床の芸術家は物語る

知足湧生

本編

アニオタは天才ブレイクダンサーに成り上がる

プロローグ「ずっと探していた希望」



 俺は星宮陽翔ほしみやはると

 高校に入ってからの1年間を後悔している真っ只中のアニオタ廃人だ。


 つい2時間ほど前まではただの彼女いない、

 歴=年齢の童貞と典型的な陰キャだったのが、

 気がついたら1していた。


 部屋に引きこもっていて学校をサボりまくっていた俺は、

 電話で先生に無事留年したと言われた。


 ストレスでものに当たってしまう前に、俺は夜の街を散歩することにしたのだ。


 春休みの初日、催眠◯指導を見ながらのオ◯ニー中に、

 いきなり担任の先生から電話が掛かってきてきた。


「お前、留年したぞ?(笑)」と言われた。

 笑い事じゃないんだが。


 終業式の日のHRで先生が告知してたにも関わらず、

 いざ来てみると返事に遅れてしまった。


 呆気に取られていると、1旨を伝えられた。


 無視して右手の上下運動を再開させようか迷ったが、

 本当に冗談ではないらしく最後まで話を聞くことにした。


 どうやら試験の結果は悪くなかったが出席日数が足りていなかったらしく、

 単位取得に失敗したようだ。


 こうなる前からこのままではヤバいと自覚してた時期もあったが、

 無気力でどうしても学校に行く気にはなれなかったのだ。


 授業中にまでラノベを読むようになったからか。


 あるいは典型的な引き篭もりを思わせる身嗜みで登校するようにした結果、

 友達が一人も出来なかったのが決定打になったのか。


 枚挙にいとまがない原因を思い返そうとしてもキリが無いどころか、

 思い当たる点が多過ぎて線になっている程だった。


 そうやって過去を思い返しながらながら夜の街を歩く。

 さてこれからどこへ向かおうか。


 いつからか退屈な日常から現実逃避する手段としてアニメを見る以外に、

 こうして散歩するようになったのだ。


 大抵は公園やゲーセンを徘徊したり、

 書店で本を眺めたりするのに満足していたが。


 今日は特段に重たい憂鬱な気分を紛らわせるために、

 普段よりも少し遠くまで歩いてみるか。


 完全に自業自得だったとは言え、またイライラしてきた。

 大体、テストの点を取れてさえいれば授業に参加しなくたっていいと思うんだ。


 先生のつまらない授業で寝てるくらいなら、

 家でアニメ見てる方がよっぽど有意義だろう。


 それなのに毎日学校に行かなければならないなんて、嫌に決まっている。


 いや本当は、やるべき事を疎かにし続けてきた、

 


 親の期待を裏切ってしまった自分もが、腹立たしいのだ。


 せっかく今の生活を賄うためのお金を出してくれているのに、

 本当に申し訳ないと思う。

 後で電話して土下座しなければ。


「はぁ……過去に戻れたらなぁ」


 思わずそんな言葉を吐いてしまった。

 俺だって、生まれたときから人生の負け組だったわけじゃない。


 そこまで貧しくない家庭の長男として生まれた。後に妹もできた。

 小学生の頃はテストの点が良くて頭がいいと褒められた。


 運動は得意じゃなかったけど、

 スマブラが上手くて放課後によく友達と一緒に遊んだ。


 中学時代の前半は無難にやり過ごしていたが、

 短い間に外部からダンスの講師がやってきて、

 数週間は彼らに体育の一環としてダンスを指導されたので、

 俺はロックダンスを齧った。


 学年全体を交えたプチ発表会で笑顔で俺は踊ったし、

 授業終わりに思い出の写真撮影で、講師たちに俺の踊りを気にいられたのか、

 体育館での撮影で俺は、講師たちに挟まれて写真を撮られた。

 夢のような時間だった。


 3

 当時の初恋を拗らせたのだ。

 あの時のことは、今でもよく覚えている。


 ある放課後にLINE越しで好きな人とやり取りしてた時のことだ。

 最初はお互いに甘い雰囲気を醸し出しながら、

 俺は順調に心の距離を詰めていった。


 なんとか彼女の好きな人の正体を突き止めようと策を弄していると、

 俺はお互いが両思いだと勘づいたのだ。

 そして彼女は「(私の好きな人は)誰だと思う?」と聞いてきたのだ。


 俺は早まる心を抑え、先ずはお笑いの一興として彼女の親友の名を挙げた。

 すると画面越しで苦笑したであろう彼女はその理由を聞いてきた。


 そこで俺は、取り返しの付かない返答をしてしまったのだ。

 下ネタだ。それもとびっきり重たいヤツだ。


 彼女の既読がつくと、途切れなく続いていた会話がと止んだのだ。


 様子がおかしいな思いながらも待っていると、

 唐突に「LINEブロックしますね。」とわざわざ敬語で返してきた。


 それ以降返事しても既読がつかなくなり、

 彼女の言う通り俺は本当にブロックされたようだ。


 いや、LINEだけじゃなくインスタの垢までブロックされる始末だ。

 それっきり、彼女とやり取りすることは永遠に失われたのだ。


 愚かにも、冗談一つで彼女との関係が終焉を迎えた。

 本当にどうしようもなく、それも面白半分で。


 こんな些細なことで過剰に反応されるとは思ってなかった。


 あの日、俺は悔しくて泣き崩れてしまったのだ。

 俺が一体なにをしたって言うんだ。


 ただ冗談の延長線上で「確かにお前の親友は女の子だが、世の中にはチ◯コがついた女も居るんだぜ?ふた◯りって言うんだよ。知らなかったか?」ってニヤニヤしながら返しただけじゃないか……。


 唐突なハプニングで本当に悲しかったが、

 悲劇はまだまだ始まったばかりだった。


「……こんなの、あんまりだよ……」


 週末を過ごしたことで、

 俺の砕けた心はセロハンテープで繋いだ状態で何とか形を保っていたが、

 登校してみた結果、現実はあまりにも非情だった。


「アハハ、わかる!超面白い……よね……」

「え?急にどうしたの……?」

「ねえ、ちょっと、ほら……」

「ッ!?……うわぁ最悪……目にゴミが入ったわ……」


 周りの女子が向けてくるゴミを見るような視線や、

 コソコソしたやり取りが恐ろしかった。

 たまに話していたクラスの男子たちも俺との視線を避けるようになった。


「ほんと超キモいよね……」

「……人間として終わってるわ……」

「……なんでまだ生きてんのかしら……」

「マジでこの街から欲しいわ……」


 特に俺の好きな人と親しかった友人たちからの罵詈雑言が、

 再び俺の心をザクザクと抉っていった。


「アハハ。だよね〜……ッ!?……」

「ッ!!……ちょ、今すぐゴニョゴニョ……」


 特に印象的だったのは、その子とその友達と帰り道で鉢合わせてしまったとき、元来た道を引き返していったのだ。

 いや、厳密には違うルートを取ったのだろう。


 交差点の前で必死にチャリを漕ぎながら2人揃って後ろの俺を警戒したかのように確認してきたのが少し笑えたんだが、俺は別に病原体でも何でもないんだぞ?


「それでね……ッ……この間のアレ試したんだけどさ〜」

「……いいよねそれ〜!私もそれめっちゃ好きだよ」


 学校でも神速で合ってしまった視線を外してくるし。

 あれから数週間も学校をサボっているうちに不登校になって引き篭もった。


「おいどうしたぁ〜?何があったんだよハルト、ほんとに〜?」

「ママにも話してごらん、ハルト。私たちはいつでも味方だからね」


 父と母には失恋した旨を正直に打ち明けた結果、そっとしてくれた。

特に父の全力で気遣う第一声に泣きそうにもなってしまった程だ。


「わかったよ、ハルト。お父さんは応援してるからまた元気が戻ってきたらいつでも話しかけにおいでや?」

「ママもよ……どんなに些細なことでも良いんだからね?今はゆっくり心を休めておいて頂戴。……学校には私たちの方から言っておくから」


 両親の理解がとても有難くて心が多少は温まったが、

 あんな状況で積極的に学校に行ける気にはなれなかったのだ。


「ごめん……お父さん、お母さん……こんな俺で……」


そんなことを1人で呟いて泣き寝入りする程に罪悪感にも駆られた。それ程までにあの月曜日で体験した学校生活は人生で過去最悪の出来事だった。

 女の子に向けて吐いた下ネタ一つで、

 俺は人生が不幸になる運命の世界線に飛ばされたのだ。


 せめて進学はできるようにと、勇気を出して授業に出始めたが。

 心では強がっていても、休み時間になる度に何かが擦り減っていった。


 だが時間が解決してくれるまでこれは修行だと思い込んで、耐えることにした。だけとは断固と拒否して、俺は心の中で戦い続けた。


『……物理的に死んでやるくらいなら、昨日までの自分の人生を捨てて今日を第2の人生として生きてやる……。あんな奴らなんかに蔑まれながら死に逃げるなんて、死んでもやるもんか……。また楽しく生きられるようになりてえんだよ……』


 人の噂も75日とよく言われるが、全くそんなことは無かった。


「……よし今日は数学の関数を解くぞ……」


 そろそろ受験が迫ってきたから頭を切り替えて、

 勉強に本腰を入れ始めようとした頃だ。


「ねえ……ちょっと見て……」

「どうしたんだ?……あっ……」


 近くの学習センターで問題を解いてると、

 離れた席からこんな会話が聞こえたのだ。


「待ってあれ……」

「もしかして噂の人なんじゃ……?」

「ああ、例の○✖︎中の変態だ」

「……ね、ねぇ……早く出よ?」

「そうだな、あんな奴の近くに居たら病気が移るわ」


 明らかに俺の方を指差しながら喋っていたので、

 目を向けてみたらそのカップルは急いで勉強道具を片付けて去ってしまったのだ。


「……あっ、あっぁ……」


 余りにも衝撃的な出来事で戸惑いの声が口から漏れてしまった。その日に俺は、自分の居場所がとっくに無くなっていることを確信した。

 このままここに留まり続けても、状況は一向に良くならないだろう。


『もうこの土地で暮らしていくのは無理だな……。他府県に行かないと……』


 俺はこんなちっぽけな鳥籠の中で生きた屍になったまま、

 命が枯れるまで沈んだまま生きていくことになるのか?


 いや、世捨て人になったつもりが、

 !!


「ハルト、お父さんはお前に元気で前向きに生きて欲しいんだ。もちろんだ、頑張って来い。定期的にお小遣いもお米も仕送りするから、何も心配せずに行っておいで」

「そうだよ、ハルト。大丈夫よ、妹のお迎えならバイトになっちゃうけど、私が代わりにやっておくから。ハルトはただ前を向いて人生をやり直して来て頂戴。パパもママも、どんな時でもハルトの味方で、応援してるからね」


 俺は両親に他府県に進学したい旨を正直に伝えると快く納得してくれた。

 一人暮らしに必要な援助もしてくれると、応援までされて泣きかけた。


「……ッ……本当に、ありがとう……」


 つくづく俺には勿体無さ過ぎるほどの良い親で、本当に恵まれてると思う。

 幸い地元を脱出する動機で勉強に励めたので、

 あっさりと第一志望校に無事合格出来たのだ。


 めでたく新しい土地で人生をゼロからやり直すことに成功した。


 晴れて大阪の高校に通うようになって人生が変わると思いきや、

 不登校と部屋に引き篭もる習慣はなかなか拭えなかった。


「はあ……つくづく俺ってやつは……」


 高校でもついついサボるようになった結果、今に至ったというわけだ。

 人はそう簡単には変われないのだろうか。


 そう歩きながら過去の回想に耽っていると、

 何かのが耳に入って来た気がした。


「……なんだ……?」


 結構長い間歩いてると、

 どこからかドラムの音が頻繁に重なるような音楽が聞こえてきた。

 周りを見てみるとここはどうやらこの町のスラム街のようだ。


 隅でヤンキーだと思われる男たちがしゃがんでタバコを吸っていたり、

 壁にスプレー缶で誰かの悪口がデカく描かれてたりと、

 噂通りの治安が悪そうな地域のようだ。


 だがそんな事柄は後にして気になっていた音源の正体を確かめに行くことにした。

 いざ見に行ってみると、

 橋の下で2人の男を取り囲むように人だかりができていた。


「……あそこで、何やってんだろ……?


 音源は側のブームボックスから発せられていた、まだこの時代にあったのか。

 重要なのはだ。

 彼らは交互に円の中央に出てきて踊っていたのだ。


「……ッ!?」


 俺は、目の前で繰り広げられている壮絶な闘いに身体を震わせた。

 どこかで見たことあるぞ。


「……もしかして……!」


 地面に手を着きながら繰り広げる速い足捌きや、

 一瞬で身体を物凄い姿勢でガチガチに固める動作。

 そして手のみを地面につけて、

 足を開脚した状態で時計回りに下半身をぶん回す力技。


「これが、なのか……!」


 かつて適当にネットサーフィンしてたときにも見たことがあるぞ。

 無気力でアニメを見る気になれず、

 パソコンを立ち上げて適当に時間を潰していた日のことだ。


 何かが欠け落ちた心の穴を少しでも埋めるようとしていると、

 一つの動画に辿り着いた。


 鍛え上げられた肉体で無重力かのように宙を舞ったり、

 とにかく派手で凄い踊りをしていた人たちの動画を、食い入るように眺めた。


 あのときは一日中似たような動画を見るだけで終わってしまったが、

 改めて生で見たら迫力がヤバいと思った。


「……凄ぇ」


 思わずそんな言葉が口から溢れてしまった。

 男2人が汗だくの体で、何も持たずに己の誇りを賭けて戦っている。


 音に合わせて身体を動かしているだけなのに、

 こんなにも凄まじい激動を生んでいるのか。

 注目していると2人の情熱が俺にまで伝場した。


 次第に手に汗を握るようになり、身体はしっとりと汗ばんでいた。

 純粋にカッコいいなぁ。


 これは運命だと思った。ここまでの衝撃は今まで生まれてきて初めてだ。

 目の前のこれはもう、

 ぽっかりと空いていたはずの心の穴を埋める以上の存在となってしまった。


 ついに俺はやりたいことを見つけたのだ。

 ブレイクダンスで上手くなって、人生を塗り替えてやるんだ。


 そして今度こそ、俺はと決めたのだ。


 これはダンスの世界とは無縁だった男が、

 ダンサーを目指すことになった、ある夜の話だった。

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