異世界シービクセン

竜田川高架線

第1話 この戦争が終わったら結婚するんだ

「私、この戦争が終わったら結婚するんだ」

 オブザーバシートから不吉な声が聞こえてくるのはあえて無視しつつ、右側の視界だけ少し良くないキャノピーの外を見渡す。

「花束も買ってあったりして」

 シービクセンFAW Mk2。主な任務は、偵察と空中給油、それと標的役。稀に戦ったり地上攻撃したり。華がある仕事は少ない。

 

 現在、月に数度実施する世界樹の状況確認と写真撮影の仕事を終えて、帰艦する途中。

 

「ちょっと蒼樹君、無視はないでしょ、無視は」

「今集中してるんですよ」

「今日のお昼何かな〜お腹すいたよ」

 話がコロコロ変わる。

「今日はたしかミートボールだったかと」

「ぉぉあれ美味しいんだよ、楽しみね」

「高宕さんって、あれにベリーのジャムってつけてます?」

「あーうん、意外と合うんだよ。あれ考えついたスウェーデン人は天才だね」

「ホントですか。あれやる度胸がどうも無くて」

 

 高度と速度を確認。

 写真撮影にために上げていた高度を、帰艦に向けて徐々に下げている。向かって右下にあるTACANの方位も確認。これも問題無し。

 

「スウェーデン人ってザリガニ食べるって知ってた?」

「今初めて聞きました。ザリガニって……食べれるんですね」

「夏なると食べるんだって。去年とか、艦でザリパやったらしいよ」

「ザリパ……ザリガニパーティでザリパか」

「そそそ。今年もやるのかな。もーめっちゃ気になって──」

  

 高宕の声を遮って、通信機にノイズが走る。

 馴染みのCATCCの管制官から、何やら取り急ぎの用件が入った。

 あちらが言うには、現地の国、その軍に所属する竜騎兵が訓練中、野生のワイバーンの群れに襲われてしまったという。救援の要請が入り、現在最も近いこの機に行かせようと言うのだ。

 

 武装は、片翼にそれぞれ3つあるハードポイントのうち、両内側に多連装ロケット、右翼中央にはカメラポッドを、左翼中央には何も積まず、両外側には増槽を装備している。

 燃料はまだ多少の余裕がありそうだ。

 

 一先ず管制官に武装と燃料残量と予想される戦闘可能時間を伝える。

 救援を要している竜騎兵のおおよその座標を聞き、オブザーバ席で高宕が座標と地図の位置を合わせ、正確な進路と距離を伝える。

「あー……『怒りの峡谷』だ」

「はい了解」

「ターンライト3−4−0」

「はい3−4−0」

 操縦桿を右に少し倒すと、機体は素直に回り滑るように旋回を開始する。

「増槽どうするの?」

「勿体ないのでこのままで。頑丈な機体なので大丈夫ですよ」

「がんじょ〜ね〜。はいじゃあ。マスターアーマメント」

「マスターアマメント──」

 右側にあるロータリースイッチを回し、マスターアマメントセレクタをRBの位置に合わせる。

「RB、チェック」

 この状態で、トリガーを押せばロケットを発射できる。

 スロットルレバーを押すと、高出力のエイヴォンエンジンが素直に回転数を上げていく。エンジンが推力を増し、加速。

 

 この時、オブザーバも忙しい。操縦に集中しているパイロットをナビゲートする。自機の位置をありとあらゆる手法で把握し、速度や高度に気を付け、パイロットが任務遂行するためにより有利な位置へ誘導するのだ。

 竜騎兵の資料をノートから探しだし、それの平均速度や最高速度を調べる。『怒りの渓谷』の地形情報と照らし合わせ、自機の到着予想時刻から、どの場所に行くのか、計算しながら予想する。

 

「よし、このまままっすぐね」

 

 まるで何かに切り裂かれたかのような、平原に突如現れる割れ目のような渓谷を眼下にとらえる。

 『怒りの渓谷』

 現地の昔話で、竜神が怒り、炎を吐いて大陸を割った……というのが由来らしい。竜とか世界樹なんてものがある世界で、ただのおとぎ話として片付けられないのが、この世界の面白いところだ。

 

「見つけました。降下します」

 

 機体をひっくり返し、ゆっくりと高度を下げる。

 下方に、ワイバーンの群れと、追われている竜騎兵を捉えた。

 

 古い機体故に、高度な弾道計算機のようなものは搭載していない。加えて渓谷の中で地面や壁面にレーダー波が乱反射し使い物にならない。低速なロケットを、飛行するワイバーンに当てる保証は、パイロットの技量のみ。

 

 やがて反転したままのシービクセンの多連装ロケットポッドから、ロケット弾が発射されていく。決してマニュアル通りの動きではない。

 それらは散らばりながらも吸い込まれるように、ワイバーンの群れへと飛んでいく。

 やがて、空中で細かな爆炎を上げていった。

 ロケットには近接信管などなく、つまり、命中したという意味。

 

 シービクセンは爆炎をかき分けるように機体を水平に戻し、竜騎兵の上を飛び去る。

 

 竜騎兵の無事を確認したら、翼端から雲を引きながら、上昇、旋回した。

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