第3話

「おや、あんたかい。一週間も音沙汰無しだから野垂れ死んだのかと思ってたよ」


 飲み屋に戻ったらいきなりこんなことを言われた。

 勝手に殺さないでほしい。


「で? どんなギフトを授かったんだい?」


「ポケットダンジョン」


「は?」


 かくかくしかじか


「へ~! そんな変わったギフトだったのかい。ダンジョンマスターやダンジョンキーパーってのは聞いたことがあるけど、ポケットダンジョン……良いんだか悪いんだか分からないねぇ」


 けらけらと笑う女主人。

 もっと驚かれるかと思ったが、似たようなギフトが既にあるっぽい。

 しかも、聞くからに上位互換な感じの。

 ちょっと残念だが、まぁ、いい。

 スペシャルなギフトじゃ無くても、少なくとも飢え死には避けられそうだし。

 ただ、あの”人をダメにするダンジョン”は用法用量を守らないと人として終わる。

 一日二日のつもりが、気づいたら一週間だらけてた。

 あそこはまずい。


「それより、これを見てくれ」


 言って一マスダンジョンの宝箱から出てきた小瓶を見せる。


「なんだい、これ? ポーション?」


「ラベルがあるだろ? オレには読めなかったんだが、これはこの世界の文字か?」


 女主人は小瓶を手に取るとラベルを確認する。


「読めない字だねぇ、少なくともこの国の文字じゃあ無いと思うよ? ただ、この世界の文字かどうは分からないねぇ、あたしも異国の文字なんて知らないし」


 なるほど。

 この世界でも国ごとに言葉が違うのか。

 なら分からなくても仕方ないな。

 オレももとの世界の文字を全て把握してたわけじゃ無いし。


「でも、色なんかは、そこらで売ってる低級ポーションなんかといっしょだねぇ」


 言って背後の棚から小瓶を取り出す。


「ほら、そっくりだろう?」


 そっくりだった。


 飲んでみるのが手っ取り早いか?


 ……いやいや、見た目同じでも素人判断はまずい。キノコだって食えるキノコにそっくりな毒キノコとかあるし。


「気になるんなら薬師に聞けば良いんじゃないかい?」


「薬師?」


「ポーションとか風邪薬とか扱ってる職能人さ。昨晩飲みに来てたから、まだ村に居るんじゃないかねえ?」


「この村の人間じゃ無いのか?」


「こんな小さな村に薬師が住み着くもんか。行商と薬草集めでたまに来るんだよ」


 なるほど。




 飲み屋を出て宿屋に向かう。

 場所は女主人に聞いたので問題ない。

 まあ、この村に宿屋は一軒だし、他は雑貨屋があるくらいで間違えようがないが。


 それらしい店の前で看板を確認。

 ベッドの上にクロスしたフォークとナイフの意匠。

 文字が読めなくても分かる親切設計に感謝しながら、上下が空いているスウィングドア、所謂ウェスタンドアを抜け中に入った。


「いらっしゃい。見かけない顔だね。泊まりかい?」


 テーブル席の並ぶ店内の奥から、小太りの女が声をかけてきた。宿屋の女将だろうか。


 事情を説明し、薬師の所在を訪ねると、顎で店の端のテーブルを示された。

 

 そこには困り顔の老婆と頭を下げている冒険者風の男が見えた。


 女将に礼を言いテーブルに近付くと、冒険者風の男が警戒したように睨んでくる。


「お取り込み中のところ済まない。あんたが薬師か?」


 オレは片手をあげ敵意が無いことを示しつつ老婆に声をかけた。


「なんね? あんた誰ね?」


 疲れた顔で聞いた来た老婆に簡単な自己紹介をする。


「ああ、あんたがミランダんところに転がり込んだっちゅう”渡り”かい。野垂れ死んだって聞いてたけど生きてたんだねぇ」


 や、死んでねーし。

 つか、あの女主人はミランダって言うのか。知らなかった。


「で? この婆になんか用かい? 生憎だけど今回分のポーションは全部売れちまったよ?」


「や、買い物じゃない。これを見て欲しい」


 言って一マスダンジョンから持ってきた小瓶を渡す。


「……低級ポーション? けど、このラベルの文字は分からないねぇ。あんたの世界のポーションかい?」


「いや、ギフトで手に入れた宝箱に入ってた。これが何だか分かるか?」


「おやおや、ビックリ宝箱のギフト持ちかい」


「ビックリ宝箱? そんなギフトもあるのか……」


「なんだ、違うのか。残念だけど、ここだと調べ様が無いよ。道具が無いからね。家に帰れば調べられるけど……」


 薬師の婆さんが小瓶を返しながらため息をつく。


「なんだ? でっかいため息ついて」


「いや、実はな……」


 それまで黙ってた冒険者風の男が、頭をかきながらテーブルの下から足をだした。

 見ると、足の脛に添え木がされて、ぼろ布で縛ってあった。


「俺は婆さんの護衛として雇われた冒険者なんだが、今朝薬草集めの時に足をやっちまってなぁ」


「骨折か?」


「いや、捻挫だ。二三日大人しくしてれば歩けるようにはなると思うんだが……」


 なるほど。だからでっかいため息か。


「あんたのそれがポーションだったら買い取ろうかと思って聞いてたんだが──」


「ギフトで得たものは、ちゃんと調べた後じゃないと使用はお勧めできないよ」


 婆さんが割って入る。


「ポーションに見えて毒ってことも珍しくないからね」


「けど婆さん、急ぎの用があるんだろ? なんだったら、昨日売った分のポーション買い戻せば……」


「そりゃダメだよ。薬はいつだって必要なものさね。あたしがもっと頻繁に来れるんなら別だけど、次は半年後だからねぇ……村の人らも手放せないさ」


 どうやらお困りの様子。

 だが……オレに出来そうなことは無いな。

 ここは早々に退散──


「なぁ、あんた。オレの代わりに婆さんの護衛を頼まれてくれないか?」


 退散しようと思ったらいきなり無理難題を吹っ掛けられた。


「や、オレに護衛とか無理だぞ? 剣とか持ったこともないし」


「いや、護衛と言っても、婆さんといっしょに街に戻るだけで良いんだ」


 ……それ護衛って言うのか?


「ここら辺に魔物らしい魔物はいない。出てくるとしても大ネズミくらいなもんだ」


 そう言われてもなあ……大ネズミってのはよく分からんけど、元の世界の野良猫だって、襲ってきたら結構怖いぞ?

 ちょっとした傷でも破傷風になったりするからな。


「もし可能なら、ワシからもお願いしたい。急いで帰って調合しなきゃならん薬があるんじゃ」


 言って婆さんも頭を下げてくる。


 出来ることなら手伝ってやりたいが、オレはこの世界のことを知らなすぎる。

 安請け合いして共倒れとか洒落にならんし……


「手伝ってやりなよ、どうせ暇なんだから」


 声に振り向くと、入り口に飲み屋の女主人ことミランダが立っていた。


「や、でもな……」


「あんたは”渡り”だから分からないと思うけど、ここら辺に出る大ネズミってのは臆病だから、滅多なことじゃ人を襲うことはないんだ」


 けど、だったら婆さん一人でも帰れるんじゃね?

 と思ったのだが、それは普通の成人の場合。

 子供や老人は狙われるそうだ。


「つまり、オレが一緒に行けば襲われることはないと?」


 全員に頷かれた。

 ……まぁ、確かに暇だし、危険が無いのならやってみるのも一興か? この世界の街にも興味あるし。


「分かった。その話引き受けよう」




 夜。

 ダンジョンに泊まろうと思ったのだが、ミランダに首根っこ掴まれ店の手伝いをさせられた。

 まだ服の代金分働いて無いとのことだったが、仕事終わりに旅の注意点などを教えてくれた。

 いい女だ。


 目的地はここから三日の距離にあるコトクサとう街。ここら辺の領主の住む街らしく、それなりに栄えてるとのこと。

 注意しなければいけないのは二つ。

 一つはオレがこの世界の戸籍を持っていないこと。

 戸籍が無いと街には入れないらしい。

 それダメじゃん。と思ったのだが、”渡り”であることを説明すれば仮の証明書が発行されるとのこと。

 その後は役所で国民登録するか、冒険者登録をすれば良いらしい。

 よく分からんが、そういう物として覚えておこう。

 二つ目はギフトに関して。ギフトの事は安易に人に教えない方が良いらしい。

 良くあるギフトなら兎も角、珍しいギフトなので、利用しようと近付いて来る輩も居るんだとか。

 まぁ、面倒を避けるための知恵みたいなものだが、ある意味マナーでもあるらしい。

 気を付けねば。


 ミランダ曰く、『”渡り”なのでギフトは分からないとでも言っておけば大丈夫』らしいので、聞かれたらその通り答えることにしよう。


 因みに、途中で夜営の心配はしなくて良いそうだ。

 コトクサへ向かう街道には宿場町が点在してるらしく、一日も歩けば宿のある場所にたどり着けるのだとか。

 ぶっちゃけ成り行きだが、楽しめると良いなぁ……

 

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