夕食
「ところで!」
鞄を開きながら、シオリは大声で言った。
「私ははらぺこである!」
「でしょうねぇ…」
ショウタは呆れたようにそう言うと、チラッと窓の外を見た。もう日はすっかり沈んでいるようだ。蛍光灯で明るい室内からは、外のどんよりとした暗闇が、まるで墨汁をぶちまけたみたいに広がって見えた。
「げぇ…まさか…それで夕飯済ますつもり?」
ショウタはシオリの方に視線を戻した。シオリは、ショウタが鞄から取り出した栄養ビスケットを睨みつけていた。
「…荷物の容量考えたら、食料にさくスペースがちょっと…だから別にいいかなって…」
「いくない!」
シオリは、今までよりも遥かに大声で怒鳴った。ショウタは、こんなにまっすぐ人に怒られたのがとても久しぶりに感じられていた。シオリは、鞄の中からプラスチックのパック2つと、缶詰を二つ取り出した。シオリは、真剣な顔をしたまま口を開いた。
「…いいでしょう、ショウタにはお世話になったし…涙を飲んで私の食料を分けましょう…」
「い…いや別にそんなに無理をしなくて」
「いくない!」
「…ま…まだとちゅ」
「こんな場所では、肉体の疲労はもちろん、精神の疲労も命取りになり得る!とすれば、そんなビスケットではなく、それなりにしっかり美味しい食事を摂らなければならないのである!」
とんでもない迫力でシオリは叫び続けた。シオリの言うことにも一理あるし、そもそもショウタには反論する気力は残っていなかった。
「わ…わかったよ…じゃあありがたくいただ」
「いくない!」
「botか!てか話聞いて無いんかい!」
ショウタは、シオリよりも大声で叫んだ。少しして、二人とも吹き出し、笑い始めた。
一頻り笑った後、シオリは加熱機で缶を温め、お湯を沸かしてプラスチックのパックに入れた。見ると、中にはインスタントの米が入っていた。
「…んで、本日の献立は何です?料理長」
「聞いて驚け…カレーライスじゃー!」
シオリはそう言いながら、嬉しそうな顔で加熱機から缶を取り出した。見ると、確かにでかでかと「カレー」と書いてある。
「…全く文句ないけど、ビスケットを否定した割には、健康面に疑問の残る食卓というか…」
「健康より美味しさよ…ただ、インスタントのご飯はちょっと屈辱だけどね…」
ご飯をパックから器に盛り付け、カレーをよそいながらシオリは言った。
「…そんなに美味しくないものだっけか?」
「そりゃもう…私の両親も、昔の地震の時に食べたインタンご飯はマズかったって…」
言いかけて、シオリは言葉を止めた。ショウタは、シオリが少し悲しそうな目をするのを見逃さなかった。決して触れちゃいけない、話題にしてはいけないんだと感じ取った。すかさず、ショウタは配られたカレーを一口食べた。
「…いや、めちゃくちゃ美味しいよ…」
シオリは我に帰ると、スプーンにカレーとご飯をのせ、口に運んだ。しかし、何かを思い出したように、そのスプーンを器の上に戻し、手を合わせた。
「いただきます」
「…いいお行儀で」
「こんな世界じゃ、食材への感謝は昔以上にちゃんとしとかないと…昔はバチが当たるので済んだかもだけど、今はバチで殺されかねない…」
そう言われてショウタは、そこそこ差し迫った恐怖と、申し訳なさでいっぱいになった。すかさず、カレーを食べる手を止め、手を合わせて呟いた。
「…いただきます」
「いいお行儀で」
シオリは、時間に追われているようにカレーをかきこんでいった。ショウタは、ふと思い出したように、ご飯だけをスプーンですくって食べた。よく味わうと、確かにプラスチックの溶け込んだような匂いが鼻についた。すかさずカレーをすくって食べる。匂いは気にならなくなった。ショウタは、またふと、あることを思い出した。
「らっきょう…」
「えー…カレーには福神漬けでしょう!」
すかさず、シオリが横槍を入れた。
「い…いや、カレーにはらっきょうでしょう」
「らっきょう酸っぱすぎるじゃん!なんかカレーの味がしなくなるっていうか…」
「それを言うなら、甘ったるい福神漬けなんて、カレーには全くあわないでしょ!」
「あの甘さが美味しいんじゃん!それにらっきょうはお酢の匂いがきついし」
「ほぉー…そこまで言うなら…」
ショウタは、鞄の中から一つの瓶を取り出した。
「俺がたまたま持ってきていたらっきょうはいらないな…」
「ショ…ショウタさん人が悪いなー…あ、らっきょう美味しいですよねー…コリコリしてて酸っぱくて…」
「よく回る手のひらだな…」
呟きながら、ショウタはシオリのカレーにらっきょうを三粒ほど転がした。
「…え?カレーは無いのにらっきょうは持ってきてたの?」
「漬物だから日持ちする。それにすっぱいものは体の疲労回復にいい」
「相変わらず計算高いなー」
シオリはそう言いながら、カレーをボリボリ言いながら食べた。
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