旧都



 そもそも、ここが「旧都」になってしまったのは、そこまで大昔の話ではなく、ほんの数年前までは、この場所も多くの人々でごった返していたのだ。



 ことの発端は、新政府の樹立から六年前に起こった。当時まだ幼かった少年はもちろん、そこで生活していたその他多くの人々は、ただ当たり前のように、普通の生活を送っていたのだった。



 ある日の夕方、皆が家路につこうとする頃、とある研究施設で大きな爆発が起こった。元来古い設備だった事に加えて、かつて起こった大地震によるダメージも大きく影響していたそうだ。ここで問題になったのは、そこで研究されていたのが、人体に多大な影響を及ぼす化学物質だったという事だ。後に書かれた論文では、海外でおこった似た事故の十倍以上の有害物質が放出されてしまったとのことだった。



 しかし、人間の愚かしさは実際の事態を見事に大ごとにした。当時の旧政府は、「人々をパニックにしてはいけない」という、まるで三流のドラマの言い回しのような目的で、化学物質の害を過少に報告していたのだ。そして、恐怖に駆られた一般の人々は、そのマヤカシをいとも簡単に受け入れてしまった。当時のSNSでは、この物質の危険性を巡って様々な論説(というか暴論)が囁かれ、ついには、そんな事故はそもそも起きていなかったような風潮にすらなってしまった。



 そうこうしているうちに、その化学物質は体に少しずつ蓄積し、多くの人々を蝕んでいった。事故から五年も経つ頃には、人々の突然死が頻発した。人々がことの重大さを認識するのは、全てが崩壊した後のことだった。新政府が首都を国の西側に移し、各地にシェルターの設置が完了する頃には、この国の人口の四分の三もの人間が死に絶えてしまった。人々は、健やかな人も病める人も、富める人も貧しい人も、人間であろうとなかろうと、まるでそれが一つの平等の形であるかのように、命を絶っていった。そして、少年の父親もまた、その「四分の三」の一人だったのである。



 遠くの瓦礫を眺めながら歩いていた少年は、ガイガーがまた大きく不快な音を立てているのに気がついた。



 「…勘弁してくれよ…」



 少年は端末でまた現在位置を確認し始めた。



 人々の手がなくなり、真っ先に故障したのが、原子力発電所だった。国内だけでも数十機ある原発は街の崩壊から数日で機能を停止し、メンテナンスされていない核物質が漏れ出した。このために、細々と残っていた植物も枯れはて、砂漠のような廃墟には点々と高濃度汚染地域ホットスポットが残された。



 少年は、またも進路を左に向けると、とぼとぼと重い足取りで歩いていった。



 「…俺はここから一歩も動けなかったりな…」



 少年の独り言が、廃墟に寂しげに響き渡った。



 ふと少年は、聞き慣れた音に混じって、ガラガラとか細く崩れるような音を聞いた。あたりを見渡すと、大きなビルの瓦礫の上から、ボロボロと小さな瓦礫が落ちてきていた。どうやら、今すぐにでも崩壊するらしい。



 少年は、そのビルの最後を見届けようか、ほんの一瞬足を止めた。そして、そんな事に大した意味はないと思い、また迂回路を探そうと考えた。その瞬間、少年の心に確かな違和感が生まれた。少年はあたりを見渡す。具体的ではない、しかし明確な違和感が確かにあった。ぐるりと首を回してあたりを見渡すが、何も見えない。勘違いだとも思われるが、少年の何かがそれを緊急事態だと察知していた。



 少年はふと目を閉じ、呼吸を抑えて、あたりの音を注意深く聞いた。ガイガーの音、風の音、崩れるビルの音、ガスマスクの音。少年はハッと気がついた。自分が立てている音とは違う、もう一つのガスマスクの音が微かに聞こえていたのだ。



 少年は目を開けると、またグッと目を凝らしてあたりを見渡した。吹き上がる砂埃、自分の足跡、崩壊しかけたビル。



 そして少年は、その倒壊しかかったビルの下に、身動きが取れずもがいている、もう一人の人間を見つけた。



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