第4話


 捻挫した冒険者と薬師の婆さんに頼まれ、護衛を引き受けることになった。

 依頼料は、冒険者からの引き継ぎで7万ゴル。オレの取り分はその半分……らしいのだが、よく分からん。

 一回の食費が大体六百ゴルで、宿代は一般的な旅籠が2食付きで五千ゴル未満とのこと。

 単純にゴル=日本円と考えると、物価は安めなのかも知れない。

 支払いは、捻挫した冒険者と婆さんの一筆を貰って依頼用紙を冒険者ギルドに届ければ、その場でうけとれるらしい。

 捻挫野郎の一筆は貰ってるので、後は婆さんを無事送り届ければ完了。

 半金は婆さんに預けておけばいいと言われてるので、わざわざ戻って来なくて良さげ。

 まあ、特に予定は無いので戻っても問題ないのだが、どうせなら、ある程度仕事がありそうな街の方で活動したい。


 待ち合わせの宿屋の前で婆さんが出てくるのを待つ。

 都合四日間世話になったミランダの見送りは無し。

 親切にはして貰ったが、その分こき使われたので貸し借りは無し。縁があればまた会うこともあるだろう。


「無理なお願いして申し訳ないねぇ」


 宿から出てきた婆さんが頭を下げてくる。

 背中にでかいリュックを担いでいたので、手ぶらのオレが引き受けることにした。

 押し付けられたとは言え、一応仕事だしな。



 長閑な田舎道を婆さんと歩く。

 ちらほら民家が見えるので、しばらくは魔物や野生動物を警戒しなくて良さげ……なのだが、如何せん老婆の歩み。兎に角遅い。

 このペースで次の村に辿り着けるのか不安になる。


「婆さん、オレは土地勘が無いんでよく分からんのだが、こんなにのんびりで大丈夫なのか?」


「大丈夫さぁ。行きもこんくらいだったし、夜には次の旅籠につくからねえ」


 大丈夫らしい。


 だが、正直このペースは遅すぎて辛い。

 出来れば魔物との遭遇は避けたいので、陽のある内に次の村に入っていたいというのもある。


 どうしたものか……


 婆さんは小さいので、背負っても大した負担にはならないと思うのだが、それには、背中のリュックが邪魔すぎる。

 薬草が入ってるらしいのだが、それにしてもデカ過ぎだろう。


 ……婆さんをポケットダンジョン入れてみるか?

 や、出きるかどうか分からないが、もし可能なら、オレは自分のペースで歩けるので、日が落ちる前に旅籠に辿り着けるかも知れない。


 試しみるか……


「婆さん、ちょっといいか?」


「なんね?」


「オレのギフトで婆さんを運べるかもしれない」


「おやおや、あんた転移系のギフト持ちかい? だったら話は早いやねえ」


「や、オレのギフトはそんな便利そうなものじゃない。ただ、もしかしたら婆さんがのんびり寛いでる間に運べるかもしれない」


「ほう? 担いで運んでくれるのかい?」


「それも違う。つか、出来るかどうかどうかわからないが、試させてくれるか?」


「ふむ。まぁ、あたしも歩くのはしんどいから、楽させてくれるんなら大助かりだよお」


 と婆さんは笑う。


 オレがポケットに入った時、服や靴は脱げずについてきたので、多分、接触してれば大丈夫だろう。

 そう考え、婆さんの肩に手をのせ、尻ポケットに手をいれる。


 次の瞬間、オレと婆さんはログハウスのある洞窟の中にいた。


「ほわ~、なんね、ここは?」


 婆さんが目を見開いて驚いている。

 どうやら予想通り接触してれば一緒に入れるようだ。


「まぁ、これがオレのギフトだな」


「収納系のギフトかい! マジックボックスは知ってるけど、人が入れるタイプは初めてだよ!」


 少し興奮している婆さんを連れてログハウスに入る。

 相変わらず人の気配はない。


「見ての通りがらんどうで、退屈かもしれないけどな。ここで待っててくれ、その間に、オレが旅籠まで歩いてくから」


「おや、勝手に進んでくれるんじゃ無いのかい」


「そんな便利なギフトじゃないよ」


 言ってオレはもやもやから外にでた。

 そして、十歩ほど歩いてまたログハウスのダンジョンに戻る。

 先程と全く同じ景色。

 婆さんもログハウスの中でキョロキョロ辺りを見回してるが、特に変化は無さげ。


 オレの歩きに合わせて揺れたりしてるんじゃないかと勘繰ったが、杞憂だったらしい。

 たぶん問題ないだろう。


 ダンジョンから出ると、そのまま街道歩き始めた。

 もしかしたら、これは商売に出来るのでは無いかと考えながら……




 ずっと街道を歩き続け、体感で午後4時頃に次の旅籠の村が見える場所までやってきた。

 言われてた通り魔物に襲われることもなく、また、一本道で道に迷うことも無く、すこぶる安全な行程だったと言えよう。

 因みに昼飯は”人をダメにするダンジョン”の例の果実。

 婆さんにも食わせたが、驚きつつも旨そうにくってくれた。


 村から少し距離を開けたところで立ち止まり、人通りが無いことを確認して、オレは婆さんを外に連れ出した。


「ほうほう、もう着いたのかい。これはらくちんだねえ」


 婆さんが嬉しそうに目を細める。


「退屈だったろ? あそこには何もないから」


「年取ると時間の流れが早くてねえ、あっという間だったよ」


「そうか。なら良かったよ」



 婆さんとたわいもない話をしながら村に入る。

 村の作りは前の村とほぼ一緒で、飲み屋と雑貨屋と宿屋があるくらい。あとは民家がちらほら。


 宿屋まで来て、ふと宿代が無いことに気づく。

 つか、宿代どころか一銭も持ってなかった。


「なあ婆さん。明日もここで待ち合わせでいいか?」


「なんね? 泊まらんのかえ?」


「ああ、まぁ、な」


 この世界の宿には興味あるが、先立つものが無ければどうしようもない。

 依頼人の婆さんに借りるのもみっともないし、幸いオレには”人をダメにするダンジョン”がある。

 宿体験は金が入ってからでも良いだろう。


 婆さんはそれ以上は聞かず、宿屋の中へと入っていった。


 オレは踵を返すと、村の中を散策し、人目に付かなそうな場所を探す。

 村の建物は基本木造で、やはり、西部劇風。

 

 異世界っていうと中世ヨーロッパなイメージがあったのだが、流石になんでも同じというわけでは無さそうだ。


 ポツポツ見かける村人は、ごわごわしたシャツに安っぽいチョッキ、下はコットンパンツっぽいズボン。

 ザ・村人って感じだが、どこ風かと問われても特定しづらい。ぶっちゃけ、どこにでもありそうなありふれた格好だった。


 しばらくぷらぷらと歩き回り、村外れの林に辿り着く。

 人気は無く、近くに民家もない。

 オレは林の中に入り、さっそく”人をダメにするダンジョン”に入ろうとして、ふと思いとどまり、”一マスダンジョン”に入った。


 元の世界でやったオープンワールドRPGでは、ダンジョン内の宝箱の中身がリスポーンすることがあった。

 もしかしたら、このダンジョンの宝箱もリスポーンしてるかもしれない。


 オレは木製ドアを開けて中に入る。

 部屋の真ん中には、前回同様ポツンと宝箱があった。


「よしっ!」


 思わずガッツポーズを取ってしまう。

 なぜなら、前回開けっ放しにした宝箱の蓋が閉まっていたのだ。


 これは期待が持てる!


 オレはいそいそと宝箱の近付くと、おもむろにふたを開ける。

 すると中には───


「………味噌?」


 そこにあったのは、どこからどう見ても味噌だった。

 味噌っぽい何かではない。元の世界では、スーパーなどで普通に売ってるプラカップ入りの味噌。

 出汁も添加物も防腐剤も入ってる、ごくごく普通の、たまにセール棚に並ぶような、あまりお高くない味噌。

 ラベルも日本語で、テレビCMでお馴染みの丸で米なメーカー品。


…………


 ま、まぁ、深くは考えまい。


 

 オレは味噌を持ったまま、チョッキの内ポケットに手を入れ”人をダメにするダンジョン”に移る。

 なに気にダンジョンからダンジョンへの移動は初めてだったが、問題なく出来た。


 よしっ、取り敢えず風呂だ。


 着てるものをぱっぱと脱ぎ散らかし湯船に浸かる。


「ふい~~~……」


 やはり仕事終わりの一っ風呂は最高だ。

 今日は散々歩いたので、その分余計に気持ちが良い。

 ぐぐっと両腕を上げ伸びをする。

 不思議と肩凝りも感じない。

 この風呂の効能だろうか?

 まあ、別になんでも良い。

 この時間を楽しもう。




 少し長めの風呂でのぼせた体を苔の上に横たえる。

 タオルは無いので、軽く手でみずを払っただけだが、苔が湿って気持ち悪くなったりはしないのは前回で学習済み。

 しばらく放っておくと身体も乾く。

 だらけるには最高のご都合仕様。

 つくづく危険な”人をダメにするダンジョン”だった。



 身体が乾いたので夕飯にする。

 と言っても例の果実しか無いのだが、今日は味噌がある。

 試してみるしかあるまい!


 オレはパッケージを開け、果実をぶっ指す。 

 たっぷり味噌を付け、ガブリとやると──


 もろきゅう?


 歯触りもみずみずしさも味も、まんまもろきゅうだった。


「……これもマリアージュと言って良いのだろうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る