田舎娘は、騎士に料理を振る舞う
「なんと……美味い……!」
私のお手製シチューを食べて、ガルさんがやたらと感動している。嬉しいやら恥ずかしいやらで、私は頬に熱が集まるのを感じていた。
「そうでしょう、そうでしょう! 何せアイラはこの村で一番の料理上手ですから!」
しかもお父さんまで娘自慢を始めてしまったので、余計に恥ずかしい。お願いだからお父さん、そのドヤ顔やめて! 本当に恥ずかしいから! というか、料理上手って言っても、私自身は料理のレパートリーそんなにないからね! 田舎料理くらいしか作れないよ!
なんて心の底から叫びたくなったけど、食事の席でそんなみっともないことはできない。だからこの羞恥を耐え忍ぶだけなんだけど、なんかだんだん味が分からなくなってきた。せっかくのユキハルタケなのに。
ちみちみとシチューを口に運ぶ私とは対照的に、ガルさんは大きな口でゴロゴロ野菜や肉、そしてユキハルタケを頬張っている。彼は体が大きいから我が家の食器が小さく見えてしまうのも仕方がない。まるで子供用の食器を使って一生懸命食事をしているみたいだ。なんだか微笑ましい。
ちょっと失礼なことを考えてしまったが、結局何が言いたいのかというと、とても美味しそうに食べてくれているので見ているこちらとしては気分が良いということだ。
「まさか、ユキハルタケがこんなにも美味しいものだったとは……」
ガルさんの独り言を耳ざとく聞き付けた私は、おや、と首を傾げた。
「ゲパルドではユキハルタケを食べないんですか?」
「食べませんね。採取できる地域がゲパルドの近郊にはありませんし、この茸は生では日持ちもしませんから、薬の材料として出回っているところしか見たことがありません」
それにしても本当に美味しいですね、なんて言いながら、ガルさんはパクパクとユキハルタケを口に運ぶ。料理を喜んでもらえたのは嬉しいが、まさかユキハルタケがゲパルドでは食用にされていないなんてちょっと驚いてしまった。こんなに美味しいのに。
だけど、それも納得できることではある。ガルさんが言う通り、ユキハルタケは傷みやすい茸なのだ。食用として流通させるにはコストが掛かりすぎるのだろう。だからすぐに乾燥させて薬の材料にするのか。そっちの方が高く売れるしね。
でも、そっか。ユキハルタケを提供することは、ガルさんへのおもてなしとしては大正解だったのか。
「ガルさんのお口に合ったようで良かったです」
「口に合うも何も、ここまで美味しいものは久し振りに食べました。ユキハルタケが美味であることはもちろんですが、それ以上にお嬢さんの味付けが非常にお上手です。なんならうちで雇……オホンッ」
ガルさんは何かを誤魔化すようにわざとらしい咳払いをして、今度はパンを手に取った。丸くてむっちりとしたそれを見て、彼は驚いたように声を上げる。
「わっ、こんなパンは初めて見ます。輪っか……? 結構ずっしりしていますが、これは?」
「それもうちのアイラが焼いたんですよ。なかなか美味いんで、騎士様もどうぞ」
お父さんに勧められるまま、ガルさんはむっちりパンをちぎってパクリと口に含んだ。
「おおっ、これはなんと噛み応えのある……もちもちしているし、噛めば噛むほど味が出るというか……美味い……」
「はっはっは! そうでしょう、美味いでしょう!」
まるで我がことのようにお父さんは喜んでいる。だんだんこの光景にも慣れてきた。それに、ガルさんが『丸くてむっちりした謎のパン』の正体を聞きたそうにしているから、もう恥ずかしいなんて言っていられない。
私は努めて笑顔を作り、たった今ガルさんが食したパンがいったいなんなのか説明を始めた。
「このパンはベーグルっていいます。発酵させた生地を輪っか状に成形して、一度茹でてから焼くんです。酵母には森で採れたテティベリーを使ってます」
「茹でる! パンにそのような作り方があったなんて! それにしても、このふわりと香る甘い匂いは、テティベリーの酵母を使っているからだったんですね」
ガルさんは感心したように何度も頷いてから、ベーグルをもぐもぐと食べる。本当はハムやチーズなんかを挟んで食べるともっと美味しいんだけど、それを言ったらたぶん彼を期待させてしまうのでグッと堪えた。ベーグルサンドは明日の朝の楽しみとして取っておくのだ。
なんてことを私が考えているなんて知る由もないガルさんは、シチューもベーグルも綺麗に食べ終わってしまっていた。空の皿を見つめる彼は、一目で分かるほどにしょんぼりしている。その姿は空の餌入れを前にした大型犬のようだ。
……なんだか可哀想に思えてきた。もしもこれが本当にわんこ相手なら甘やかしてはいけないのだろうが、彼は立派な男性だ。体格だって大きいから、むしろシチュー一杯では物足りないだろう。
私は小さく笑って、ガルさんに声を掛ける。
「おかわりはいかがですか?」
「……いただきます」
私の言葉を受けて、ガルさんは空いたお皿をおずおずと差し出した。
和やかな食事も終わり、森で採れたハーブで淹れたお茶を楽しんでいた私たち。ホッと一息ついたところでガルさんが、そうでした! と慌てて口を開いた。
「本日は森に異常が出ていた時の様子を聞き取りたくこちらに伺ったのですが、もう一つお伝えしたいことがあったのでした」
「騎士様? 伝えたいこととは、いったいなんなのでしょうか」
お父さんがそう聞き返すと、ガルさんは私をちらりと横目で見た。
……あ、そうだった! 忘れてた!
「帰ってきてすぐ言えば良かった。お父さん、実はね、マロンをゲパルドで検査しなくちゃいけなくなったの」
「マロンを? なぜ?」
「その理由については私から説明します」
ガルさんはそう言って、マロンを検査しなければいけない理由の説明を始めた。
「マロンちゃんはこの見た目の通り、魔獣でも神獣でもありません。しかしだからといって、人族の国に生息している動物にもそれらしいものがいないのです」
この説明を聞いて、お父さんがううむと唸る。先ほどまで弛緩していた空気が、ほんの少し張り詰めたような気がした。
「私も知らない未確認の生物なので、万が一のことも考えてゲパルドにある施設でマロンちゃんを検査したいと考えています。もちろん、マロンちゃんが危険な生き物だと決めてかかっているわけではないので、その点は安心してください」
「は、はあ、そうでしたか。しかしマロンのやつ、騎士様も知らないような生き物だったとは……」
そんなこと考えもしなかった、とお父さんはしみじみと呟いて、ストーブの前で丸くなっているマロンを見る。私もつられて視線を移した。話の中心にいるはずのマロンは、私たちの話になんか興味がないようだ。ご飯も食べ終わったし、あとはもう寝るだけといった空気を醸し出している。
「あなた方の大切なマロンちゃんをゲパルドへと連れて行くことを、どうかお許しください」
ガルさんの真摯な訴えに、私とお父さんが揃って首を縦に振ろうとしたその時、にゃおん、というマロンの鳴き声が耳に届いた。
「ンゥニャー」
マロンはちょっとだけ気の抜けた声を出しながらぐぐっと伸びをすると、トコトコと歩いて私の膝に飛び乗ってくる。そして丸くなって落ち着いてしまうというのがお決まりのパターンだ。うん、いつも通り動けなくなっちゃった。
ああでも、マロンがゲパルドに連れて行かれるということは、このいつもの触れ合いがなくなるということでもあるので、それは少々寂しい。
マロン、ゲパルドに行く時はガルさんの言うことを聞いて大人しくするんだよ、とそこまで考えて、私は内心でうん? と首を捻った。
ちょっと待って、マロンを検査するのはいいんだけど、どうやってゲパルドまで連れて行くの?
猫という生き物は知っての通り、嫌なものに対するセンサーが凄まじい。動物病院に連れて行こうとした時には姿を消す、いざ見付けたとしても逃げ回る、ようやく捕まえてもキャリーケースに入るのを全力で嫌がるなどなど。病院に連れて行く準備だけで一苦労なんていうのは当然なのだ。
うちのマロンも大多数のお猫様の例に漏れず、病院は大嫌いだった。この時ばかりは大好物のおやつにも釣られてくれないから、捕まえるだけで四苦八苦していたのを覚えている。最終的には洗濯ばさみで首を挟んで大人しくさせたところで、洗濯ネットを使って捕獲していた。
そんな、とても一般的なお猫様であるマロンを、何度も言うけどどうやってゲパルドまで連れて行くの? 検査をするってことはつまり、病院ではないにしろそういう施設に行くってことだよね?
洗濯ばさみと洗濯ネットどころか、キャリーケースすらこの世界には無いのに、という、いわゆる『そもそも論』というものが脳裏をよぎった私は、発言の許可を得るためにそろそろと手を上げた。
「あのー……」
「どうしました、お嬢さん」
「ガルさん、ひとつお聞きしたいんですけど、マロンをどうやってゲパルドに連れて行く予定ですか?」
「それは……あ、どうしましょう」
私が質問すると、ガルさんはしまった、というような表情をする。どうやらマロンの運搬方法までは考えていなかったようだ。
「マロンちゃんは大人しいので抱っこして……いや、手が塞がれるのはだめですね」
「たぶん抱っこしたところで嫌になったら腕から抜け出しちゃいますよ。こう、ぬるっと」
「……とても身に覚えがありますね、それは」
マロンが液体になって腕の中から出て行った時のことを思い出しているのだろう。ガルさんはへにょりと眉を下げると、困ったようにううむと唸る。
ガルさんが自分のことで頭を悩ませているなんてきっと気が付いていないマロンは、可愛い声でにゃおんと鳴いた。
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