて怒られるのだ。
「本当にそうよねー!前まではへなちょこトーマスフレアだったもんねー」
「ええええ!?そりゃねえよ砂っち!!」
そうやってユウカに返事したのが
「やっぱり自分のダンス動画見返すのって本当に大事よね!ウチが最初見たときは下手くそ過ぎて消したくなったけど」
俺自身も腹筋がついてきたりとマシな体型になったが、セシルのそれは更に上を行く。俺と同様に顔がイケメンだがいじられキャラになってきたようだな。以上、俺よりも身長の高いイケメンは全て禿げろ!
「アハハハハ。うわそれ懐かしいなー!私も初めて自分のフリーズ見たときは形崩れ過ぎてて悶えたし」
これはダンサーあるあるだな。いざ自分で自分の踊りを見返してみると『何だよこれ!?』って頭を抱えるものだ。
自分では上手く決められたと思ってるのに側から見れば微妙な出来だったりするのだ。
「そう言うならセシルのベビーウィンドミルも凄かったぞ。勢いが殺せずモロに背中から床にダイブしたんだし」
「アハハハハ。ちょっと思い出させないでよ!痛みで表情がハンバーグが潰れた顔みたいになってたんだっけ」
当時を思い出したのかまたからから笑い始めるユウカ。
セシルも「あーあったなあそんなこと」とか言いながら思い出してた。
「何それ超ウケるんだけど〜!」
「あのときは俺のカッコいい顔が守られて安心したぜ!ハルトもそう思うだろ?」
また何言い出してんだよこのバカは全く……。やっぱりセシルち◯こもげろ!
「はあ?無駄に俺アピールとかゾワゾワするから辞めてよねー。冗談は顔だけにしといたら?」
「流石に酷過ぎね!?」
ユウカの切り返しで一斉に俺たちはぶはっと吹き出した。
そうやって談笑してると、目的地に着いたので俺たちはチャリを並べて店内に入った。
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