空色サプリ

おじぃ

プロローグ:何処へ向かっているのだろう

 僕はいま、何処へ向かっているのだろう。


 高校2年生の夏、そろそろ希望の進路を決め、そこへ向かって勉強しなければならないのに、特に行きたい学校も就職したい会社も、将来の夢さえもない僕は、ただひたすら点数を稼ぐために机上きじょうでペンを走らせるばかり。


 せめて部活動でもやっていれば何か違ったのかもしれないけれど、運動は苦手、文化的センスもない。得意なことも好きなことも特にない僕は、ただひたすら目の前に用意された課題をクリアしてゆくばかりの人生を送るのだろうか。


 僕が生きている意味って、なんだろう……?


 きっと、そんなことを考えてはダメなんだ。人生に意味があり、一人ひとりに役割が与えられているとしたら、きっと僕に与えられているのは大義名分を果たすのではなく、社会を動かす小さな歯車として、与えられた仕事をただこなしてゆくだけの配役だろう。


 僕には日頃から後ろ向きなことを考える癖があるけれど、朝のバスに乗っているこの時間だけは、文字どおり前を向こう。


 僕はいま、中ドア突き当たりの席に座り、僅かに首を上へ傾けながら右側最前列の席の前、つまり運転席のすぐ後ろに掛けられたニュースやCMなどを放映するモニターを見ているフリをしている。


 というのも、本当はステップが高くなっているその席に座る女の先輩を見上げているのだ。栗色セミロングの髪は艶やかで、見ているだけで息を呑んでしまう。


 性格は明るく社交的で、着痩せしているが噂によると胸はEカップという。学年問わず多くの男子に人気で、しかも成績は学年トップ。


 何の取り柄もない僕には到底手の届かない存在だ。先輩も僕も同じ時間のバスの同じ席に座る。朝のほんの10分、至福のひととき。


 学校前のバス停に着くと、同じ学校の生徒が運転席横のリーダーにICカードをタッチしてぞろぞろ降りてゆく。このバスは運賃後払い。バスが停車する前に立ち上がり、降車を待つ列に割り込む者が多いなか、先輩は決まって最後に降りる。僕は最後から2番目に降りるから、先輩が運転士に「ありがとうございました!」と元気に告げる声が聞ける。それだけで、今日も一日頑張れる気がするのだ。



 ◇◇◇



 私はいま、何処へ向かっているのだろう。答えは単純、バスの車窓を眺めながら学校へ向かっている。UVカットガラスからはぐんぐん昇る朝陽が適度に差し込み、気分もぐんぐんハッピーになってくる。


 松の木が連なる海辺の国道からときより覗けるきらきら輝く海と、ソーダアイスのように爽やかな空に、まだ見ぬ何かとの出会いと、そこに秘められた無限の可能性を感じるのだ。


 七夕が過ぎ、真夏はもうすぐそこまで来ている。セミの合唱が始まり、天高く咲く花火に心を奪われ、散りゆく煙は数多あまたの想いを乗せて、やがて宇宙そらの星となる。そんな、とびっきり賑やかで、とびっきり楽しい季節へ向かっている。


 今日はどんな『新しい』が待っているだろう。私は井の中の蛙。世界にはまだまだ知らないことだらけ。知りたい。出会いたい。もっと色んなことに。


 さぁ、季節の風を感じながら、上を向いてゆこう。私が私である奇跡を、胸いっぱいに抱きしめて。

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