やってみよう
「はい、じゃあやってみなさい!」
「えぇ!?」
とりあえず敵の第1陣は一刀の元に屠っておいた。
だから今は小休止。
鞘に入った愛刀を、騎士坊主の元へずいっと差し出す。
「あの教科書は読んだんでしょう?」
「は、はい」
うむうむ。あの寮母さんもしっかり仕事をしてくれた様だ。
「あ、教えて下さらないと仰っていたのにわざわざ教科書なんかを頂いて良かったのでしょうか?」
刀を押しのけつつ、そんな疑問を投げてくるアイツ。
まぁだが仕方ないのである。
「人類の為よ! あんたの為なんかじゃないわ!」
「は、はぁ……?」
こちらには大義名分があるのである。
首を傾げる鈍い奴をキッと睨みつけ、改めてもう一度言う。
「教科書を読んだなら…… やってみなさい!」
「いやっ、でもっ!」
「ごちゃごちゃ五月蝿い! 魔法が使いたいんでしょう!? 最初は倒せなくてもいいの。きっと私くらいになるには100年はかかるでしょう。でも…… その第1歩はここよ!」
言いながらグッと腕を掴み、強制的に刀を握らせる。
それに対するアイツの答えは……
「……はい!」
所詮魔法を使いたいと強く願っている奴だ。口では抵抗していても、熱い言葉さえ掛けてやれば簡単に口車に乗る。
ここにヴァネッサ様魔法王国、第1臣民が誕生した。
……あれ? こんなことが目的だったっけ?
まぁなるようになるだろう。首を振って思考をどかす。
「そうと決まれば実践あるのみ! あっちから中軍がやってくるわ。恐らくこのクラスのスタンピードなら…… ゴブリンキングが1万とかね。やってみなさい!」
「えぇえぇえぇ!!!???」
何を驚いた声を出しているのだろうか?
ヴァネッサ様に教えを請おうと言うのに、そんだけ蹴散らせなくて何が魔法を使いたいだろう。
1匹で騎士100人に相当するというゴブリンキング。1万もいればまぁ国が滅ぶだろうが……
「大丈夫よ。1匹倒したら後は変わってあげるから」
「いや、1匹でも……」
私が詰めている以上、万一など存在する訳もなく。
腰が引けている様子を見せてくるが、そんなことで許すヴァネッサ様ではない。
が、ちょっとくらい折れてあげよう。
「分かったわ。最初に、私が9999匹倒すわ」
「……え?」
「それを見てなさい。横で練習していなさい!」
「は、はぁ……」
「30分で片付けるから、その間にちょっとでも魔法が使えたら許してあげる。最後の1匹は一緒に倒しましょう」
「でも、そんな……」
「大丈夫よ、魔法なんて誰でも使える道具。使い方を覚えちゃえば、簡単に出てくるわ。なんの為の教科書、なんの為の見取り稽古だと思って?」
もうここまで来れば、今日この時間に魔法を覚えさせるしかない。
1度取った弟子だ。大規模破壊魔術のひとつも覚えさせずに帰したとなれば、きっと後でオヤジ三人衆に煽られるに違いない。
なんかプルプル震えてるけど仕方ないのである。
肩を叩き、項垂れる黒髪を立ち上がらせる。
「しっかりしろウィルス!」
こういう部下に対しては心構えを解くのが1番上手くいく。
そのまま問うのは教科書の内容。あこには魔術の神髄が詰まっている。
「ウィルス! 教科書の第1文、何が書いてあった!」
意気揚々と、上官らしく問いかける。
「ハイ将軍! 税収で国を圧迫しろです!」
こいつの上司は中々いい教育をしている。しっかり背筋を伸ばした騎士は私の問いに答えて……
……え?
……え?
「……私そんなこと書いてた?」
「はいっ将軍!」
これはやってしまったかもしれない。
当時の私は寝ても覚めても畑のこと……(時々コイツのこと)しか考えて居なかったために、なにか大きな過ちを犯してしまっていたのかもしれない。
……大規模破壊魔術が税収と関係あるか?
……当時の私がさっぱり分からない。
「……嘘言わないでよ!」
「そうは言われても…… 見ます?」
一応の抵抗を見せてみる私だが、懐から取り出された、読み込まれたのであろうボロボロになった…… ちょっと嬉しいわね。
教科書の第1文には、紛うことなき農業に関する訓示が書かれていた。
「……それは回収します!」
久々の戦闘が私の脳を活性化させていた。
なんとまぁ隠居中の私の鈍っていたことだろう。
「……ごめんなさい。そして忘れなさい!」
「いや、でも一言一句暗記してて……」
「本っ当に申し訳ないけど忘れなさい! そして明後日また家に来なさい。新しい教科書あげるから!!」
こちらから訪問を誘ってしまう程の衝撃。
そして申し訳なさ。
やはり怠惰は人を糞にする!!!
ダイナミック方針転換を行った私は、彼の手にあった愛刀をそそくさと回収する。
「あの、ラスボスまで1時間ございますので…… その間にごゆるりと修行なされませ~」
「……え、へ、え? どういうことですか!?」
「どうもこうも、魔法は今日中に使えるようになってもらうけど、まだ良いって言ってんの! ゴブリンキングは私が全部やるから!」
「え、マジですか!?」
「マジよ!!」
せっかく心血を注いだと思った教科書は、後で読み返して見るとゴミだった。
ちょっと冷静になった私は愛刀に再び雷を纏わせる。
「敵来たわよ敵!!」
「え???」
照れを隠すために敵が来たのをいいことに、私は雷速でその場を離脱する。
そして、体の内から湧き上がる恥ずかしさを王冠をつけた緑の巨人達にぶつけ始めた。
「ったく、ヴァネッサ様ったら発言が右往左往しやがる。まぁ仕方ない。できることをしよう。えっとその1、杖に魔力を込める…… 魔力については教科書にあったな……」
……なにやらボソボソ呟きながら、拾ったのであろう木の枝に蒼炎を纏わせる大きな才能には気付かずに。
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