現代で聖剣使いになっても仕方がない!
ゆうさむ
プロローグ
第1話 異世界からの逃亡
闇夜が支配する新月の夜。
夜行の動物でさえ恐れおののき、ねぐらの奥へ引きこもりそうな夜。星たちも雲の後ろに息をひそめる空の下に一つの大きな街があった。大きな城壁に囲まれ、美しく整っている石造り街並みも、夜の時間になると死神が歩いていそうな不気味さがある。
そんな夜なので、宿屋も今日はもう客はないと早々に店を閉めて夜の時間を楽しみ、いつもなら活気にあふれる酒場も今日はとても大人しい。
沈黙が支配するこの街の小さな小道に2つの影がある。ローブを羽織り、フードをかぶって全身を隠しているその2人は、何かから隠れるようにこの街の道の隅っこを歩いている。
「デッラルテ。追っ手はいる?」
ローブを着て正体を隠した2人の内の1人が口を開いた。その声はうら若き女性の声のようなハリのある声が、もう1人の影に向かって質問する。
「了解ですぅ!アリス様ぁ!確かめてみますぅ!」
対するもう1人の影はおどけた明るい声で返事をした。
「ちょっと!声を落として!」
「はい・・・」
アリスと呼ばれた女性の声の主は、デッラルテと呼ばれたおどけた声をたしなめる。デッラルテは落ち込んだように返事をした。
「早く街を出ないと・・・。いつ見つかってもおかしくない」
アリスは焦りを湛えた声でそう呟いた。そんな彼女にデッラルテは報告をする。
「アリスさまぁ!追手がいるかどうかわかりましたぁ!」
「声を抑えてって言ってるでしょう?」
アリスは頭を抱えながらデッラルテにそう言った。だがデッラルテはその言葉を無視して口を開いた。
「もうすでに見つかっているようですねぇ!」
デッラルテは嬉しそうな表情と声で、アリスにそう言った。そして次の瞬間。前方の道に影が2つ現れる。
「ッ!」
アリスは突然の事で驚き、慌てて身構えた。前方の影達もローブを羽織り、フードをかぶっているので正体はわからない。
「逃げても無駄だ」
アリス達の前に立ちはだかるローブの影は低く落ち着いた声でアリス達にそう宣言する。
「くっ!」
アリスは唇をかんだ。何故もう追っ手が付いているのか理解できなかった。誰にも見つからない様にしっかりと準備していたはずなのにどうして?どこで間違った?何を失敗した?
そう自分自身に問いただす。だが考えを巡らせる前に前方のローブの男が口を開く。
「どうしてわかったと言いたげだな?そうだな。投降したら教えてやってもいいぞ」
ローブの男は尊大にそういい放つ。それに対するアリスの返答ははじめから決まっている。
「じゃあお断りよ!」
アリスがそう言うと、デッラルテが右手を天に掲げた。そして次の瞬間、掲げられた手から強い光が放たれる。
「あなたたちぃ!捕まえる気があるんですかぁ?」
「ありがとう!デッラルテ!」
アリスは前方のローブの男達に目くらましが効いていることを確認すると、デッラルテに感謝を告げてジャンプした。着地地点は屋根の上。アリスは屋根の上に飛び乗るとそのまま屋根伝いに全力で走り出す。デッラルテも魔術で浮遊し、アリスの後を追う。
「早くこの街から出ないと!」
「かしこまりましたぁ!では失礼しますぅ」
アリスの言葉を聞いたデッラルテはアリスの体にも魔術をかけて浮遊させる。そしてあっという間に街を取り囲む城壁よりも高く上昇した。その上昇でアリスのかぶっていたフードが脱げて金色の長い髪が広がった。
アリスはフードの事を気にも留めず、緑の瞳は驚いて瞳孔が開き、生気豊かな唇は微笑んだ。
「さすが宮廷魔術師!」
「もう元宮廷魔術師ですけどねぇ!」
アリスとデッラルテはそれぞれ上機嫌にそう言葉を交わした。そして場外の平原に着地する。そのままアリスは街から逃げるように走りだす。
「見付かったからには街道は無理ね!森に入って巻きましょう!」
「かしこまりましたぁ!」
相変わらずデッラルテはおどけたようにそう言って、全速力で走り抜けるアリスの後を追う。そしてすぐさま森に到着し、2人はその森に突っ込んだ。
「痛ッ」
アリスはあまりに勢いよく飛び込んだので、細い枝にぶつかり思わず声を上げてしまった。大きい避けられても、こういった小さい枝のすべてを避けることはできない。ある程度覚悟していたが、思った以上の激痛にアリスは驚く。
対してデッラルテは全く遮蔽物にぶつからず低い位置を飛空する。枝避けに何かしらの魔術を使っているだろうか?とアリスは疑問に思う。
しばらくは森の奥へ奥へと走った後。2人は立ち止る。アリスは大きく肩で息をしている。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
獣の気配も感じない深い森の中で、アリスの激しい息の音だけが響く。
「はぁ・・・はぁ・・・デッ・・・ラルテ・・。どう?」
アリスは息を乱しながらもなんとかデッラルテに質問をした。
「今の所はぁ追ってきていない様ですぅ」
デッラルテはアリスの質問を正確に聞き取りそう返答した。それを聞いたアリスはその場に腰掛けて急いで息を整えようと深呼吸を始める。
「しかしアリス様ぁ。こんな無計画に夜の森に入ってよかったんですかぁ?」
そうデッラルテがアリスに質問する。アリスは息を整えて質問に返答した。
「目的の場所の方向はわかってる。街からそんなに離れていない場所だし、急いで走り抜ければ問題ないわ」
アリスはそう言って立ち上がる。少しでも早く目的の場所を目指さなければいけない。今は走れなくても、歩くことは何とかできる。そう思った。だが、その時不意に、アリスは声がかけられる。
「どこへ行く気だ?」
それは先ほど街で出会った男と同じ声。なんで先にいるの?全速力で走ってきたのにもう追いつかれたの?
「逃がしてくれるなら教えてやってもいいわよ」
アリスの頭の中ではなぜこの男がここにいるのかという疑問で一杯だった。だが、その疑問を表に出さず、強がりを言った。
その返答を聞いた男がアリスの元へ歩いて近づいてくる。
「じゃあ無理だな」
アリスは男のその言葉を聞いた直後、再び走り出した。先ほどの全力ダッシュの疲れは癒えておらず、さらに森という極めて走りにくいロケーションのため先ほどの10分の1ほどしか速度は出ない。だが、逃げるためには何が何でも走り出さなければならないと感じた。
「また鬼ごっこか」
男はため息をついてそうつぶやいた。アリスたちはその男を置いて森の闇に消える。
「アリス様ぁ!囲まれていますぅ!」
走り出したアリスに、デッラルテは嬉しそうな声でそう報告をした。
「チッ」
アリスは思わず舌打ちをした。
「アリスさまぁ!もうだめです!死んでしまいますぅ~」
デッラルテは極めて愉快そうに弱音を吐いた。
「弱音を吐かないで!あなたは宮廷魔術師でしょ!」
「元宮廷魔術師ですよぉ!」
「いいから走るの!」
アリスは強い口調でデッラルテにそう命令した。デッラルテはそれに反発することなくアリスの後を飛行する。
「なるほど・・・。この先は祭壇だな・・・」
その時、森にローブの男の声が響く。どの方向から声がしたかはわからなかったが、確実についてきていることだけは理解できる。
「急ぐわよ!」
アリスは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。木々の隙間を抜けてできる限りの全力で森を走る。そしてしばらく走った後、ついに森を抜けて祭壇へとたどり着く。
だが、アリスは祭壇の姿を確認したと同時にその前に立つ2人の男の姿も目に入る。男たちは自分が向かうはずの祭壇の前でアリスの事を待っていた。
「⁉」
どうして2人が回り込んでいるの?アリスの心にそう疑問が浮かび足を止めそうになる。
「アリス様ぁ!走り抜けてくださいぃ!」
そんなアリスにデッラルテはそう言った。アリスはその言葉を信じ、再び足に力を入れて走り続ける。
「わざわざ捕まりに来てくれて助かるよ」
男はそう言ってアリスに向かって手をかざした。そしてアリスは魔力が腕に集まってくるのを視認する。
「ッ!」
アリスは恐怖して足を止めそうになる。だが、アリスと男の隙間にデッラルテが滑り込んできた。
「どいてくださぃ!」
デッラルテはそういうと振り上げた手を振り下ろす。2人の男は後ろに飛び退いた。その瞬間、2人がいた空間に、何かしらの打撃が振り下ろされ、大穴があく。
「宮廷魔術師"陽気なデッラルテ"。なぜおまえがそれに肩入れする?」
「教えませぇん!」
「なるほど。狂人という噂は本当だったようだな」
アリスは飛び退いた二人の隙間を全速力ですり抜ける。そしてそのまま一目散に祭壇へと走る。
祭壇は大きな石が積み上げられ、四方にある階段から頂上まで登れるように作られている。その祭壇の上には、祭事の際に使われる台や燭台などが置かれている。この場所は年に一度の祭りの際に使用される場所で、基本王家と有力貴族しかここに立ち入ることはできない。
「何をする気だ?」
全速力で走るアリスは、男の質問に返答する余裕はない。ただひたすら祭壇の階段を駆け上っている。そしてそのあとにデッラルテも続く。
「はぁ・・・はぁ・・・お願い!・・・開いて!」
アリスは懇願するように呟いた。その声に反応するように稲光が走る。
「な、なんだ?」
祭壇の下で片膝をついている男がアリスが走っている先にある祭壇の頂上を見る。
「なんだここは?あれは何をしようとしてる?」
男が見守る中、アリスは祭壇の頂上へとたどり着く。そして目の前に出現した黒いもやを見る。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
全速力で走ったアリスはもう息も絶え絶えだ。だがそれでもアリスはそのもやに近づく。
「はぁ・・・はぁ・・・よかった!」
アリスは安心したようにそう呟いた。
「何をする気だ!」
そんなアリスの後方から男が叫ぶ。
「アリス様ぁ!男が追って来てますっ!お早く!」
「う、うん!」
アリスはデッラルテの声に従って黒いもやの中に飛び込んだ。
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