86 Dr.ノムゲ

「いや~ごめんごめん! 換気装置付けるの忘れていたみたい。でも今付けたからもう臭わないでしょ?」


ジャックが動かした機械により、強烈な臭いに襲われていたこの空間に澄んだ空気が巡ってきた。


レイ達は恐る恐るつまんでいた手を放しゆっくりと息を吸い込むと、ウ〇コの臭いがしっかり消えており、皆これ以上ない安堵感に包まれるのだった。


「死ぬかと思ったぜ」


「ジャックさん。アンタ一体の実験をしていたんだ?」


「おい、もういいだろ。止めようその話は。聞きたくもない」


「あれはね! 近くの森に棲むモンスターのウンッ……「やめろって!」


まさかジャックが詳細を語ろうとするとは思わず、反射的にレイはそれを防いだ。

やはり研究者は変わり者だと強く思ったレイ。この期に及んで普通にウ〇コの話を続けようとしたジャックを完全に変質者認定した瞬間であった。


「私もその話は御免だわ。それよりクエストの話を進めましょう」


またいつ話し出すか分からないジャック防止の為、ローラも直ぐに話題を変えた。


「ああ。クエストの事だね。確か博士が研究に使う“コノトキ草”が欲しいって言っていたな」


このジャックの言葉に反応したのはローラ。


「コノトキ草って魔草の中でも珍しいやつですよね?」


「詳しいんだね君」


「私ウィッチで、魔法とか魔草とか色々調べているんです」


「へぇ~ウィッチなのか! 僕にとってはコノトキ草より珍しい。研究所に入り浸りで人ともあまり会わないからね」


「アハハハ。……え! ちょっと待って。あそこに置いてあるのって月火草ですか⁉ 」


「そうだよ。コレに食いつくなんて本当に調べている証拠だね! 君名前は?」


「私はローラ。ジャックさん! あの月火草見せてもらってもいいですか?」


「勿論勿論! こっちおいで!」


「わーい! ありがとうございます!」


これまた予想だにしていなかった、誰もが思いもしていなかった想定外の所で、思わぬ展開になってしまった。……っと思うのはレイ、ランベル、リエンナの三人と、当然ドーランもだ。


普段はしっかり者で皆をまとめる役であるローラであったが、今は完全に立場が逆転。いつもテンションが上がって暴走するレイと同じ目の輝かせ方をしていた。


「まさかの所で意気投合し始めた……」


「ああ。だが冷静になって考えてみれば、ローラが一番研究所と相性がいいだろ」


「そうですね。魔法とか魔草の事になると、ローラさんも抑えが効かない様ですから」


ローラとジャックが話しているのを、ただ茫然と眺める事しか出来ない三人であった。


「えー! 凄い! こっちにも見た事ない魔草が!」


「それも珍しいけど、こっちはもっと凄いよ!」


「わぁ~!」


そして、このローラとジャックの二人だけの魔草パーティは、その後一時間近く続いたのだった――。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「――あ~面白い!」


「まさかここまで話の分かる子に会えるとは思わなかった! しかもその歳で」


「……お。やっと終わったか?」


長らく話し続けていたローラとジャックに遂に終わりかけの雰囲気が漂った。


「っていうかもう終わらせる。何時まで待てばいいんだよ。博士とか言う人も全然帰って来ねぇじゃねぇか」


「――――“ワシはいるぞここに”」


「「……⁉⁉⁉」」


投げやりに放ったランベルの暴言にまさかの返答。

しかもレイでもリエンナでもなければ、当然ローラとジャックでもない。レイ達が座る場所の少し後方からその声は突如聞こえて来た。


「わっ⁉ 誰だ⁉」


「それはこっちの台詞じゃ」


ランベルが驚き声を上げる。いつの間にか、皆の視線の先には一人のお爺さんが出現していた。


「あ、博士!」


そのお爺さんを見ながらそう言ったのはジャック。


「博士って……じゃああの人が依頼人のDr.ノムゲさん?」


どうやら博士は、ローラとジャックがベラベラ話している最中、裏口から既に帰宅していた様だ。


「人の研究所に勝手に入り込んで何しているかと思えば、話に夢中で誰もワシに気付いておらん挙句に幽霊でも見たかの様な反応じゃったのぉ」


博士にそう言われたレイ達は、若干図星であった為何も言い返せずにいた。


「何だ、図星か。まぁいい。ジャック! 一体どこの子供達だこの子らは」


「博士の依頼で来てくれたハンターの子達ですよ」


「依頼……?」


「博士がコノトキ草が欲しいからって依頼したんですよね?」


いまいちピンときていない博士だったが、急に何かを思い出したかの様に声を出した。


「あ! 思いだしたぞ。コノトキ草じゃ。そうじゃそうじゃ。全く、お前が急に出掛けてまたいつ戻るか分からんからハンターにわざわざ依頼を出したのに、タイミング悪く直ぐ戻ってきおって」


「僕のせいですか……?」


「まぁ誰のせいでもいいけどさ、取り敢えずその魔草見つけて来ればいいんだよね?」


また余計な話がダラダラ続く事を恐れたレイが強引に割って入った。

そんなレイの姿を見て、博士は何故か少し固まっている。


「お主……何処かでワシと会った事あるかのぉ……?」


「え? 俺? いや~、多分初めてだと思うけど」


レイの顔に見覚えがありそうな博士。だが全然思い出せないらしい。


「どうしたんですか博士。彼の事ご存じで?」


「何か見た事ある気がしたんだがのぉ、思い出せん。多分間違いじゃ」


「何だよそれ」


「最近研究で似たようなモンスターを見たのかも知れぬわ」


「おい爺さん! それはそれでどうい事だよ!」


博士の発言にすかさずレイが物申す。流石にスルー出来なかった様だ。


「よく考えたらワシ、そもそも人間と接する事が少なかったわぃ。子供なんて皆一緒に見えるわ」


「恐ろしく切り替えの早い爺さんだな……」


「あれでも研究者や科学者界隈ではとても有名な博士なんだ。やっぱ変わり者が多いよ研究者って」


徐に、レイに向かってそう言ったジャックであったが、内心「アンタもだよ」とレイが思ったのはここだけの話。


「――取り敢えずさっさとコノトキ草採ってきてくれぃ若者達よ」


「マジで勝手な爺さんだぜ」

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