田舎娘は、愛猫と共にキノコ狩りをする
厳しい冬が過ぎた。
今年は星詠み様たちが言っていた通り長い冬だったけど、蓄えも十分にできたから無事に乗り越えることができた。これも森に魔獣たちが帰ってきてくれたおかげだ。
そういえば、冬ごもりの前に領主さまに森のことを報告したんだけど、あれは結局もう解決しちゃっていたこともあって、特に調査なんかは行われなかった。なんでも、百年に一回くらいはそういうこともあるから、だって。
魔族の皆様は人族よりもはるかに長生きなこともあって、だいたいが気が長すぎる。今すぐどうにかして欲しいって言ってるのに、平気で十年、下手したら五十年スパンで物事を考えたりするのだ。もちろん、何度か陳情すれば理解してくださるので、ものすごく困るということは少ない。
この世界の『魔族』って、アニメや漫画、ファンタジー小説やゲームなんかに出てくる『悪者』のイメージが全然無いんだよね。基本的に大らかで優しいし。
うちの地方の領主さまも美味しいものが大好きだから、料理や食材の提供に携わる人族に手厚い補助を出してくれる。例えばテスの村で言うと、この辺りでは高級品で手に入りにくい塩や砂糖、ミルクなんかを安く融通してもらえたりとか。
まあ、そういうわけで、例年通り平和な越冬だった。変わったことといえばマロンの存在くらいだけど、特に世間に露見することもないまま、雪解けが春の訪れを告げた。
そういえば、冬の間は家にこもって針仕事をずっとしていたんだけど、これがまたとても捗ったのだ。きっとマロンが私の膝の上で丸くなってくれていたからだろう。定期的に頭を撫でて、それから遊んで、また針仕事に戻って。
そんなサイクルだったからか、出来上がったものは猫モチーフのものばかりだ。自画自賛になるけど、なかなかの力作揃いだと断言できる。特にお気に入りなのが、自分用に作った枕カバーとハンカチ、そして猫の形をしたクッションだ。
あと、お父さんの服もいくつか繕った。ちょうど見えにくい位置にあった小さな穴は、猫の刺繍をこっそり刺したのだが今のところまだ気付かれていない。
いったいいつ気付くかな、なんて考えながら、私は大きな籠を背負う。それを見たお父さんが、ああ、と口を開いた。
「ユキハルタケを採りに行くのか」
「うん。いい感じに雪が解けてきたら」
「気を付けて行くんだぞ」
「はーい」
さあ、出発だ! と玄関を開けようとすると、マロンがするりと足に擦り寄ってきた。
「ニャアン」
「ああ、マロン、今日はダメだよ。まだ雪が残ってるから、マロンの可愛いお手々がしもやけになっちゃう」
冷たい地面でマロンの肉球が痛むのはいただけない。だから今日はお留守番をしてて、と伝えようとしたんだけど、マロンはそんな私の気持ちなど知らないからか、こてん、と可愛らしく首を傾げた。
「ニャアン?」
「ヴッ」
やめろ。そのあざとさは私を殺す。
なんてもちろん言えるわけもなかった私は、針仕事に使用する布で余っていた大きなものを引っ張り出して、急遽猫用抱っこひもに作り上げた。
これで四六時中マロンを抱っこできる!
なんだかんだ良いものを作ったぞ、と大きな満足感を得た私は、早速マロンを抱っこひもで包んで家を出た。
そして、玄関を出てものの数秒で、マロンは抱っこひもから抜け出した。がっくりと膝をつきそうになったのは言うまでもない。
「ニャーン」
まるで笑っているようにも見える顔をして、マロンは鳴いた。
ああもう、その可愛さに免じて今日のところは許してあげる!
森に到着した私は早速、ほどよく雪が残っている場所を中心にユキハルタケを探し始めた。
ユキハルタケは、積もった雪の下でだけ育つ不思議な茸だ。普通に食べてももちろん美味しい茸なんだけど、数が取れないので基本的に熱冷ましの薬の材料になる。
テスの村にはお医者様がいないから、各家庭に伝わる民間薬が命綱になる場合もある。私も小さい頃高熱を出して、ユキハルタケで作った薬のお世話になったものだ。
薬にしたらあんまり美味しくないんだよなぁ、なんて呑気なことを考えながら、雪をかき分けて地面を調べた。
「お、あったあった」
三箇所目に掘った雪の中から、薄いピンク色をした大ぶりのカサがこんにちはしている。これがユキハルタケだ。
「いち、に……ここだけで六本か。今年はもしかしたら当たり年かも」
例年なら、一箇所当たり良くて三本程度しか見付からない茸なのだ。だから食用ではなく薬にされる。だけど、いつもよりも多く採取できたら、今年は一本くらい食べられるかもしれない。
「ユキハルタケの入ったシチュー、美味しいんだよねぇ」
自分の胃袋に入れるためにも、気合いを入れ直してユキハルタケ採取を続行しようとしたその時、近くで遊んでいると思っていたマロンが、すんすんと雪の匂いを嗅いでいることに気が付いた。
「どうしたの?」
「ミャオ」
マロンは短く鳴くと、雪の塊をてしてしと前足で叩く。もしかして、この中にユキハルタケがあるのだろうか。……まさかね。
そんな都合の良いことなんてないだろうと思いつつも、わずかな期待を抱いて雪を払った。
「ふぁ!」
少し変な声が出た。でも、仕方ないじゃない。本当に立派なユキハルタケが生えていたんだから。
これはもしや、トリュフを探す時の豚さんみたいな感じなの? つまり、ユキハルタケを探す猫ちゃん?
言い得て妙かもしれない、なんて一人で考えたところで軽く頭を振る。たまたまユキハルタケが生えていただけかもしれないんだから、過度な期待は御法度だ。だけど、見付けてくれたことは確かなので、マロンを抱き上げてこれでもかと褒めてやった。
「でかしたよ、マロン!」
「ニャァーオ!」
「次もこの調子でよろしくね!」
「ニャッ!」
任せておけ! とでも言うように元気に返事をしたマロンは私の腕から飛び降りると、また周りの雪の匂いを嗅ぎ始める。まさか本当に茸を見つけ出したりしないだろうね?
ちょっと気になってしまった私は、マロンの後をそろそろとついて行く。彼女は何かの匂いを辿ってしばらくウロウロと歩き回っていたんだけど、まだまだ雪が積んでいる場所で立ち止まって、にゃおんと鳴いた。
「え、ここを掘れって?」
「ニャン!」
マロンの声は自信満々だ。お目々もいつにも増してキラキラしている。こんなふうに見つめられておきながら、指定された場所を調べないなんてことはできない。猫の飼い主は総じて、飼い主という名の奴隷だ。喜んで雪を掘らせてもらおう。
私はマロンの隣にしゃがんで丁寧に雪を崩していく。雪の高さが二十インテほど減ったところで、ピンク色の物体が私の目に留まった。
「……またあった」
マジか。うちの子、超優秀なユキハルタケ探知猫じゃん。やだ、天才……。これはもう、今日はとびきり豪華なご飯を準備してあげなくちゃ!
得意げなマロンの頭を撫でてあげてから、うきうき気分で雪をかき分ける。するとビックリ、生まれて初めて見る大きさのユキハルタケがそこに鎮座していた。
「ほぁっ! こ、これは、ぜったい美味しいやつ!」
これはもう、ぜひとも食べたい!
たった今見付けた大きなユキハルタケを確実に夕ご飯の食材行きにするために、張り切って周囲の雪を崩して回ろうとした時だった。
さくさくと、何かが地面を踏みしめる音が聞こえてきた。たぶんこれは足音だ。
「テティラビーかな?」
その足音は軽かったので、ベルギアルでなくテティラビーが近くを通ったのかと考えた。だけど、妙な違和感があることに気が付いた。この足音、テティラビーより重い気がする。でも、ベルギアルよりは全然軽い。
「それに、なんか音が少ないっていうか……もしかして四本足じゃない?」
もしかして、また知らない魔獣が現れたのだろうか。
私はマロンを咄嗟に抱き上げて抱っこひもで包むと、音が聞こえてくる方向から離れるように移動する。いつでも逃げられるように退路を確保しつつ、足音の正体を見極めようと目を細めた。
さく、さく、さく。
規則正しい足音が近付いてきたので、これはいよいよ逃げるべきかと一歩後ずさる。だけど、木の陰から現れた足音の主を見て、私の体は固まった。だって、そこに立っていたのは、魔獣なんかじゃなかったから。
「君はこの辺りに住んでいる人族かい?」
低い声が耳に届く。私の目の前に現れたのは、この辺りでは見ない立派な騎士服に身を包んだ男性だった。
黒髪、赤い目、浅黒い肌、そして尖った耳。まさしく魔族の男性だ。髪型は短くさっぱりしている。一見して髪質は少し固そうだ。顔立ちはとても精悍で少し太めの眉が、これぞ騎士! という感じだった。
そして、遠目から見てもかなり背が高いことが分かる。もしかしたら二エルトくらいはあるかもしれない。体付きもがっしりしているので、若干どころか普通に威圧感があった。
この人はいったい誰なんだろう。領主様のところの騎士さんではなさそうだけど。
突然現れた男性に疑問を抱きつつも、彼の「この辺りに住んでいる人族か」という質問にはきちんと答えた方がいいだろうと思ったので、私は素直に頷いた。
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