山姥と恐れられる隠居魔女は今日も静かに暮らしたい

譚織 蚕

4度目の来襲

「ちょっと! あの馬鹿ウマどっかにやんなさいよ!」

「あっ、すみません! わーー! 止めろランス、ヴァネッサ様の薬草を食べるな!」

「まったく…… これだから騎士っていうのは……」


 深く静かな森の中。

 木々が開けた広場に、小さな畑と1つの木の家が建っている。


 ここはヴァネッサハウス。

 王都での役所勤めに疲れた大魔道士ヴァネッサ様が、憩いを求めて建てた家だ。


 麓では山姥だのなんだの言われてるらしいけど、失礼な!

 ピチピチの20代が建国した、私だけの小さな王国。


 ……の筈だったのに!


「てかあんた今日は何の用よ!」

「え? 巡回任務のついでに顔見に来ただけですけど?」

「なんで見に来んのよ」

「……趣味?」

「わ、きしょっ」


 2ヶ月前。真っ黒な髪をした、麓の街に務める新卒騎士がご丁寧な事に訪ねてきやがった。


 最初は赴任の挨拶に。

 次は地域住民の見回りで、その次がカレーのお裾分け。

 んで今回が顔を見に、と。


 ……は? は?


 地域って言っても麓からここまで馬でも2時間掛かるんですけど!?


 しかも来る度に理由が杜撰になっていく。

 会うの3回目の男が作ったカレーとか食べないから。


「しっしっ、顔は見たでしょ! 早く帰りなさいよあんた!」

「あんたじゃなくってエヴァンです!」


 お前の名前なんて聞いてないし、覚えてても使う場面なんて来ないだろう。


「あのねぇ…… 私は人と会いたくなくって態々こんな辺鄙な所に住んでんの! わかる? わかるわよね?」

「……まぁ、はい」


 わかるならヤメレ。

 なんかチャラつきながら近付いてくるこのガキも、私の畑を荒らす馬も大っ嫌いだ。


「カエレ」


 赤い目から光を消しつつ、無機質にたった3文字を口から吐き出す。

 帰ってくれ、そして一生やって来ないでくれ。

 そう思いながらシッシッと手を振る。


「はいはい、分かりました。帰るので名前だけでも覚えてって下さい!」

「お前うるっさいわね! かーえーれー!」


 ほんっと煩い。

 漸く黒い馬を呼び、それに飛び乗ったあいつは振り返ってもう一言。


「ちぇっ、じゃあまた来ますね! 行くぞランス!」


 最初は歩いていた馬は徐々に加速して木々の中に体を隠す。

 ふっと見えなくなる背中に向かって万感の思いで突っ込む。


「二度と来んな!!!」


 分かれ。私の思いも分かってくれ。


 馬が噛んだ草に回復魔法を掛けつつ、アイツが去った後を睨みつける。


 どこまでも調子が狂う奴。

 なに?

 隠居してる独り身魔女ならワンチャンあるとでも思ってるの?


 私はただ、静かに生きていたいだけなのに。


 20日の静養で貯めた落ち着きポイントも、20分の人間との交流で一気に消耗させられてしまうのだ。


「はー、クッソみたい」


 輝く自慢のブロンドを撫ぜながら、首を振って思考を消去する。


「あんな馬鹿にかけてる時間なんて勿体ないわね。あー忙しい。茄子に水やりしないと!」


 そっと願う。山姥でもいいから、どうか静かに暮らせますように。

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